第90話 南へ
セントロの首都ホルダからサウザラに向かう街道は、大きく二つに別れているみたいだ。
イーシェナとウェブハに向かう街道は一本道だったので選択肢は一つしかないのだけれど、サウザラに行く時は、力量に合わせてどちらかの道を選ぶことが出来る。一つは、東西の国に赴く時と同じように、街道沿いの町で休息をとりながら舗装された道を進む迂回路コース。こちらは六つの町を経由する形になるので、サウザラまでの所要時間はだいたい七日になる。
もう一つは、ホルダからまっすぐ南に南下して、セントロとサウザラの間に広がる巨大な沼で構成されたアグラ湿地帯を通り抜けるコースだ。こちらはかなり危険を伴う街道となっていて、まず道と言っても一定間隔に目印となるポールが沼の中から突き出ているだけで、「このポールを辿って進めば沼には沈まない」という最低限の安全しか保障されていない。沼地に生息するモンスターには凶悪なものが多く、牙の並んだ顎を大きく開いて獲物に噛みつき、そのまま沼の中に引きずり込んで捕食する『アグイ』と、空から急降下してきて獲物に襲い掛かり、目だけを好んで抉り出すサイコパスな怪鳥『ダーラ』の二種が有名だ。この二大モンスターが、湿地帯の名称元にもなっている。相当な実力を必要とする行路だが、こちらのコースを踏破するとホルダからサウザラの首都リリまで、三日で到達することが出来る。
「……で、今回の
ホルダの南門から出発した俺達は、勇者ダグラスをリーダーに据えた九人構成のセッションパーティで、まずは街道の分岐点を目指していた。俺も炎狼もサウザラに行くのは初めてなので、街道を歩きながらダグラスから説明を受けている。
「それって、俺とかが参加しても良いものなのか?」
そんな危険な道を通過する予定なら、俺のような低ランクの冒険者では足手纏いになってしまうだろう。出来れば、寄生っぽい行動は慎みたいのだが。俺の問いかけに、ダグラスは大丈夫大丈夫と言ってひらひらと手を振ってみせる。
「護衛任務とかになったら、シオンの何倍も貧弱な子供とかを連れて、もっと危険な地帯を進むことだってあるんだ。それに今回に限っては、アグラ湿地帯の危険性がぐんと落ちてる。ほら、ちょうど分岐点あたりについたぞ」
ダグラスに促されて前方を確認した俺と炎狼は、目を見張った。
「わ、何だあれ」
「えーー……これは凄い」
街道の分岐点はアグラ湿地帯が広がる直前にあって、真っ直ぐ沼地の中に続く道と、向かって右側に湿地帯を迂回し始める道とに分かれているみたいだ。初めて足を踏み入れた地域になるので、画面上には【アグラ湿地帯】と地域名のテロップが浮かんでいる。でもそのテロップが無ければ、多分俺と炎狼は、ここがその『湿地帯』だと理解できなかっただろう。
「……カラッカラだな」
「干上がっているんだな」
目の前に広がっているのは、ひび割れた茶色の地面がむき出しになった、広く窪んだ空間。乾いた風が所々に申し訳ない程度に残っている枯れ草を揺らしている。巻き起こる砂塵のせいで視界はあまり良くないが、窪地の
「ここって、本来は沼なんだよな」
「あぁ。一定間隔にポールが立っているのが分かるだろう? あれが本来はアグラ湿地帯を進む時の目印で、冒険者ギルドが長い歳月をかけて探し出した、ホルダからリリまでの最短ルートだ。アグラ湿地帯に生息するモンスターは低ランク冒険者では太刀打ちできない物が多いし、霧も多く発生するから、ルートを外れると迷いやすい」
「でも数ヶ月前から始まったサウザラの異常気象の影響で、少しずつ沼から水が無くなっていって、この有様なのよ。砂漠というより、これでは荒野ね」
「前は街道付近にもアグイが多く出現していましたけど、今は僅かに水が残った沼地付近に集まってるってことなのです。街道からはずいぶん遠い場所なので、アグイとの遭遇率は極端に落ちてるのです」
