第21話 妖精さん
流石に、この怒涛の展開に思考が追いつかない。基礎の外で粉々になった機械の残骸をしばらく茫然と見つめてしまっていた俺に、軽い電子音とテロップが、通知を知らせてくる。
【[カラ]様が撃退した捕獲用
え、あれ一応、俺が倒したことになってるのか。どう見ても自滅でしたけど。でもまぁ、貰えるものは貰っておこうかな。
俺は両手の上に乗せていた妖精風の生き物をテントの中に寝かせ、周囲を確認してから基礎の敷地内から外に出て、残骸の近くにそろそろと近寄ってみた。周囲に散らばっているネジやら歯車やらに紛れ、小さな袋に纏められて幾つか転がっているのが、あの変な機械からのドロップアイテムらしい。俺が指先で袋に触れると、袋の中身がアイテムボックスの中に次々と収められていく。
「……[鋼板]3枚、[電子回路]2個、[金貨]55枚……ってさっき交渉に出してきてた金貨じゃん」
でもまぁ、アイテムに罪は無い。
俺が全部のドロップアイテムを拾ってしまうと、機械の残骸はあっという間に輪郭を崩し、そのまま砂になって消えてしまった。
それにしても、何だったんだろうな、あの変テコ機械。
とりあえずは、テントの中に寝かせたままのちっこい妖精さん(仮)が回復した後で、話を聞くとしようか。
そう考えた俺は焚き火に火を点け、掌を温めながらのんびりと妖精さん(仮)の目覚めを待つことにした。
待ち時間の間に、新たに得た宿屋関連のスキルとアイテムに[慧眼]で新しい情報が得られるものが無いか試してみたのだが、どれも使っても意味がないタイプのものか、あってもまだ俺が捲れない項目ばかりだ。そういえば、[慧眼]はどれくらい使えばレベルが上がるんだろう。
「ん……」
焚き火にあたっていた俺の耳に、テントの中から漏れた小さな声が届いた。
「お、起きたかな」
リラン平原の空は夜の色を薄区して、地平線の方から少しずつ明るくなってきている。もうちょっとで、朝が来るみたいだ。
俺はテントの入り口にかかっていた布をたくし上げて、寝袋の上でキョトンとしていた小さな妖精さん(仮)に声をかける。
「おはよう」
「!」
俺の言葉にびくんと肩を揺らし、驚いた表情で立ち上がろうとした小さな身体は、ころんと前のめりに転げてしまう。
「おぉっと、大丈夫?」
俺が慌てて差し出した手に、小さな手が掴まる。俺の手に、続いて腕に、身体に、最後に顔にと視線を移して行った小さな生き物は、こくこくと頷いて見せた。俺は掴まれた手をそのままに、妖精さん(仮)を掌に乗せてテントから外に連れ出してやる。
明るくなってきた空の下で良く見ると、妖精さん(仮)は、随分と綺麗な顔立ちをしていた。土埃で汚れてしまってはいるが、ダークブルーの艶々とした髪に、長い睫毛に縁取られた、緑色の大きな瞳。真っ白い肌と、背中に生えたカゲロウの翅。刺繍の入ったコートは、膝の後ろぐらいまでの長さがある。性別ははっきりしないけど、長いパンツ履いてるし、何となく王子様っぽい。
妖精さん(仮)じゃ無くて、多分これは、ストレートに妖精さんなんじゃないか?
