第100話 蠢動

 食事を終えて自分の部屋に戻った俺は、エヌ達の村に残っている炎狼と連絡をとってみることにした。ミケを膝の上に乗せたまま個別チャットのタブを開き、炎狼に話しかけると、すぐに反応が返ってくる。


『炎狼。今、話しても大丈夫?』

『シオンか! 俺は大丈夫だ。無事にニギ村に着いたのか?』

『予定通りに到着出来たよ。でもちょっと色々あって、ハルが追跡させてる従魔が戻ってくるのを待ってるとこだ。多分、その後で情報収集になるんじゃないかな』

『ほう? 何があったんだ』


 不思議そうな炎狼に、俺はニギ村に着いてからのことを掻い摘んで説明した。一見、問題なく長閑のどかに見えるが、何かを隠している可能性が高い、辺境の村。国の中心から離れた位置にある村は、緊急時の救援が届きにくいというリスクがある反面、隠し事がしやすい。その上、本来ニギ村の主な生産物は、ハムやチーズなどの加工食品だ。規模が大きくても町に発展するには及ばず、武力はおろか自衛組織一つ持たない村が、国家を相手に何かを企むとは予想しにくい。


『なるほど……。俺達の感覚から言わせて貰えば、加工場から人手が要らなくなったとしたら、それは機械化を疑うよな』

『そうなんだけど。加工品生産のオートメーション化って、それなりの設備になるだろう? つまりは、最初に、小さくない投資が必要になる』

『そうか。何といってもそこは【村】だもんな』

『うん。積み立てとかしてました、って場合も一応考えられるけど、それにしては、タイミングがおかしい。何より加工を機械化してるだけなら、別段、俺達に必要なんてないじゃないか』


 例えばそこで、見られてはいけないものを、作っているとか。

 もしくは、村とは関係ないに脅されているとか。あるいは単純に、協力体制にあるのか。


『そのスルナって冒険者の目的も気になるけどな』

『こちらが情報を得やすくしてくれたし、何となくだけど、味方っぽいよ。断定はできないけどね』

『そっか。味方だと良いな。まぁ何かあったとしても、ダグラスが居るんだし、大丈夫だろ。でもシオンは、無茶するなよ。ハル達の言うことをよく聞くんだぞ』


 お母さんかな?

 そして幼女系勇者に対する信頼度、高すぎじゃないか?


『それで、そっちの村は、特に変化なし?』

『いや、こちらでも事件が起きた。結果的に現状は変わっていないが、敵さんに動きが出ている』

『え、そうなのか?』

『村人達の健康チェックが全員終わったんで、改めて、枯渇してる村の井戸を調査してみようってことになったんだ』


 エヌ達の村にある井戸は、滑車から吊り下げたロープの先に桶を括り付けてある、いわゆるつるべ井戸だ。そのロープを伝い、干上がった井戸の底に降りたのは、水属性の魔法を得意とするアクアだ。

 彼女は小振りの桶に注がれた水を乾いた井戸の底に置き、それを『呼び水』にして、地中深くの水脈から水を招こうと試したらしい。


『俺とベオウルフ、それにスズとで、上からアクアの様子を見守っていたんだ。彼女が何か呪文を唱えると、桶に注がれていた水の表面が徐々に盛り上がってさ、そのうち桶の縁を越えて、水が溢れてきた』

『おぉ、すごいじゃん』

『そこまでは、な。でもその後、信じられないことが起きたんだ』


 それはまさに、一瞬の出来事だったらしい。

 桶から溢れ出た水が井戸の底に溜まり、アクアの足首が水に浸かる頃合いになって。彼女の足元に広がる水面が泡立つように揺れたかと思うと、ガクンと、井戸の底が『落ちた』そうだ。


『アクアは咄嗟にロープに捕まって身体を浮かせていたから、無事だった。井戸の底は石で覆われていたんだが、その石で組まれた井戸の底ごと削り取るみたいに、が水を根こそぎ奪っていったんだ』

『……それって明らかに、意志を持っているの仕業だよな』

『あぁ、間違いない。地上ではなく、地中から来た何かだ。すぐに村の周辺を確認したんだが、残念ながら、水泥棒の姿を見つけることは出来なかった』

『そうなんだ』

『この後も、調査を続ける予定だ。だがあれは、俺はもちろんのこと、ベオウルフ達みたいな熟練の冒険者でも、接近に気づけなかっただ。シオン達も、十分に気を付けてくれ』

『うん、ありがとう』


 炎狼とのチャットを終えた俺は、ミケの背中を撫でながら考え込む。

 一連の「水不足」事件の中で、報告されていた異常は、大きく三つだ。

 一つは、サウザラで雨が降らなくなり、湿地帯が干上がってしまっていること。もう一つは、ホルダから救援の水を運ぶ冒険者達が持っている水筒が、時たま無くなってしまうこと。最後の一つは、冒険者達が大樽などに入れて運ぶ大量の水が、道中の何処かで消えてしまうこと。

 このうち、冒険者達が持っていた水筒が無くなる案件に関しては、エヌとコナーの仕業だったと既に判明している。残った『雨が降らない』ことと『大量の水が無くなる』ことの二つは、何かしら関連があるんじゃないかと思っていたんだけれど、炎狼からの報告を聞く限り、全く別物である可能性も否めなくなってきた。

 もし二つの事件が同一犯の手によるものであれば、何らかの理由で水が必要だとしても、ニギ村の近くにある渓谷には今も水が流れているのだから、そこから持っていけばいいだけだ。

 しかしエヌ達の村にある井戸から水を奪ったは、そうしなかった。……あるいは、そうか、だ。


「まずは、こっちの村でも色々と調べてみないとな」


 小さく呟くのと同時に、部屋のドアが軽くノックされた。俺が返事をすると、ドアの外からユージェンの声がかけられる。


「シオン、ハルの鳥が戻ってきた。報告と一緒に今後の方針を決めるから、ダグラスの部屋に集まろう」

「分かった」

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