ダグラスに続いて説明をしてくれたリィナもスズも、頭上から容赦なく照りつける日差しに顔を顰めている。
「いつもは霧に紛れて冒険者達を襲ってくるダーラも、砂埃の中では自分が逆にダメージを喰らうみたいでな。湿地帯の中を進んでいても、襲われることが殆どない」
「それで、危険性が低くなっているのか」
「そういうこった」
ダグラスと同じように大きな樽を鞍の左右に下げた馬の手綱を引いたベオウルフも、大きな盾を背中に背負ったままだ。盾役を務める彼が警戒していないということは、それだけ、モンスターと遭遇する確率が低くなっているということだ。
ハルが「おいしいクエスト」だと誘ってくれたのは、ここら辺が理由だろう。
「まぁ、確かにモンスターとの遭遇は減っているんだけどな、別の危険性はあるんだ」
「別の危険性?」
首を傾げた俺に頷き返したダグラスは、ベルトに下げていた革の水筒を手に取り、一口水を飲んだ後でしっかりと栓を閉める。他の面々も水を口にしてから、同じように栓を閉めた水筒を、何故か俺と炎狼に渡してきた。
「確か[無垢なる旅人]達は【インベントリ】っていうアイテムボックスを持っているよな?」
「うん」
流石にそれは、既にリーエンの住人達にも知れ渡っている情報だろうから、隠す必要もない。俺と炎狼が頷くと、ダグラスは俺が抱えている水筒をチョンと指先でつついた。
「利用するみたいで申し訳ないが、そこに、この水筒を入れて預かっておいてほしいんだ。容量を良く知らないんだが、余裕はあるか?」
「水筒を入れるぐらいなら、問題ない」
「俺もだよ。でも、何で?」
預かった水筒は、全部で7つ。よく分からないけれど取り敢えず半分ずつ持とうと、俺がダグラス・ハル・ベオウルフ・ユージェンの水筒を。炎狼がリィナ・スズ・アクアの水筒を持つことにする。俺達が自分の水筒も一応それぞれのインベントリに入れてしまうと、ダグラスは頷き、砂埃で霞んでいる道の先を指さして見せた。
「サウザラでの異常気象は、残念ながら、まだ原因がはっきりしていない。ただ、水不足が判明してくるにつれて、当然ながら、セントロから支援の手が差し伸べられたんだ。でもそれは、うまくいかなかった」
「水路がないから?」
「それもある。だが、水を運ぶのは、そこまで難しい仕事じゃない。アグラ湿地達を通り抜けるのは確かに危険だが、大型の騎獣で
「じゃあ、なんで?」
「……無くなってしまうんです」
ダグラスが指さした道の先を睨みつけたユージェンが、静かに呟く。
「何処かに、水を奪う『何か』が潜んでいるのです。それがアグラ湿地帯の水を飲み干し、ホルダからリリに運ばれる水も、いつの間にか奪っていく。皆が飲料水として携えている僅かな水ですら、です。……でもその方法も、正体も、判明していません」
「そんなことが……」
それが本当だとしたら、かなり大変なことだ。
支援として運搬していた水だけでなく、飲み水まで持っていかれるとしたら、なかなかの死活問題ではないだろうか。
「幸い、毎回ではないんだ。でも、ホルダからリリに運ぶ支援の水は、かなりの頻度で奪われている。ただ、一つだけ確実に奪われないと、判明してる場所があるんだ」
「あ、もしかして」
「そう……[無垢なる旅人]が持っている、【インベントリ】の中。そこに入れられた水だけは、決して奪われない」
ぽそぽそと小さな声で教えてくれたのは、ユージェンと手を繋いだアクアだ。
それで、ハルやダグラス達と親しい[無垢なる旅人]である俺と炎狼が、今回のクエストに誘われたってことか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます