第87話 意外と仲が良い

 砂漠の中に設置した宿を訪れた二人の魔族は、前に虹オトラセを譲った魔王児ロキと、その側近である飛蛮将軍だ。

 ハロエリスのクランハウスから解放されて、灯火亭でダグラス達と宴会を楽しんでいた最中に俺に飛んできた個別チャットは、魔王児ロキからのものだった。[友誼の絆]を交換していない俺にどうやってチャットを飛ばしてきたかは謎だけど、その時ロキから、テリビン砂漠にあるロック・テーブル付近まで来てくれないかと頼まれたんだ。俺はそれを了承してホルダからここまでやってきた。宿屋の【カラ】の方で待機したのは、単純に【シオン】では砂漠の中で安全に待機できないという理由と、仮面について少し知りたいことがあったからだ。


 宿の中に招き入れたロキと飛蛮将軍を連れて地下に降りると、風呂から上がったベロさんとニアさんがかまどの近くに並んで座っていた。ニアさんがベロさんの頭に手を翳して、掌からふわふわと風を出して黒髪を乾かしてやっている。リア充妖精夫妻め……。

 そんなベロさんは俺と一緒に階段を降りて来た魔族の二人を見ると、一瞬目を丸くした後、面白そうに笑う。


「なんと、これは珍客ではないか」

「……妖精王。斯様なところで出会うとは」


 どうやら、互いに面識がある様子。ロキは立ったままだが飛蛮将軍はすぐに片膝をついてベロさんに頭を下げ、ニアさんの方もスカートをつまんでロキに向かってカーテシーを披露している。


「二人とも、知り合い?」


 俺が尋ねると、ベロさんとロキは同時に頷く。


「うむ。会うのは久方ぶりだがな」

「妖精王は、以前会った時よりも、何やら縮んでいないか」

「サイズが変わっていない貴様に言われたくないがな?」


 なんだか思ったよりも親しげな会話の応酬だ。魔族は人間ヒューマンにとって敵に当たる種族らしいけれど、妖精とは仲が良かったりするのだろうか。首を捻って考えている間に、近くに歩いてきたニアさんが、俺のローブの裾をツンツンと引っ張る。


「ねぇカラ。ミケは連れてきていないの?」

「いや、呼び出せるようにはしてるんだけどね」


 俺はインベントリの中から掌サイズのカードを一枚取り出して、その表をニアさんに見せた。白いカードの外縁をルーン文字みたいな模様と記号で囲まれたその中央には、くるりと丸まって眠る三毛猫の絵が描いてある。


「あら、召喚カードね」

「うん。ミケはまあまあ目立つからな」


 召喚カードは、対象となるペットか従魔を登録することで、離れた場所に移動してからも、登録対象をその場に呼び出せるツールだ。主には、移動手段である騎獣に使われることが多い。途中で騎獣を乗り換えるのに便利だからだろう。後は、テイマー達も使役する従魔を多く連れていきたい時に利用することが多いって聞く。三毛猫の雄である【ミケ】が【シオン】の飼い猫だという事実は、既に知っている人が多い。宿屋の【カラ】が連れ歩いたら、すぐに仮面マスクの中身がばれてしまう可能性が高い。

 それで、移動先でミケを呼び出せるように召喚カードを使ってみることにしたのだが、テイマーギルドで販売しているこのカード、お値段が一枚10金ルキとかなり高額に設定されている。召喚カードを使えばペットや従魔を簡単に持ち運べるとあれば、襲撃などをはじめとして、誘拐や密輸の手段にも使われやすい。だからこそ、乱用が出来ないようにと配慮した価格設定とのことだ。確かにまあ、頻回に使うのには厳しいお値段だよな。

 俺はカードを縁取りしている文字に触れながら、予め決めておいたキーワードを口にする。


『ミケ、起きて』


 俺の言葉に反応した文字が淡くピンク色に光ったのを確認してからカードを石畳の上に投げると、ぽん! という軽快な音と共に、三毛猫がカードの中から飛び出してきた。ミケはそのままくるくるっと宙で回りつつ、いつもの子供に姿を変えて、床にトンと降り立つ。


「カラ様!」

「おはようミケ。カードの中は、大丈夫だったか?」

「はい!」

「偉いわミケ。ちゃんとお留守番出来ていたのね」

「ははさま!」


 パッと表情を明るくするミケの頭を、ニアさんがニコニコしながら撫でている。俺はミケの相手をニアさんに任せて、何はともあれまずは腹拵えをしてもらおうかなと、大きな鍋を取り出してかまどにかけた。


