第69話 勇者って怖い

 一旦背中から奪い返したものの、ミケが『ダグさん泣いちゃってるですぅ……』としょんもりした声で呟くものだから、俺は仕方なく体育座りしてスンスン言ってる勇者の頭に、再びミケをそっと乗せてやった。


「ニャン!」

「ミケちゃん……!」


 頭の上にぺたんとしがみつき、ゴロゴロと喉を鳴らすミケの温もりに、ダグラスは涙を拭いつつ、嬉しそうに表情を綻ばせる。


 ……うん、微笑ましいな……これが属性だけじゃなくて見かけも幼女だったら、完璧だったんだが……。まぁダンジョンの中に単独で幼女居ても怖いから多分これで良いんだこれで……そう思わないと俺の精神が落ち着かない……。

 暫くの間放置してミケと戯れた概念幼女が落ち着いた頃合いを見計らい、俺は改めて、ダグラスに炎狼を紹介することにした。

 何度も忘れかけるけど、ダグラスはこう見えても勇者の呼称を持つSクラス冒険者だ。同じ戦士タイプの炎狼には、良い刺激になるだろう。


「なぁダグラス。俺の友人を紹介しても?」

「んっ? ……おぉ、もちろんだとも」


 ミケを抱っこしたまますくっと立ち上がったダグラスはゴシゴシと服の袖で顔を擦り、俺をハルに紹介された時みたいに、爽やかな笑顔を浮かべて見せる。


「やぁ、初めまして。[雪上の轍]でリーダーを務めている、冒険者のダグラスだ。君がシオンの友人かな? 俺とも親しくしてもらえると嬉しいよ」


 ……いや、今更勇者的な外見して見せても、遅いんだけどな???


 ツッコミ担当の[雪上の轍]メンバーの皆さんが不在なのでどうしようもなく、俺はキョトンとしてしまっている炎狼の肩を軽く叩いて首を振る。そんな俺の動作に何となく事情を察したのか、炎狼はいつもの快活な雰囲気でダグラスに話しかけてくれた。


「シオンの友人で、『無垢なる旅人』出身の冒険者、炎狼だ。勇者の呼称を持つ冒険者に出会えたのは初めてだ。良ければ、色々と話を聞いてみたい。宜しく頼む」


 ハキハキと自己紹介をする炎狼をじっと見つめたダグラスは、口の中で「炎狼」と聞いたばかりの名前を転がした後に、何かを思い出すかのように顎に手を当てて、視線を少し泳がせる。


「……炎狼……君、もしかして、フェンの知り合いでは?」

「フェン……あぁ、ユベのフェンですか」

「あ、やっぱりそうか。フェンから話を聞いてる。ユベで冒険者登録をして欲しいって言われたんだろ?」


 んん? 炎狼とダグラスの間に、誰か共通の知り合いでもいたのだろうか。 

 確かユベは、先だっての冒険者ランク解放クエストの際に、ウェブハ行きの道程で通過する砂漠の町だった筈だ。


「フェンは、砂漠越えの時に道案内をしてくれたユベ常駐の案内人ガイドなんだ。若い女性だったけど、風とか砂の動きとかを読むのが上手で、二度目の砂漠越えになる俺達のパーティが安心して砂漠を抜けられたんだよ」

「へぇ、凄いな」


 砂漠の案内人ともなれば、相当の熟練者だと思うのだが。しかしその案内人が炎狼をユベのギルドに誘っているとは、どういうことだろうか。


「俺も砂漠越えの時はユベの案内人に世話になるから、知り合いが多いんだ。久しぶりにフェンから連絡が来たと思ったら、ホルダに集っている[無垢なる旅人]の冒険者で『炎狼』という戦士を見かけたら、ユベに本拠地を持つように話をしてみてくれないかと頼まれた」

「……ふむ?」


 これはちょっと、気になるぞ。


「炎狼、ユベで何かあったのか?」

「……特に、何もなかったとは思うんだが。でも何でか、砂漠を超えた次の町で案内人のフェンと別れる時に、連絡先を聞かれたんだ。俺はそういうもんかなと思って『友誼の絆』をもらったんだけど、後から聞いたら、眠兎達は貰わなかったそうなんだよな」

「ほうほう……」

「それで伝達クエストが終わった後に、フェンから連絡が来たんだ。俺さえその気になるなら、ユベを本拠地にしても良いんじゃないか。ギルドへの推薦状は、自分が書くから……って」

「ほほーー!」


 こ・れ・は!!

