第88話 魔族と黒猫
「え、えええっ!?」
目を丸くする俺を他所に、膝の上に乗った黒猫は、キョトンとして俺を見上げている。パタパタと長い尻尾を振りながら「どうしたんですか、ますたー」と首を傾げるミケ(多分)を抱っこした俺が、ほら、と黒い毛並みに変わった手足を持ち上げて本人(猫)見せてやると、ミケは「フニャア!?」と叫んで背中の毛をブワッと逆立てた。
『ミケのおててが、まっくろになってるです!!』
「あ、いや。どちらかっていうと、全身真っ黒になってるぞ、ミケ」
「ミャアア!?」
更に驚いたのか、ミケは爪が出た手足でギュウッと俺の腕にしがみついてくる。お、おぉ……結構痛い。だけどミケがあまりにも吃驚してくれたおかげで逆に落ち着きを取り戻した俺は、よしよしとミケの背中を撫で続けて、仔猫の興奮が収まるまでゆっくりと宥めてやった。
暫く経って少し落ち着いたミケが大人しくなると、俺は再び両手でミケを抱き上げて、黒い艶々の毛並みに覆われた仔猫の全身をぐるっと観察してみる。耳の上についていた三色スミレの花飾りは、ゆるりと長いかぎ尻尾の先にちょこんと結ばれた、白いサテンのリボンに変わってるみたいだ。そこ以外は、見事に綺麗な黒猫だ。
「
俺とミケが動揺している間も黙々と白米を頬張っていたロキが、頃合いを見計らって声をかけてきた。……おい魔王児、ほっぺたに弁当ついてるぞ。
「落ち着いたけど、すごく驚いたよ。いきなりミケが黒猫になったじゃないか」
『吃驚したです……』
「おぬしが『宿屋』になっている間、そこの仔猫を連れ歩けなくて寂しいと言ったから、姿を変えてやったまでだ。その黒猫の見かけは、おぬしが『宿屋』のネイチャーを選んでいる時に自然と変化できるよう、結びつけておいた」
「え、何それ凄い」
それなら確かに、俺が【カラ】になっている間でも、ミケを連れ歩くことが出来るようになる。何せテイマーギルドでも言われたように、[三毛猫]の[雄]はリーエンの世界では知る人ぞ知る、なかなか貴重な存在だ。ただでさえ目を引くから、その主人である【シオン】のことも覚えられやすい。そんなミケを『宿屋』の【カラ】が連れ歩いていたら、仮面の中身を公表しているようなもんだ。
だけどミケが【カラ】と一緒に居る時は[黒猫]の姿になれるのならば、それは逆に【シオン】と【カラ】は別人だと欺く手段の一つになってくれるだろう。
「やったなミケ! 今度から【カラ】の時も一緒に居れる!」
「ミャア!」
俺の説明でロキがくれた贈り物を理解したミケも、嬉しそうに声をあげる。そして俺の膝から飛び降りたかと思うと、そのままテテっと床を駆けて、ロキの膝にポンと飛び乗った。
『ろきさん、ありがとうございます!』
髭をぴこぴこさせながらミャアミャアと懸命に語りかけるミケの姿に、感謝の意は伝わるのだろう、ロキはクスリと笑ってミケの頭を撫でる。
「礼には及ばない。……ついでだ、そこの
ロキの言葉と同時に、いつもの通知音とお馴染みのテロップが、俺の視界に浮かぶ。
【あなたのペット[黒猫]の[ネロ]が[魔王児:ロキ]から名前を授かりました。[ネロ]は[魔王児:ロキ]から
おおっと、ロキからも祝福が来たか。しかし名付け親とは言え、妖精王夫婦と魔王児とは、なかなかゴージャスな両親だよな。[ミケ]改め[ネロ]の主人として俺からも礼を言うと、ロキはちょっと照れ臭そうに視線を泳がせ、またもや白米を頬張った。……そろそろ土鍋空になりそう。
新しく米を追加して炊こうかなとインベントリを開こうとしていたら、今度は何杯目かの味噌汁を飲み干した
「ロキ様の『お礼』は済んだようですな、それでは、次は儂から礼を届けとうございます」
「お礼とか、もう十分だけど」
そもそも魔族の二人が俺をテリビン砂漠に呼び出したのは、生命を救ってくれたお礼をどうしても届けたいから俺に会いたいという理由からだ。鴆である飛蛮将軍が色毒欠乏症という病に侵されていて、その特効薬である虹オトラセを偶々釣り上げ、ロキに譲ったのは、正しくは俺と炎狼の二人だ。俺がテリビン砂漠入り口のユベの町で油を売っている間に、ロキと飛蛮将軍は別の場所で炎狼とコンタクトを取り、彼には俺とは違う『お礼』を既に譲渡済みとのことだ。
「カラよ、貰っておけ。悪いものではないだろう」
ベロさんは面白そうにしているけれど、虹オトラセの価値にいまいち実感が持てない俺としては、対価としては過分すぎる心地がしてならない。
「ロキがくれた、ミケの変化能力だけでも、かなり嬉しいけどな」
「そうおっしゃいますな。儂にとって、貴方様達お二人は紛うことなき命の恩人。こうして命を長らえられてこそ、これからもロキ様をお支え出来るというもの。どうぞ遠慮なく、儂からの礼も受け取ってくだされ」
そこまで言われたら、あんまり固辞しても相手に失礼になる。
俺が「ありがたく頂戴いたします」と何が貰えるか判らないままに頭を下げると、ロキがミケに触れた時のように、飛蛮将軍の指先が俺の額に軽く触れた。
「“汝に新たな力の祝福を。その胃腑我が身と等しくあれ。百毒もって屠ること能わず”」
低い声と共に、全身に何かが染み込むような心地がする。
同時に今度は、インターフェースのステータス欄のタブに【!】マークが点灯し、激しく点滅を繰り返して確認を促してきた。そのまま画面に指を滑らせてステータス欄を開いてみると、そこには【耐毒:S】の文字が燦然と輝いている。
「ええ!?」
毒や麻痺、混乱などのバッドステータスに対しては、装備やスキル、基本ステータスなどで耐性と呼ばれる対抗値を上げていくことが可能だ。その中でもランクSの耐毒効果なら、ほぼ完全な毒耐性を身につけたということになる。通常であれば、何千何万という回数の毒を喰らって身体に耐性を叩きこむか、相当ランクの高い装備を使って効果を付与するしかないものだろう。
「フフッ、気に入っていただけましたかな」
「こんなの、貰っちゃって良いのか?」
多分魔族の中でも、この耐性はかなり貴重ではないだろうか。そしてこんなスキルの譲渡に対しては、往々にして回数制限がある。
「儂も
「わーー……俺としては、すっごいありがたいけど」
「爺が良いと言うのだ。もらっておけ、
「うん……すっごい貴重なものだよな。ありがとう、飛蛮将軍」
「ハハハ、それこそ礼には及びませぬ」
何かの有事に、凄く役立ちそうな耐性だよなあ。感謝を込めて頭を下げると、「
うーん……それなりに友好的な感じなのに、なんで魔族と人間っていがみあってるんだ?
「そういえば質問なんだけど」
俺が手を挙げると、鉤のように曲がったネロの尻尾で遊んでいたロキが、「何だ?」と視線で促してくる。
「俺は[無垢なる旅人]だからあんまり詳しくないんだけど、魔族と
「良くはないな」
「なんでそんなに仲が悪いんだ?」
「……なんでだろうな?」
おや、まさかのふんわり回答。
首を捻るロキに、飛蛮将軍は苦笑してしまった。
「カラ殿。ロキ様のお立場はご存知の通りです。魔王陛下のご子息ではございますが、後継の権利をお持ちではない」
「あ……もしかして後継者じゃない子供には、そんな国家間の軋轢とかについて、あんまり教えないとか?」
「ご推察の通り。儂もロキ様にはもっと広い知識と見識を得ていただきたいのは山々ですが、教育そのものを魔王陛下より禁じられておりますれば」
「わ、なんか嫌だなそれ」
後継者じゃないから、教育すらしない。候補者に入れないなら、その必要もない。それは、最初から子供の可能性を否定する行為だろう。
そもそも、なんで十三番目までなんだ? 魔族は長寿らしいし、その中でも魔王ともなれば子沢山にもなるから、そうやって区切りをつけないと収拾が付かなくなるってのも分かりはするけれど。
「ロキも後継者候補になれたらいいのにな」
「……それは無理だ。俺は、父上の十四番目の子供なのだから」
ふるふると首を振るロキの前で、俺はんん? と首を傾げる。
「なろうと思えば、なれるんじゃないか?」
「……え?」
「上に十三人も兄弟が居るんだろう? 誰か一人や二人、蹴落とせそうな兄弟か、嫌な兄弟が居たりしないの? それを消しちゃえばいいじゃないか」
そうしたら、ロキの順番も繰り上がる訳だ。
俺の淡々とした説明を聞いた後で、ロキと飛蛮将軍は何故か暫く沈黙してから、互いに顔を見合わせた。
「……爺よ」
「はい、ロキ様」
「考えてもみなかった。……そうか、そんな簡単なことだったのか」
「ええ、この年寄りでも、思いつきもしませなんだ。まさか、
……おや? 何か俺、変なスイッチ押した?
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