第51話 ※中央冒険者ギルド※

 最初の印象は、何処ぞの箱入り息子か、慈善事業に目覚めたお坊ちゃま。


 希少な高純度精霊石が冒険者ギルドの買取受付に6つも持ち込まれたとカタリナから報告を受けたブライトは、何故こんな時期にと内心舌打ちをしながらも、まずはその真偽を確かめる為に、ギルド所属の鑑定士の所に件の精霊石を持っていった。

 ブライトから精霊石を渡された鑑定士は3色の宝石が放つ輝きに感嘆の声を上げつつ、「これが偽物ならば俺の頭を斧でかち割ってくれても良い」とやや物騒な言葉で太鼓判を押してくれた。


「本物なのか……厄介だ」


 いっそ、偽物であってほしかった。鑑定士から返された精霊石をベルベッド生地を敷いたトレイの上に並べ、ブライトは低く唸り声を上げる。何故こんな緊急時に限って、扱いに困る代物を。


「ギルドマスター、いかが致しましょう」

「まずは、私が会ってみるしかないだろう。一番最近での、高純度精霊石の取引価格はどれほどだ?」

「同サイズの物で比較しますと、二年前トーハン遺跡でドロップした炎の高純度精霊石がオークションにかけられ、2350金ルキで落札されました。最低価格としては、草の高純度精霊石が嵌めこまれた指輪が冒険者ギルドに持ち込まれ、査定の結果、1000金ルキで買い取っています」

「……随分差があるな」

「オークションの場合は、手数料も含まれることから、どうしても価格が上がります。ギルドに家宝を持ち込んだ貴族は、御子息の治療費に即金が必要とのことで、相場よりもかなり安い買取価格で同意して下さったようです」

「ふむ。であれば、相場は1500金前後だな……贅沢を言わなければ、この6つの精霊石を売った金だけで、老後までのんびりと暮らしていける」


 ギルドとしては、この滅多に流通しない高純度精霊石は、是非にでも手に入れておきたい代物だ。しかし、今回はタイミングが悪すぎる。スタンピードを目前に備えた冒険者ギルドは、上を下への大忙しだ。消費が予想される薬を始めとした消耗品を円滑に取引する為には、現金を手元に置いておく必要がある。例えこれまでの最安値である一つ1000金ルキで取引をしたとしても、単純に6000金ルキが冒険者ギルドの金庫から消えてしまう。それは、避けたい事態だ。


「取引を持ちかけよう。6つ全てではなく、こちらが買い取れるだけの個数を……今の状況では、2つほどだろうな。それを、『対象を見せる』ことで選ばせる。同時に、それが枷となる」

「……もしかして、精霊石の存在を冒険者達に示し、安全を考慮してギルドに預けざるをえなくさせる……ということですか?」


 さすがに長く冒険者ギルドに勤め続けているだけあって、ギルドマスターの意向をすぐに読み取ったカタリナの問いかけに、ブライトは肯き返す。やや卑怯な手段ではあるが、ギルド側としても好機を失う訳には行かない。


「メリナは、冒険者ランクがAに到達している魔導士の中で、炎・草・水の三属性のいずれかを得意とする者を選抜してギルドに至急で召喚してくれ。後からで構わないので、最低、1000金ルキ程度の支払い能力があることも条件の一つだ」

「判りました」


 蛇の鱗を煌かせながら素早い動きで廊下を滑っていったメリナを見送り、ブライトはギルドの奥にある応接室に移動した。ローテーブルにトレイを置き、ソファに腰掛けて程なくして、カタリナに連れられた青年が姿を見せる。


「初めまして、カラ様。ホルダの冒険者ギルドでマスターを務めております、ブライトと申します」

「……カラだ」


 短い黒髪に、褐色の肌。猫のように眦が釣りあがった、蜂蜜色の瞳。安物のローブを身につけ、冒険者風の装いをしているものの、軽く挨拶を交わしてからの印象も、何処かの貴族か裕福な商家の、世間知らずの坊ちゃまと言った最初の印象は変わらない。どんな思惑で精霊石を持ち込んで来たかはまだ判らないが、まずは精霊石の情報を手に入れてからだと考えたブライトの出鼻は、次の瞬間にあっさりと挫かれた。


