第68話 ダンジョン内に放置はダメだと思う
何はともあれ、黙って見守っていても埒があかない。
顔を見合わせた俺と炎狼は、通路のど真ん中で言い争いを続けている四人に声をかけることにした。
「あのー、もしもし?」
「あぁ? 何だよお前」
面倒そうに振り返るホクトと、涙に濡れた顔でこちらを見上げるユズ姫と五十嵐。俺にとっては数日前にも見た表情だが、もちろんそこは知らんぷりだ。
「何があったかは知らないが、通路の真ん中を塞がれては困るのだが」
「あんたプレイヤーだろ? その人、嫌がってるじゃん。NPC相手でも無理強いは推奨されてないはずだぜ」
炎狼と俺の忠告を、ホクトは鼻で笑い返す。
「お生憎様だが、これは俺が見つけた秘匿クエストの一環なんだよ。上級にもなってない奴等が、横から口出しすんな」
お? そういうからには、ホクトは既に転職済みか。
確かに良く見ると、戦士が装備できるものより一回り大きな盾を背負っている。[雪原の轍]のベオウルフが持っていたみたいな、タンク職が使うものだろうか。方々で悪評振り撒いてる割には、ちゃんと成長してるんだな。
変なところで感心している俺を他所に、ホクトはユズ姫と五十嵐の二人を「グズグズするな」と怒鳴りつけている。ダグラスは眉を顰めているが、どうやら三人とパーティを組んでいる訳ではないみたいだ。まぁ、ダグラスはSクラスの冒険者なんだから当然なんだろうけど。
「秘匿クエストは、この前ワールドアナウンスで流れたやつだな。その二人が秘匿クエストの関係者なのか?」
「聞かれても内容を教える気はないぜ。早い者勝ちだからな」
「それは良いけど。そこの二人は、アンタと一緒に行動することに納得してる?」
「当然だ。ちゃんと冒険者ギルドを通した依頼だぜ。この二人がソクティの中層に行けるようになるまで、レベル上げの手伝いをする契約だ。……それにしてもコイツら、全くもって使えねぇ。本当に冒険者か?」
「戦闘に慣れてないんだろ。もうちょっと低いレベルに対応したところに連れて行ってやったら良いんじゃないか」
「期限があるんだ。手っ取り早くレベルを上げるには、ダンジョンの周回が一番早い」
「そりゃそうだけど」
成る程。カラの宿を出た二人は一応、ホルダにはちゃんと辿り着いたんだな。
しかし当初の目的であったソクティのスタンピードは、とうの昔に終息してしまっている。冒険者として独り立ち出来ると証明しなければ蝦蟇みたいな相手と結婚しなければならないユズ姫は、後がない。それで冒険者ギルドに、レベル上げの補助を請う依頼を出したんだな。
「敵に攻撃を当てられない、補助魔法も回復魔法も使えない。かといって索敵能力も高くない。良くぞこれで冒険者になろうと思ったもんだ」
腕を掴んで立たせたユズ姫を睨みつけ、ホクトは吐き捨てるように二人を詰る。
……そんなに酷いとは。もしかしてあの時リラン平原に辿り着けたことの方が奇跡に近かったりするのだろうか。
「それなら、誰か他の補助を雇えばいいじゃないか」
「さっきも言っただろうが。コイツは、秘匿クエストの一環だ。他には漏らせないし、お前達にも関わらせねえぞ」
「別に関わる気はない。でも、忠告されなかったか?」
自分も別の秘匿クエストを受諾していることは隠したまま、俺はホクトに問いかける。俺が何かしら言いくるめようとしている気配を察した炎狼は、黙ったまま聞き役に徹してくれている。
「そのまんまだとアンタ、そのうち逮捕されるぞ」
「はぁ!?」
「利用規約にあっただろ。リーエン内では、各国で定められた規範がそのまま適応される。ホルダはセントロの首都で、冒険者ギルドの影響力が大きい。その上冒険者ギルドは、初心者に対する配慮にある程度のリソースを割いている」
俺の話を聞いて、ホルダの冒険者ギルドで制裁を受けたことを思い出したのか、ホクトが苦虫を噛み潰したような表情になる。あの時はホクト自身も初心者だったから、説教程度の軽いもので済んだのかもしれない。でも既に上級職になっているのならば、話は別だ。
「例えパーティを組んでいても、目に余る違反行為が繰り返された場合、メンバーから通報されて裏付けが取れたら逮捕もありうる。折角受諾出来た秘匿クエストを無駄にしたくないんじゃないか」
