第91話 それは喉が渇いてる。

 俺と炎狼がインベントリに水筒を入れたのを確認してから、ダグラスを先頭にした俺達は、アグラ湿地帯の中へと足を踏み入れた。足元の地面はカチカチに硬くなった土の感触で、沼地だった為か、所々がボコボコとしていて歩きにくい。シグマを始めとした大きな樽を運んでいる騎獣達も、慎重な足取りだ。

 俺は炎狼と一緒に列の真ん中に配置してもらっていて、白骨化した魔獣の骸がゴロゴロしてる荒野の中を、一列になって進む。


「それにしても、水がなくなるのって、何でだろうな」

「あぁ。俺もそれは気になる」


 頭を捻る俺の横で、炎狼も相槌をうつ。


「当然、冒険者ギルドとかでも調べてるんだろ?」

「まぁな。でも何でか、理由が判明しないんだよ」


 俺達の後ろで殿しんがりを勤めてくれているベオウルフが軽く肩をすくめた。でも、冒険者ギルドはリーエンの中でもかなり高い調査力を持っているはずだ。それなのに、旱魃の理由が判明しないなんて。


「学者さん達とかも現地入りしてるって言ってなかった?」

「あぁ、ノスフェルの魔法学徒団体が中心になってるな。でもあいつら魔法にかけては詳しいんだが、それ以外がイマイチなんだよ」

「……と、言いますと?」

「ぶっちゃけて言えば、魔法絡みの案件にはめちゃくちゃ頼りになる。だけどそれが自然現象であったり、例えば人災であったりした場合は……捜査能力ガタ落ちだな」

「えーー……何それポンコツ」


 つまりあれか、魔法が使えるが故に、魔法以外のことが難しいってやつ? うーん……それってあんまり頼りにならないって言うのでは……。


「でもまぁ、一番の原因は雨が降らないことなのでは?」

「多分な」


 素人の俺たちであっても、旱魃の原因として一番に考えつくのは、まずは雨量不足だ。空から雨が降り注ぎ、それが山や地下を巡り、川となり、水源となって巡る。それが大まかな雨のメカニズムだろう。だけど熱帯雨林気候の土地が干上がる程に雨が降らないとなると、それはかえって、何かしらの自然現象である可能性の方が高くないだろうか。


「だけど、持ち物の水筒とかが無くなる理由がわからない」

「だよなぁ」


 俺達みたいなプレイヤーが持つ【インベントリ】と違って、NPC達が持ってる【アイテムボックス】は、容量をたくさん持てるという袋にすぎない。例えば持ち主が亡くなったり、盗まれたりと、何かしらのアクシデントがあれば、中身は落とロストしてしまう。だけどプレイヤーの【インベントリ】は特別製だ。1mの立方体で作られた【インベントリ】の中身は、たとえプレイヤーが死んだとしても、ロストすることはない。何処かで復活させてもらったら、ちゃんとインベントリの中に残っている。そして身体に装備していたものに関しては、リーエンの住人達と同様に、ロストしてしまう。

 この事実が知れ渡った当初、リーエンで活動する行商人達が、こぞって[無垢なる旅人]のプレイヤー達を勧誘に走った。死んでも絶対に荷物が無くならない【インベントリ】なんて、行商人達からしたら、喉から手が出るほどに羨ましい能力の一つだろう。でも残念ながらその最大容量が1mの立方体のみであること、そして生き物はペットか獣魔として登録した上で、高額の召喚カードを使わないと持ち運べないことが判明してくると、その熱狂は次第に冷めていった。それに加えてプレイヤー達はリーエンの住人達と違って現実リアルの事情に合わせてログアウトもするのだから、希少なものを預けるのには不安がある。それでもそこそこ希少な能力であることには、間違いがないと思うけど。


「ちなみに、水が無くなる頻度ってどれくらい?」

「半分程だ。一番多いのが、休憩を取っている間にいつの間にか水がなくなっていて、出立しようと騎獣を動かして漸く気づく……というパターンだな」

「個人の水筒がなくなるのも?」

「同じ状況だが、頻度は半分以下だな、5回に1回ぐらいと聞いたが……荒野を渡る状況で水が無くなるのは、相当のプレッシャーだ」

「確かに」


 と、なると。

 詳細はわからなくても、今回の事件の犯人像が何となく分かってくる。


「つまり、あれだよね。今回は原因が【二種類】あるってことでは?」

「……え?」

「そうなの?」


 俺達のすぐ前を手を繋いで歩いていたユージェンとアクアが振り返る。……あれ、何気に仲良しさんですか?


「だってさ、水を持っていくのが自然現象だったとするだろ。例えば、凄い熱量で蒸発させてるとか……これなら大樽の水も水筒の水も無くなるけど、その前に水を運んでいる騎獣も冒険者達も、絶対ただじゃ済まないんだ」

「……そうですね」

「逆にこれが、人的なものだとする。どうしても水が欲しい誰かが、冒険者達が遠路遥々ホルダからリリに運んでいる水に目をつけ、何らかの方法で奪っている……でもこれは、かなり難しい。水筒程度なら、シーフのスキルがあればアイテムボックスから盗むことが可能かもしれないけれど、大樽の水を奪うのは通常の冒険者じゃ無理だ」

「んーー、俺は出来るかもなあ」

「人間兵器は黙っておくですよ?」


 先頭の方からのんびりとした様子で降ってきた勇者の言葉と速攻のツッコミに苦笑しつつ、俺は指を二本立てる。


「水は盗まれる。水筒の水は盗まれる。……成功率が全然違うだろ。多分、相手が異なるんだ。単純に考えたら、大樽を盗んでいる方が、今回の旱魃事件に関わる何かっぽい」

「しかし冒険者達だって、休憩中に、いつの間にか水筒が無くなっていたと証言してるんだぞ」

「それなんだけどさぁ……」


 ベオウルフの問いかけに、俺は少し、口籠る。


「当然、普通に気づいてない人の証言が殆ど何だろうけど……気づいても可能性もあるんだよね」

「……どういう意味だ」

「そのまんまだよ。同情したんじゃないの、多分」


 見つかれば、生命はないかもしれない。

 今より酷い目に、遭うかもしれない。

 それでも、冒険者達の荷物に手をかけなければならないほどに、水だけでもと、追い詰められた存在がいたとしたら。


「冒険者達は、気配に敏感だよね。自分や仲間達に危害を与えようとする存在に対して、容赦はしない。でもそれが、警戒を感じさせにくいものだったとしたら、どうなる?」

「……まさか」


 嫌そうな表情になったベオウルフに、俺も肩を落として答えた。


「水筒を盗んでいる犯人は達なんじゃないかな。それも随分と、追い詰められている」


 可能性が高いのは、アグラ湿地帯周辺の村に住んでいる子供とか。サウザラの首都リリに運ばれた水は町の住人達に分配されていると聞くけれど、それ以外の地方がどうなっているかなんて情報は、入って来ていない。いくら水をホルダから運んでも、根本の旱魃が解決していないのだから、水はすぐ無くなっていく。そんな状況の中にあれば、郊外の小さな村一つ、見捨ててしまわれることも充分に有りうる。

 子供達は飢えと渇きに苛まれ、何とかして家族を助けようと……悪いこととは知りつつも、水を盗んでいったのだろう。

 恐ろしくても、それしか、生き残る術を思いつかない。今日も怯えながら、冒険者達の荷物から、水筒を盗んで行く。


「……捕まって憲兵に突き出されれば、子供でも容赦はされないぞ」

「まぁ、まだ想像に過ぎないよ。でも当たっているとしたら、他の[無垢なる旅人]に接触したりする前に、早めに俺達に当たってくれたいいんだけどな」


 そして、旱魃の元凶も見つけないと。


 そうこうしているうちに時間は過ぎて暗くなり、1日目の野営をする場所に辿り着いた。まるで相撲の土俵みたいに盛り上がった地面の一部は、湿地帯の中に安全にビバークできる場所を作ろうと。冒険者ギルドが苦労と時間を重ねて作り出した安全地帯の一つらしい。本来は高さの半分ぐらいまで沼に覆われているところだが、今は土台まで剥き出した。

 テキパキと野営の準備をするダグラス達を手伝い、俺と炎狼も出来るだけ準備を手伝い、すぐに野営地が完成する。


 そしては、夕闇の帳が降りた頃に、そっとやってきた。






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