第89話 水運び
テリビン砂漠での邂逅を終えた俺は、帰還石を使ってホルダのハヌ棟にある自室に戻ってきた。そこからは一旦、
ログアウト時にそのままだった『宿屋』の【カラ】から『格闘家』の【シオン】に戻ってすぐに、インターフェースに常駐している時計の横で、メールのアイコンが点滅していることに気づいた。これは、【シオン】が不在時に誰かからメッセージが届いていると示してくれているアイコンだ。
届いていたメールは全部で三通。一通は炎狼からで、レベル上げに良い場所を見つけたからどうだというペア狩のお誘い。もう一通はビーストテイマーのハルからで、ホルダ発サウザラ行きの美味しいクエストがあるから、時間が合うなら一緒に行ってみないかというお誘い。出立予定の時間を確認してみたら、幸いなことに、あと数時間後だ。まだ何とか間に合いそう。三通目はこの前ダグラス達から旨い飯をご馳走になった【灯火亭】のマスターからで、今月は『メェメェ豚』の肉を規定量持ち込みしてくれたら、宿泊費と食事代が半額になるサービスがありますというお知らせだった。……メェメェ豚とは。なんかこう、山羊か羊あたりとハイブリッドされてないか?
フレンドリストによると、炎狼もハル達もホルダに居るみたいだ。まずは炎狼にコンタクトを取ったら炎狼にもダグラス経由でクエストのお誘いが行ってたみたいで、俺が来るかどうかギリギリまで連絡待ちだったとのこと。
『俺も冒険者ギルドで少し話を聞いたんだが、何でも南のサウザラで異常気象が起きているらしい』
『異常気象?』
『サウザラは本来高温多湿の国で、
『うわ、それは大変だな』
『それで農作物が大打撃を受けている上に、もともとは水の利便に富んだ国だから、都市間の水道や水源から水を引くための水路が発達していない。異常気象の原因解明に向けて研究者達も現地入りして調査が始まっているけど、なにはともあれ救済が必要だってことで、サウザラに一番近いホルダから水を運ぶ支援クエストが出てるんだ』
『なんか俺も冒険者ギルドでちょこっと見かけたかも、そのクエスト』
『あぁ、数日前まではサウザラからの通常クエストだったんだけど、今は必要性が高まったってことで、ホルダの冒険者ギルドからの準緊急クエストになってる。実際に水を運ぶのは大型の騎獣で、それを護衛するクエストだ』
『面白そうだな。うん、俺も行くよ』
『了解。じゃあ冒険者ギルドで落ち合おう』
『分かった』
炎狼とのチャットを閉じて、俺はインベントリの中に入れていた荷物を幾つか自室のチェストに入れて容量に余裕を持たせてから、俺がログアウトしている間は自室のベッドで眠っていたミケを背負ったバッグパックの上に乗せてハヌ棟を飛び出した。
冒険者ギルドに向かう途中にも、巨大な樽を背中に乗せたり鞍に下げたりした騎獣とその護衛である冒険者達が、南門に向けて大通りを移動している姿を何組も見かける。だけどサウザラまで街道を移動するだけの護衛任務の割に、冒険者達の装備はそれなりにしっかりとしたものみたいだ。もしかして、ホルダからサウザラに向かう街道って結構険しかったりするのかな。それとも、何か別の危険があるのか。
「シオン! こっちだ!」
冒険者ギルド前では、既に[雪上の轍]のメンバーと合流した炎狼が待っていた。今回は水を運ぶクエストになるので、ハルの相棒であるシグマだけじゃなくて、ダグラスやベオウルフも自分の騎獣を連れてきているそうだ。俺は炎狼に連れられて一旦冒険者ギルドの中に入り、本日の受付嬢であるラミアのメリナに申し出て【サウザラへの水運び】クエストを受注させてもらった。
「あ、シオンさん。そろそろレベルが50に到達しそうですよ」
俺の冒険者証にクエストを登録していたメリナが、緑の光と一緒に浮かんでいる文字を見て、『格闘家』の経験値プール量を教えてくれる。
「もうそんなになるか」
「はい。今回のクエストを完遂したら、おそらく到達出来ると思います。遂に上級職ですね、頑張ってください」
にっこりと微笑まれなたら返却された冒険者証を受け取り、参考までにどうぞと渡された薄い冊子は、格闘家の上級職案内だった。これは何処かの休憩中に読むとして、炎狼が用意しておいてくれた水や軽食と一緒にバックパックに突っ込んでしまう。そのまま[雪上の轍]が待機している場所に戻ると、既に出立の準備が整った面々から笑顔を向けられた。
「シオン、おはよう。クエストはちゃんと受けてきたかい?」
「おはようハル、ばっちりだ。あと、お誘いありがとうな」
『シオンちゃんミケちゃん、おはよう!』
『あ、シグマおねーさん!』
俺の背中から飛び降りたミケは、身体の左右に大きな樽を下げたシグマの足元に駆け寄ってゴロゴロと喉を鳴らす。シグマはそんなミケの頭を優しく舐めてから、『ミケちゃんは私の背中に乗ると良いワ』と身体を屈めてミケが背中に登りやすくしてくれた。素直に『はぁい!』と返事をしたミケが背中によじ登ると、シグマも機嫌よさそうに喉を鳴らして見せる。
「ミケ。今日のシグマは水を運んでるから、あんまり負担かけちゃだめだろ」
一応俺は遠慮してみたのだが、シグマのマスターであるハルが笑って首を振ってくれた。
「ダグラスじゃあるまいし、ミケちゃん程度の負担は問題ないよ」
「まぁ、確かにミケは軽いし……ミケ、ちゃんと大人しくしてるんだぞ」
「ミャア!」
シグマの背中でちょこんと香箱座りをしたミケの姿に、こちらも身体の左右に大きな樽を下げた馬の手綱を引いたダグラスが身悶えている。
「ミケちゃああぁん……! 今日も俺のミケちゃんが、ミラクルに可愛い!!」
「おはようダグラス。今日も台詞だけ聞くと普通に変態だな。あと、ミケはうちの子です!!」
「はうん、辛辣!」
更にグネグネしてる幼女勇者をほっといて、俺はベオウルフとスズ、リィナの三人にも挨拶をする。今回のクエストは[雪上の轍]のフルメンバーで臨むらしい。
「あと、今回はシオンと炎狼以外にも、同行者が二人居るんだ。そろそろ来る頃なんだけどな」
「すみません、遅くなりました」
「……ごめんなさい。お待たせしました」
ベオウルフの台詞に被せるようにして、旅装の冒険者が二人、俺達が集まっている場所に駆け寄ってきた。……おや? この二人、見覚えがあるな。
「お、丁度来たな。ユージェン、アクア、おはよう」
「おはようございます」
「……おはようございます」
あぁ、そうだ。折り目正しく頭を下げてくるユージェンと、ローブの裾を抓んで軽くカーテシーをしてくれた二人は、【シオン】ではなく【カラ】で出会ったことのある相手だ。高純度精霊石を持ち込んだ【カラ】にギルドマスターが引き合わせた、Aランク以上の魔導士である二人。あの後、ギルドを通じて精霊石は売ってもらえたんだろうか。
何はともあれ真っ先に炎狼が「はじめまして!」と勢い良く挨拶をしてくれたので、俺もそれに続いて「はじめまして」と無難な挨拶をする。ユージェンとアクアは[雪上の轍]と一緒に居る俺達が何処のクランにも所属していないフリーの低ランク冒険者と知って少し驚いたみたいだが、[無垢なる旅人]の冒険者だと知ると、二人とも成るほどと納得したみたいだ。
「クラン[ハーメルン]所属の魔導士、ユージェンです。どうぞよろしく」
『ヘーイ! 僕はユージェンの
「……クラン[ヴィオレッタ]所属の魔導士、アクアです。よろしくお願いします」
『もう! アマデウスのお調子者! 私はアクアの
「二人とも、水属性を得意とする魔導士なの。私も魔導士だけど、炎属性が得意だから、今回のクエストには少し不利なので、同行をお願いしたってわけ」
『二人とも、久しぶり。新しい精霊石の具合はどう?』
『Ladyガブリエル、マーーヴェラスに良好さ!』
『ガブリエル、久しぶり! すごくいい感じよ!』
ん、んんん、ちょっと副音声が騒がしいです。
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