本来ならば、パーティを組んでいるからには、メンバー同士のいざこざには、第三者の意見よりも当人同士の取り決めが優先されるのが普通だ。しかしそれでは、まだものを知らない駆け出しの冒険者達が、搾取される一方になってしまう。他所の冒険者ギルドまでは良く知らないが、少なくともホルダの冒険者ギルドでは、そんな略奪めいた行為を防ぐ為に通報システムを取り入れている。
いくら育成の手伝いを依頼されたとは言え、ホクトがユズ姫と五十嵐に対してこんな対応を取り続ければ、二人でなくとも、周囲が通報するだろう。
「……チッ」
面倒そうに吐き捨てたホクトは、それでも俺の言うことは腑に落ちたらしい。
「もうちょっと浅い階層まで戻るか」
「それが得策だろうな」
「クソ……秘匿クエスト対象じゃなけりゃ、あんな二人とっとと見捨てて行くのによ……オイ、戻るぞ」
肩を竦めて見せた俺にもう一度鼻を鳴らし、二人を置いてセーフゾーンの方に歩き始めたホクトを、ユズ姫と五十嵐が慌てたように追いかける。俺はすれ違いざまに「ありがとうございます」と頭を下げてきた二人に「気にしないで」と軽く手を振った後で、一つだけ忠告をする。
「アイツの態度は確かに良くないけど、言ってることが本当なら、イラつくのはもっともだよ」
「え……」
「攻撃もしない、補助魔法も回復魔法も使えない。索敵すらやらない。そんなの、根本的に冒険者に向いてない」
「……っ!」
残酷な言い方かもしれないが、そんな冒険者はあり得ないし、パーティにとって命取りでしかない。
「もう少し、考えてみたら。冒険者以外にも出来ること、あるんじゃないの」
俺の最後の台詞には、何も言葉を返さず。
ただ頭を下げたユズ姫と五十嵐は、ホクトの後を追って行ってしまった。
「……まぁ。後は本人達が決めること、だしな」
「あぁ、そうだな。お疲れ、シオン」
二人の姿が見えなくなってしまってから、炎狼がぽふぽふと俺の頭を撫でる。
「シオンは説得が上手だな。俺では、あんな風に理路整然と相手を丸め込めない」
「MMORPG歴、そこそこ長いからね。あの手の俺様オラオラタイプ、正面から相手しても疲れるだけなんだよ。誘導って大事」
「成る程な」
俺のぼやきにウンウンと頷いた炎狼は、少し眉を下げて「ところで」と言いにくそうに言葉を濁す。
「えぇと……その、なんかミケが、大変なことになってるみたいなんだが」
「……へ?」
「ミィ」
炎狼が恐る恐ると言った様子で指差す先には、ミケが居た。
正確に言うと、四つ這いになった人の背中に、乗っていた。
「ふえぇ……ご褒美です……」
デレデレした表情をしている勇者様の背中に乗り、その筋肉質な背中の上で、フミフミと足踏みをしていた。
一瞬、呆けてしまった俺は。
次の瞬間、全力で叫ぶ。
「……ミケぇえーー!? 戻ってきなさいーー!!」
「ミャア!?」
「そ、そんな殺生なーー!!」
ガーン! と衝撃を受けた表情になるダグラスの背中からミケを抱き上げた俺は、急いで危険人物から距離を取る。ちょっと目を離した隙に、人のペットで何をしているんだこの勇者は。
「ミケちゃあぁん……!」
しかも当の本人は、強敵にやられたかのように石畳の床に崩れ落ち、ヒンヒンと泣き出す始末。
俺はフレンドリストを開き、オンライン状態(NPC的には一定距離内で覚醒状態)になっている[雪上の轍]のメンバーにコンタクトを取ってダグラスの回収を頼んでみたのだが、その扱いが実に酷い。
『あ、そのまま放流しといて大丈夫なのですよ!』(スズ)
『ほっとけほっとけ。ソイツ死なないよ』(ベオウルフ)
ぐぐっ……比較的対応が優しめっぽいハルとシグマは居ないのか。
幼女属性の勇者をダンジョン内に放置するの、やめてくれないかな!?
「シオン、そっちの人は?」
何となく俺と知り合いだと察したらしい炎狼が、遠慮がちに訊いてくる。
「勇者ダグラス」
「……ゆうしゃ」
「そう、勇者」
「ゆうしゃって。あの勇者?」
「その勇者」
「……マジで?」
「大マジなんだなこれが」
……とても説得力が無い台詞になってしまった。
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