「えーと……君は、妖精……であってる、かな?」
俺の問いかけに、掌の上に座った彼はこくりと頷いた。
そして何かを言葉にしようとしたのだが、うまく声が出せないらしく、「あ」とか「う」とか小さな単音だけをぱくぱくと口を動かして発声してみた後に、ムゥとした表情で唇を尖らせている。メッチャ可愛い。
「無理しなくて良いよ」
「……む」
「俺はカラ。一応確認するけど、君を追いかけてきてた変な機械、壊してもいい奴だった?」
「!?」
もう残骸は消えてしまっているので、ドロップアイテムの電子回路や鋼板を見せて機械が自滅したことを説明すると、妖精さんは見るからにホッとした表情になった。やっぱりあれに追いかけられてたのか。
「なんか凄く追われてたね。……君、何か悪さしたの?」
「ぬ!」
今度はブンブンと首を振って、大きく否定される。真偽は判らないけど、いいか。小さな身体を椅子の上に座らせてやったところで、妖精さんの腹が『クルル』と音を立てる。
「……う」
腹を両手で押さえ、しょんもりした表情になる妖精さん。……あー、腹が減ったのか。
何か食べさせてあげたいけど、ログインボーナスで貰ったキャンディの残りは、幽霊のチュテに全部あげちゃったもんな。
今アイテムボックスの中に入っているのは、変テコ機械のドロップアイテムと、フォルフォのドロップアイテムである[蝶々の鱗粉][花の蜜][産卵前の卵:フォルフォ]ぐらいしかない。
とりあえずフォルフォのドロップアイテムを取り出して妖精さんに見せてみると、瓶に詰められた[花の蜜]を目にした妖精さんの瞳が、キラキラと輝いた。
「る!」
「お、これ?」
手を伸ばし、ぱたぱたと足をバタつかせる妖精さん。
俺がコルクの蓋を外して[花の蜜]が詰まった瓶を持たせてみれば、妖精さんは、瓶の中身を元気に啜り始めた。
「凄い食欲」
俺の掌に乗るサイズの瓶も、妖精さんにとっては一抱えもある大きさだ。しかし妖精さんはその小さな身体のどこに入っているのかと問いたくなる勢いで、花の蜜を飲み干していく。
「……ぷ」
やがて花の蜜が詰まっていた瓶が綺麗に空っぽになってしまうと、妖精さんは瓶を椅子の上に置き、満足そうな声を漏らした。
「お腹一杯になった?」
「ん!」
俺に笑い返した妖精さんの上に、太陽の光が降り注ぐ。
するとどうだろう。驚いたことに、穴だらけだった妖精さんの背中の翅が、太陽の光を吸い込むようにしてあっという間に修復されてしまった。
「……オプ!」
「お?」
「オプ!」
おぉ。言葉にできる単語が、二文字になった。
「オプー!」
「……赤ちゃんかな?」
背中の翅を広げ、首を傾げる俺の膝に飛び乗ってきた妖精さんは、俺の反応にまたもや頬を膨らませている。可愛い。
「まぁ、元気になって良かったよ。またあの変テコ機械に追いかけられないように、気をつけてな」
「あい!」
「あは、良いお返事」
さて。俺ももうすぐ、ログアウトする予定の時刻だ。お試しで設置したこの宿屋も、そろそろ閉じてしまわないといけない。
立ち上がろうとする俺の目の前に、ずいと何かが差し出される。
「え?」
戸惑う俺に向かって差し出されているのは、多分、妖精さんが腕に嵌めていた金色のバングルだ。俺にとっては、指輪ぐらいのサイズになるか。
うーん……お礼のつもりかな。だけどこんなに上等そうなものを貰うようなことは、特にしていないのだが。何せ変テコ機械は、自滅して勝手に倒れてくれたようなものだし。
「いいよ。変テコ機械からドロップしたお金貰ってるしさ、そのバングル、大切そうなものじゃないか」
「……んー!」
ぽこぽこぽこ、ちっとも痛くはないが、怒った表情で俺の腕を叩く妖精さん。
もしかしてこれは、貰わないと、失礼なものなのだろうか。
「判った判った。貰う、貰うからさ。ありがとうな」
降参した俺が大人しく右手を差し出すと、ふん、と鼻を鳴らした妖精さんは背中の翅を羽ばたかせてふわりと宙に浮かんだ。妖精さんが手にしていたバングルを俺の小指に嵌めた瞬間、細かな彫金が施されていたバングルがきらりと輝き、俺の小指に吸い付くようなリングへと形を変える。
【ユニークアイテム[???]を手に入れました】
「……え?」
【宿屋の運用条件を満たしました。宿屋レベル2までの目標宿泊者数:1/20】
何ですと?
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