 情報は教えられない。

 それ以上を望むならば、取引は中止する。

 他所に持っていくだけだ。


 拒絶・条件・脅迫。

 ひどく、単純で。それでいて絶対の不可侵を告げる言葉は、余計な装飾を持たない分、付け入る隙もない。


 ……これは『取引慣れ』をした言葉だ。

 貴族の若造だからと、油断した。


 結局ブライトは、カタリナと揃って頭を下げる羽目になった。

 内心、これで取引は中止になってしまうのではないかと危ぶみもしたが、悠然とソファの背凭れに背中を預けている青年の表情には、苛立ちも怒りも浮んではいない。

 今回の精霊石買取について全てを買い取ることが現状では不可能であることを伝えても「そうだろうな」などと呟き、涼しい表情をしている。精霊石の買取権利を与える魔導士を選んで欲しいと願い出れば、「魔導士の善し悪しは判らない」と嘯いたが、それでも選ぶ行為そのものには反対しなかった。


 もしかして、の、この現状で精霊石を持ち込むことそのものが、彼の思惑だとしたら?


 その可能性に気づいてしまったブライトの背筋は、ひやりと氷を押し当てられたように冷たくなってくる。

 入手が難しい高純度精霊石を、小石を詰めた袋のような気軽さでポケットに突っ込み、護衛一人つけずに冒険者ギルドに持ち込む豪胆の持ち主だ。精霊石の買取という行為自体が、何かのフェイクである可能性は、否定出来ない。

 外見に惑わされて下手を打てば、どんな結果が待ち受けているのだろうか。


 思考を巡らせるブライトの下に、予め呼び寄せておいた5人の魔導士達が揃ったとの報告が入った。対面のソファに座った青年に許可を得て、ブライトが肯けば、メリナが緊急で召喚してくれた5人の魔導士が部屋の中に入ってくる。

 流石に、冒険者が5人も揃ったこの状況では、何かを仕掛けてきたりはしないだろう。内心、ほっと胸を撫で下ろすブライトを他所に、魔導士達それぞれの自己紹介を聞いた後の青年は、僅かに首を傾げた。

 そして視線は5人に注がれたまま、何故か、彼の行動が止まってしまう。


「……カラ様?」


 ブライトが声をかけようとした所を、軽く片手で制される。

 何事だろうかと思いつつも、静寂を保ったまま、待つこと数分の後。


「マチルダ……と、言ったな」


 カラが声をかけたのは、集められた5人の中で一番露出の多い装備を身につけたマチルダだった。マチルダは優秀な魔導士ではあるのだが、それを鼻にかけ、何かと人を見下す言動が目立つランクA冒険者でもある。ランクAともなると、国王からも名を知られる存在だ。もっと模範となって欲しいと何度も忠告をするのだが、それが改善された試しはない。

 そんなマチルダが選ばれてしまったことにブライトは正直ガッカリしたのだが、精霊石を購入する権利を選ばせると言ったのは自分自身だ。それを覆すことは、今更出来ないだろう。ならばせめてもう一人、誰かを選んでもらわねば。


 しかしブライトの予想に反して、カラがマチルダに声をかけたのは、彼女に精霊石購入の権利を与えるのではなく、彼女が持つ魔導書グリモワールが目当てだった。

 少し不服そうな表情をしたマチルダから魔導書グリモワールを受け取ったカラは、本の背表紙を撫でつつ、何やら暫く考え込む。


「……うん、そうだな。やっぱり、そうしよう」


 結論の言葉と同時にカラが提示した条件は、驚くべきものだった。


「マチルダ。君に精霊石購入の権利を与えることは出来ない」

「何ですって!?」


 マチルダは怒りと驚愕の表情を浮かべたが、カラはそれに畳み掛けるように、次の条件を口にする。


「ただ、一つ提案がある。この魔導書グリモワールを、俺に譲るつもりはないか? その対価として、君に草の精霊石を一つ進呈しよう」

「進呈……?」

「その通りだ。無論、魔導書グリモワールに元から嵌め込んでいる精霊石も返却する」


 マチルダが使う魔導書グリモワール[マトリ]は炎属性と相性が良い。精霊石を嵌め込むキャパシティも4つと数多く、レアリティSに分類される物ではある。しかしそもそも魔導書グリモワールはダンジョンでのドロップが多く、レアリティSであっても、価値はそこまで高くない。恐らくマチルダ自身も[マトリ]は自分でドロップしたか、単純に買い求めるかをして手に入れた物だ。これまで実際に使ってきた物なのだから、特別な能力も無いと判っている。高純度の精霊石を手に入れる対価としては、破格と言えるだろう。

