第20話 初めての客

 別ウィンドゥで開いた【宿屋の主人】用のインターフェースから、まずは[環境]のタブを開く。ドロップダウンリストで閉じられた項目を確認してみると、宿屋レベル1で調節できる基礎内の環境は、温度と湿度だけみたいだ。レベルが上がると天候まで選べるみたいだけど、今は選択できなくなっている。

 続いて[建築]のタブ。ここに表示されているリストの項目は『個室』と『食堂』の二つだけ。俺はとりあえず『個室』項目の一番上に表示されている『簡易個室』を選び、基礎内に設置してみた。


 【簡易個室を設置しますか?】【Yes/No】


 簡潔な問いかけに、俺は迷わず、Yesの文字を選ぶ。

 基礎の中に広がる空間が少し揺らぎ、簡易個室の枠組みと、座標軸の中心が掌の先に現れる。それを適当に地面の上に合わせて再び拳を握れば、次の瞬間には『簡易個室』が基礎の中に設置されていた。

 この『簡易個室』は、骨組みの上に布を被せた、楕円のドーム型になっている。高さは1mぐらい、楕円の長軸はだいたい2m、入口がある短軸は1.5m程か。

 ちなみに、とても見覚えのある形だ。半円のドーム型で、骨組みの上に布を張り、中に寝袋まで準備されているものとあれば。


「……どうみてもテントです。ありがとうございます」


 誰に言うでもなくぼやいてしまったが、文句があったら俺の淡い期待を返してほしい。まぁ、確かに個室といえば個室なんだけど。

 続いて設置してみた【簡易食堂】は、真ん中に薪を組んだ焚火があり、それを挟んで小さな丸椅子が対面で置いてあるだけの「どうみてもキャンプです」としか形容のしようが無い代物だ。


【[カラ]の宿屋が完成致しました】


「マジでか」


 こんな物でも、宿屋の運用条件を満たしてしまったらしい。

 首を捻りつつ考え込む俺の耳に、軽い通知音が届く。


【宿泊希望者が基礎の外に到着致しました。受け入れますか?】【Yes/No】


「え?」


 テロップに記された通知に俺は驚いて周囲を見回してみたが、基礎の外は夜の草原が広がっているだけで、人の気配はない。


「何処に希望者がいる……って、おい、嘘だろ」


 基礎の外に、力尽きたように座り込んでいたのは。周りに生えている草と同じぐらいの大きさしかない、小さな人の姿をした、何か。俺が声をかける前に傷だらけだったそれはふらふらと身体を揺らし、ぱたりと地面に倒れ込んでしまう。


「ちょっ……! 大丈夫か!」


 俺は急いで【Yes】を選び、基礎の外に出て、両手で軽く持ち上げられるサイズのそれを抱き上げる。童話に出てくる妖精みたいな大きさの身体と、傷だらけの細い手足。背中には、ボロボロになった、カゲロウのように透明な翅。服は薄汚れているけど、中世の貴族が身につけているみたいな、刺繍の入った長いコートだ。


「!」


 俺がその妖精っぽい生き物を抱えてすぐに、何かが草むらの中を走る気配が、まっすぐこちらに向かって近づいてきた。俺はすぐに小さな生き物を抱き上げたまま、基礎の中に戻る。


『ギャギャギャギャ!!』


 ものの数秒もしないうちに。

 円形の母体に四本脚がついた変な機械が、草むらの中から飛び出してきた。大きさは、俺の腰ぐらいだろうか。驚く俺を他所に、脚の節についたカメラがジィジィとレンズを調節する音を立て、俺が抱えているものに焦点を合わせたようだ。


『ギギギ……[交渉]』


 いかにも人工っぽい音声が、機械の中から漏れた。


『捕獲目標No.209ob所持ノ生命体発見。交渉条件ヲ提示』


 母体の中から引き出し状の筒が出てきて、脚の先端にある手の形をした機械の上に、金貨が積み上げられる。商人ルイボンから貰ったものと同じ金貨だ。ざっと見た目だけでも、50枚近くありそうだ。


【あなたに、捕獲用自動人形オートマタCS型から[金貨55枚]と[???]との交換交渉が提示されました。応じますか?】【Yes/No】

 

「いや、無いだろ」


 俺は脊髄反射で【No】を選ぶ。捕獲用自動人形とやらは俺の拒絶を受け、怒ったように脚を振り上げる。


『交渉決裂。武力介入ニテ目標捕獲ヲ行使』


 逃げるか、どうするか。俺が考えている間に、機械はシャカシャカと四本脚を動かし、俺から距離を取った。


『ギャギャギャギャ!!』


 助走をつけて走る勢いのまま、俺に飛びかかろうとして。


『グギャアッ!?』


 基礎の作り出す透明な壁にぶち当たり、華麗に四散してしまった。


「え、えぇえ……?」

 

 


 

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