第19話 宿屋
宿屋、とは。
あの、宿屋だろうか。
暫く考え込んでしまった俺だったが、気を取り直し、インターフェイスに増えた[ネイチャー]のタブを開いてみた。
そこに記されている職業欄はやはり[宿屋]だ。冒険者やりつつ宿屋の運営しろと……というか、この世界で宿屋って、需要あるのだろうか。俺達みたいなプレイヤーには最初から基本的な設備が整った個室が準備されているし、住人達にだって家がある。あぁでも、他の国とかに行った時は宿屋に泊まる必要も出てくるのかな?
何はともあれ、宿屋についての説明をよく読んでみよう。
[宿屋レベル1:
・一辺が3mの立方体型の
・宿屋レベル1の完成条件は、基礎の中に『個室』が一つ、『食堂』が一つ、それぞれ設営されていることです。
・宿屋レベル1の運用条件は、宿泊客が個室で休息を取ること、食堂で食事を取ること、対価を支払うことの三つです。
・基礎の敷地内では、限定スキル[宿屋の主人]を行使出来ます。
宿屋レベル2までの目標宿泊者数:20]
……んんん、余計に判らなくなったぞ。[宿屋の主人]について説明を確認してみようとしても、そこはグレーに反転していて、概要を読むことが出来ない。
何だか、なかなか難しそうなんだが。だけどまぁ今は、とにかく、やってみるしかない。
「まずはネイチャー用のアバター作りだな」
仮面システムがあるので、格闘家の[シオン]と宿屋の主人は、別のアバターを準備する必要がある。俺はそのうちもう一つネイチャーを貰える予定だが、どのタイミングで貰えるかは、まだ判らない。
新しいアバターは、正体がばれないようにと考えれば、性別や種族をガラリと変えるのが良策だろう。しかしメインの格闘家である俺のアバターは、そこそこ整えているとは言え、住人達に紛れるぐらいの、平凡な容姿だ。
だったらいっそのこと、あまり変えすぎないのもありじゃないか?
俺は自分のメインのアバターを呼び出し、そこから変化を付け加えていく。肌や髪の色、体格などは殆ど弄らず、顔立ちだけをもう少し華やかなものに。猫のような吊り目に整えた大きめの瞳は、甘めの蜂蜜色に変える。
鏡に映し出された新しいアバターの姿は、[シオン]とは方向性が180度異なる人物像に変わっていた。
うん、上出来。
俺は完成したアバターをネイチャーに紐付けて保存し、この先[宿屋]の主人を務めるそのアバターに[カラ]と名前をつける。これも幸い重複せずに、ちゃんと承認されたみたいだ。
「よし……じゃあ移動だ」
宿屋の説明文を読む限り、差し当たって一辺が3mの立方体が置ける場所が必要となるみたいだ。ハヌ棟の個室は狭くはないが、さすがにその大きさの何かを置くとなると、おそらく家具が壊れる。
幸い、リーエンの世界はまだ深夜の時刻だ。遠出をするのは良くないが、フォルフォを倒したリラン平原ぐらいまでならば、そんなに危険はないだろう。
俺はハヌ棟より一番近い門から街の外に出て、炎狼と一緒にフォルフォを倒したリラン平原に向かう。途中、街に帰ってくる冒険者達とすれ違ったりもしたが、街道近辺は治安が行き届いていると見えて、単独行動の俺を気にする様子は無い。
小さな木立の間を通りかかったところで、周囲に人の気配が無いのを確かめてから[格闘家]から[ネイチャー:宿屋]に切り替えをする。体格を変えていないので主観的には変化が無いが、ステータス画面はちゃんと[宿屋:レベル1]になっていた。
すぐに到着したリラン平原は、一面を草むらに覆われた広々とした場所だ。ホルダの街からも近く、日中は子供達の遊び場になっている。夜間にはフォルフォなどの低級モンスターが出没するが、いずれも低レベル、かつノンアクティブ。自分から攻撃を仕掛けてこない性質のものばかりだ。
経験価稼ぎにもあまり向いていないので、討伐依頼か採集依頼がない限りは、訪れる冒険者も少ないらしい。現に今も見回した視界の中に、俺以外の冒険者の姿は見当たらない。人目が無いのは、今回は好都合だけどな。
俺は早速コンソールから宿屋のスキルリストを開き、一番上に表示されている
「【
俺の口と腕が勝手に動き、言葉と同時に差し出した掌の先に、大きな立方体の枠組みが現れる。手を軽く動かしてみると、立方体の中心にある小さな球が動き、枠組も一緒に動く。もしかして、これが座標軸の中心ってことか。
障害物の無い平原の上では、3m四方の立方体はそう大きなものでも無い。俺は枠組みの底が地面と接するぐらいに高さを調節した上で、開いていた掌を軽く閉じた。枠組みが一瞬輝いた後に、極々薄い透明の膜に覆われた空間が、立方体の形に区切られたことが、何となくだが判る。
見た目には何の変化もない空間の中に足を踏み入れてみたけれど、特に何かしら変化した所は見受けられない。
「しかし、この中に個室と食堂って……難しくないか?」
高さはそこそこあっても、床面積は3m×3mしかないのだ。どう要件を満たしたら良いのか、考える必要があるだろう。
「あ、そうだ」
宿屋の説明文を読んだ時に気になっていた、もう一つのスキル。あれも一応、試しておくか。
「【宿屋の主人】」
俺の言葉と同時に、目に見えない空間の区切りが一瞬、僅かに震える。ステータス画面を開いて確認すると、今度はスキルの説明欄がちゃんと開いてくれた。
[宿屋の主人:レベル1
・
・
・
宿屋の主人レベルは、宿屋レベルに順じます]
おぉ? 何だか思ったより凄くないか。
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