 あまりにも予想外の提案に驚きつつ、ブライトはカラが口にした提案の意味合いを考える。黙って考え込んでしまっているマチルダも同様だとは思われるが、彼女自身も、その理由を考えあぐねているようだ。

 ただ一つだけはっきりしているのは、この正体不明の[カラ]と名乗る青年は、マチルダの持つ魔導書グリモワールを手に入れたいと願っているということだ。

 ブライトはその事実を考慮して、カラの提案に助け舟を出すことにした。


「マチルダ。君は確か、新しい魔導書グリモワールの購入を希望していなかったかな?」

「え? えぇ……その通りよ、マスター。最近、[マトリ]の調子が何かと悪くて。元々、魔術言語も良い詩とは言い難かったし……。ギルドで新しくレアリティSSの魔導書グリモワール[メンデル]が売り出されたから、それを手に入れたいと思っているわ」


 いかにドロップが多い魔導書グリモワールと言えども、レアリティSSともなると、さすがにその価値が跳ね上がる。中でも攻撃力に優れた炎属性の魔導書グリモワールは人気が高く、ランクAの冒険者と言えども、軽々しく手が出せない価格となっているのだ。


「もし君がカラ様の提案を受け入れ、草の精霊石を入手するならば、冒険者ギルド側でそれを買い取ろう。或いは、君自身が誰かと交渉したり、オークションに出品してみたりして[メンデル]の購入資金にしても構わない。その間、[メンデル]は君の為に取り置いておくことを約束しよう。……どうだね?」

「!」


 マチルダの表情が、目に見えて輝く。

 使い古した[マトリ]を手放すだけで、切望していたレアリティSSの魔導書グリモワールが手に入るのだ。


「……判ったわ。その条件、飲みましょう」


 彼女はその提案を受け入れ、カラが差し出した草の高純度精霊石と引き換えに魔導書グリモワール[マトリ]の所有権をカラに譲渡した。


「では、お先に失礼致します」


 残された四人の魔導士達を見遣って得意そうな表情を浮かべたマチルダは、草の精霊石を手に、さっさと部屋を出て行ってしまった。早速、換金する手段を探しに行ったと見える。


「何を考えているの……これからスタンピードが来ると言うのに、魔導書グリモワールを手放すなんて」


 リィナは信じられないと言った様子で呟いているが、目先の欲に眩んだマチルダの耳には、その言葉は届かない。確かに問題であり、ブライトはそれがカラの目的なのかと一瞬疑いを持ちかけたが、万が一そう狙ったとしても、彼女一人の戦力を削ぐだけでスタンピード迎撃に大きな影響があるとは言い難い。


「……ギルドマスター。それで、精霊石を買い取れる数は幾つだ?」


 カラの問いかけに、ブライトは「今は2つです」と言葉を返す。膝の上に置いた魔導書グリモワール[マトリ]に視線を注ぎ、カラは再び暫くの間、何かを考え込む。


「……判った。では、炎の精霊石を買い取る権利をリィナ殿に。草の精霊石を買い取る権利をラフカディオ殿に与えてくれ」


 リィナとラフカディオは水属性の二人を考慮してあからさまに喜んだりはしなかったが、恭しく一礼をしてカラに謝意を示した。選ばれなかった二人は肩を落とすものの、こちらも身を弁え、騒ぎ立てたりはしない。


「承知致しました……では、残りの精霊石は」

「炎の精霊石を一つ、持って帰る。水の精霊石二つは、条件次第では、ギルド側に譲渡しても構わない」


 その発言には、ブライトとカタリナだけでなく、残された魔導士達も驚愕してしまう。


「……本気ですか?」

「本気じゃない方が良いのか?」

「い、いえ。まさか」


 またもや驚きの発言を口にしたカラは、狼狽るブライトに向かって、指を三本立ててみせた。

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