第86話 ロック・テーブル
テリビン砂漠の南部にあるロック・テーブルは、砂漠の中に突き出た大きな岩山のことで、その天辺が平らなテーブルみたいになっていることからその名前がつけられたそうだ。目印が少ない砂漠の中でランドマークとして知られているけれど、ユベからマージュに抜けるコースからは外れているし、ムラトも言っていたようにアロッテ・モスの巣が近いこともあって、訪れる人はかなり少ない。
ムラトのガイドで順調な行路を辿った俺は、十分な休息を挟みつつ、予定通りに夕方前にはロック・テーブルに辿り着いていた。アロッテ・モスを避けるならば岩山に登った方が良いとムラトは提案してくれたが、その必要はないので、俺は軽く首を振り、「ここで大丈夫」だとムラトに笑いかける。
「ありがとうムラト。不安なく到着できたのは君のおかげだ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
フードの下でふわりと微笑んだムラトに俺も頷き返し、ムラトが到着のサインを記した台帳に、俺もサインを書き込む。緑色の光が輝き、これで契約終了だ。
「ムラト。君には世話になったから、これはオマケだ。受け取って欲しい」
俺は鞄の中に入れていた袋から帰還石を三つ取り出し、ハーフグローブを嵌めたムラトの掌に乗せてやる。ムラトは縦長の虹彩を一瞬見開いたけれど、それ以上は何も追求せずに、ありがとうございますと俺に頭を下げてきた。
帰還石の値段は、一つ3金ルキ。
ちなみに、今回俺がムラトに支払うガイド料は2金ルキだ。冒険者ギルドを介した支払いになるので、中間マージンを取られることも考えたら、ムラトの手元に入るのは恐らく1.5金ルキ程度だ。案内する人数が多かったり危険を伴うコースだったりするとガイド料金もそれなりに上がるみたいだけれど、冒険者達のように一攫千金の高収入が望める仕事ではない。
俺達みたいなプレイヤーの[無垢なる旅人]と違って、NPCであるリーエンの住人達は、大金を積まない限り蘇生が保障されない。彼等にとって無条件でホームに戻れる帰還石は、命綱だ。一つを必ず御守りがわりに持っているNPCは多く、それでも実際に使ったり、モンスターに追いかけられて荷物を落としたりしたら、それも失ってしまう。3金ルキの損失は、積み重なれば結構痛い。
そして俺は今、ムラトが手に入れるガイド料金の六倍近い価値になる帰還石を、オマケと称して彼に差し出した。その意図をすぐに理解したムラトは掌から帰還石を一つ抓まみ上げ、残りの二つは腰に下げたポーチの中に大事そうに入れ込んでいる。
「君は、優秀な
俺がムラトに帰還石を三つ渡した意図は、単純なものだ。一つは、その帰還石を使い、この場からすぐに立ち去れというもの。
「またテリビン砂漠越えの
「ありがとうございます。是非に」
もう一度俺に頭を下げてから、ムラトは掌に乗せた帰還石を握りしめる。同時に青白い光の円がムラトの足元に描かれたかと思うと、その姿はシュンと円の中から掻き消された。
「……『友誼の絆』を交換しても良かったんだけど」
余計な詮索をせず、依頼主の指示だけをきっちり遂行してくれたムラトは、理想的な
仕事を弁えたムラトだけなら良かったけれど、彼の妹で炎狼にご執心のフェンの存在が、ちょっと気にかかってしまったのは事実だ。
俺は少しずつ傾きかけている砂漠の太陽を眺めつつ、ロック・テーブルの周りをぐるりと一周歩いて回る。到着した時にムラトも他人の気配はないと言っていたし、この周辺が無人なのは間違い無いみたいだ。
「よし、んじゃあやりますか」
俺は片手をあげて、インターフェイスの[宿屋]のタブから、【
地上に突き出た部分を白壁で囲んで窓を幾つか作り、入り口に素朴な造りのドアをつけると、砂漠の中にポツンと佇む一軒家の様相が出来上がった。そこから中の空洞を大きく上下の二つに区切って、地上から出入りできる上の階に床を張って小さめの『一人部屋』を三つ並べる。更に地上階から壁に沿うように下に降りる階段をつけて、砂に埋もれた地下の部分には半分の敷地を占める『小規模テルマエ』を設置した。最後に残りの床部分を石畳に変えて『簡易食堂』を置いてみると、今回は石積みの竈門が現れる。
【宿屋レベル2の設営が完了致しました】
……今回は、何となくちゃんとした建築っぽく出来たんじゃないかな?
自画自賛しつつ、陽が落ちて薄暗くなってきた建物の中に照明を設置して回っていると、地上部分の壁に開けた窓の外がふわりと明るくなった。
「お、もしかして……」
「カラ!」
「こんばんは、カラ」
俺が確認しないうちに、ひょいと窓枠の向こうに顔を覗かせた二人が、元気に声をかけてくる。砂漠に繋がるドアを開くと、中学生ぐらいのサイズに育ったベロさんが、ミケと同じぐらいの大きさになった美少女のニアさんを抱っこして立っていた。
「ベロさん、ニアさん、いらっしゃい」
「うむ! 来たぞ!」
「お邪魔しますね、カラ」
すっかり常連になった二人を宿の中を迎え入れ、中の配置を見てもらうと上出来だと褒めてもらえたから、ちょっと嬉しい。テルマエ部分と石畳の間に目隠しになるカーテンをつけて、妖精王夫婦(外見上はお兄ちゃんと妹)が水入らずで入浴してる間に、俺は地上部分に設置した個室の中を整える。
三つの個室を横に並べたから、一つ一つの部屋幅が狭い。簡易ベッドは設置してあるけれど、手足を伸ばして眠るには布団かローベッドの方が良いかも。俺はチェストをカスタマイズして横に長いタイプのものに変更し、奥の壁に寄せてしまう。簡易ベッドは部屋の横幅いっぱいぐらいの広さがあるローベッドに変えたから、そこらのカプセルホテルなんかよりずっと快適だろう。部屋のドアを入ってすぐの床には小さなラグを置いて、履き物を脱ぎやすくしておいた。
「うん、良い感じ」
並んだ個室を確かめながら俺が一人で頷いていると、砂漠に繋がるドアが、コンコンとノックされる音がした。同時に、いつもの通知が現れる。
【宿泊希望者が基礎の外に到着致しました。受け入れますか?】【Yes/No】
「……来たか」
今回の宿屋はちゃんと不透明の壁を作っているので、中から外を確かめることは出来ない。でも窓の外に広がる夜の砂漠に一瞬見えた緑色の羽が、来訪者の正体を告げている。
俺は通知の【Yes】に指をかけつつ、確認の為にドアを開いた。
「久しいな、
そこには、予想した通りに。
俺をテリビン砂漠のロック・テーブルに呼び出した張本人である魔王児ロキと、彼の側近である飛蛮将軍が立っていた。
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