「今日は何を作るんだ?」


 続いてインベントリの中から次々と食材を出してくる俺の手元を、ベロさんとロキが興味深そうに見つめている。


「うーん、なんとなくなんだけど、ベロさんとニアさんって動物由来の食べ物があんまり得意じゃないっぽい?」


 これまでの傾向から聞いてみると、ベロさんはあっさりと頷いた。


「そうだな。ミルクや卵程度であれば私は嗜むが、我が妻は、植物由来の食材しか受け入れられんだろう」

「成るほど」

「俺はなんでも食べるぞ」

「ロキは好き嫌いなしか。いいことだ」


 でもまぁ、今回は折角ホルダでイーシェナの食材問屋にも行ってきたことだし、味噌ベースのものにしようかな。

 インベントリの中から取り出した大きな昆布を水につけ、出汁を取る。待っている間に野菜を刻み、三十分ぐらいしたら煮出しをして、昆布を取り出して刻んだ野菜を入れて煮込む。野菜に火が通ったら味噌を溶き入れて、味見をしてみた。肉類を入れていないのでちょっとあっさり風味なのは否めないけれど、まぁまぁ美味しい味噌汁が出来たと思う。

 次は一旦味噌汁をかまどから下ろし、土鍋で米を炊いていく。米が炊きあがったらニアさんとミケにも手伝ってもらって茶碗に山盛りの米をよそい、もう一つの器には味噌汁をなみなみと注いだ。


「美味そうだ!」

「スープの素にしていた、あの赤茶色の土みたいなものは何だ……?」

「あれは味噌だな。豆を発酵させたものだぞ」

「ほほう……?」


 目の前で調理してはいたけれど、魔王児ロキの食事は、ちゃんと飛蛮将軍が先に毒見をしてくれている。……ちょっと疑問なんだけど、鴆って毒見出来るのか? 逆に何食べても平気なのでは……。

 俺の葛藤を他所に飛蛮将軍は平気な顔をして「美味ですな」とか言いながら味噌汁を啜ったりしている。一方では初めて食べたという米が余程気に入ったのか黙々と米を頬張っているロキは、頬袋が膨らんだリスみたいになっていた。後で味噌つけて焼きおにぎり作ってやろうかなぁ。


「そういえば、ロキは俺が【カラ】で居ても普通に宿に来てくれたけど、やっぱり魔族とか妖精には人間ヒューマン仮面マスクって効果なしなのか?」


 今回俺が砂漠に【カラ】でやってきた目的の一つ。仮面システムについての確認をしてみると、ロキは頬張っていた米をごくんと飲み込んだ後で、「そうだな」と簡単に肯定してくれた。ハロエリスのクランハウスに居た時に、クランメンバー達との会話の中で、『魔族には仮面の効果が無い』という話を耳にしたことがあったんだ。


「我々魔族からすれば、人間ヒューマンの仮面はそれぞれ固有の『特徴』みたいなものだ。どちらかというと、人間の見分けに使えるという感覚の方が強いな」


 ロキ曰く。魔族や妖精は、人間ヒューマンの持つ仮面にのだと。そもそも大前提として、魔族と妖精には仮面の効果がない。今の俺みたいに【カラ】の仮面を被っている状態でも、ベースの【シオン】が透けて見えている。だとしても、仮面を剥ぐことはできない。[アンクローク]は仮面の特性を持つ人間ヒューマン同士でしか行えないからだ。相手の仮面を剥ぐことで得られるスキルも当然ないし、だからと言って誰かの素顔を他人にリークする行為は、創世神の力で禁じられている。


仮面マスクは神々の子孫たる人間ヒューマンに押し付けられた、枷のようなものだ。確かに恩恵あるやもしれんが、リスクも高い。実際に、最初からネイチャーを育てないと決める輩も多かろう。旨みの少ない行為に手間や時間をかけるより、他の利益を考えた方が良い」

「確かに。そういう考え方もあるよなぁ」


 重ねて注釈を入れたベロさんの言葉に、俺も考え込んでしまう。


「だが、【カラ】の『宿屋』は強力だ。育てて良いネイチャーだと思うぞ。実際に私と妻はそれで助かったのだから」

「でもリスクが高いだろ。ミケを連れ歩けないのも寂しい」

「カラ様……」


 俺の言葉に嬉しそうにはにかんだミケが、ゴロゴロと喉を鳴らした。膝の上に抱っこして頭を撫でてやれば、上機嫌な三色の尻尾がくるくると俺の腕に巻き付く。


「ふむ。では俺からの『礼』はそれにしよう」

「え?」


 首を傾げる俺の前で、ロキがついと手を伸ばして、ミケの額に触れる。


「“汝に新たな旅の岐路を。芽吹け、若き小枝。その姿を見せよ”」


 ロキの言葉と同時に、ミケの身体がキラキラと輝いたかと思うと。


「……っ!」


 次の瞬間には。

 俺の膝の上に、夜の闇みたいな漆黒の毛並みを持つ、小さな黒猫が座っていた。


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