 俺はがっしりと炎狼の肩を掴んで笑いかける。


「よっし炎狼、素材集め終わったら、じっくり話を聞くから! 後で酒場行こうな!!」

「……? 構わないが」

「シオン、笑顔が胡散臭いぞ」


 炎狼にはともかく、幼女勇者に言われたくなかったなぁ……!


 ちなみにダグラスは迷子かと思ったら、一応ギルドから依頼された仕事でソクティに潜っていたらしい。依頼内容は、各階層に設置されているセーフゾーンが正しく機能しているかの確認だ。最下層に辿り着くとボス戦に突入してしまうので、二つ前の階層に設置されているセーフゾーンの確認を終えたところで折り返し、地上に戻る道の途中であの三人と遭遇したそうだ。そして、ホクトの態度を見かねて口を挟んでいるところに、俺達が登場した訳だ。

 ……それにしても、ソロで最下層直前まで潜れるって凄いな? 


「それで、二人は素材集めなのか?」

「あぁ、商人ギルドで依頼を出したいんだ」

「上級職が近づいて来たからね」


 スキルアップも兼ねてダンジョンで素材集めを行い、経費を抑える為に商人ギルドにポーションの生産依頼を出すつもりだと説明すると、ダグラスも「良い心がけだな」と笑って頷く。


「ポーションの素材なら、ハナマとオトラセとコウモリだな」

「あぁ。コウモリの飛膜はおおよその必要量は集まったと思う」

「そっか。ハナマはここから二つ下の階層に多く湧くから、そこまで降りた方が早いぜ。オトラセの居る湖は知ってるか?」

「一応、調べてきたよ。釣りで呼ぶしかないって聞いているから、釣り道具も持ってきた」

「うん、下調べもして来てるな。それなら、下手に俺が手助けするよりも……えーと、確かここら辺に」


 腰のベルトに下げていた小さなポーチをゴソゴソと探ったダグラスは、中から何かの小魚を象ったルアーを二つ取り出し、俺と炎狼の掌にそれぞ一つずつ乗せてくれた。じっと視線を注ぐと軽くポップアップしてきた文字は【魚が良く釣れるルアー】と言う、単純明快すぎる説明文になっている。


「綺麗なルアーだ!」

「もらっちゃっていいの?」

「あぁ。それ、実は俺が作ったんだよ。手持ちの材料寄せ集めただけだから高級品って訳じゃないけど、なかなか魚は良く釣れるんだぜ」

「へぇ、器用だなぁ」


 掌の上で輝くルアーを感心して眺めていると、ポップアップしてる【魚が良く釣れるルアー】の片隅に、[ここから捲る]の折り返しマークが浮かんできた。おぉ、慧眼が発動するの、なんか久しぶりだな。

 俺はルアーの細部を確かめるふりをしつつ、ポップアップの表面をぺろりと引き剥がす。


【魚が良く釣れるルアー:勇者ダグラスお手製のルアー。釣りをしたいと思ったダグラスが、その時手元にあった素材を寄せ集めて作ったもの。ミノー部分材料・センネンシラカバの枝(HR)/リップ部分材料・朽葉兎の爪(SR)/フック部分材料・ナナカド特殊合金(UR)/ウェイト部分材料・ヤマガシコウテツアリ(HR)。UR・SR素材はいずれも入手が困難で、冒険者ギルドに入手依頼を出す場合、高額な費用を覚悟しなければならない。当該クエストには、特別部隊が編成されることもある】



 ……ん、ンンンっんん???(動揺)



 ゴホゴホと咳払いで混乱を誤魔化す俺を他所に、ダグラスと炎狼は釣り糸の先にルアーを括り付けつつ、何やら意気投合したのか肩を叩いてゲラゲラと笑い合っている。

 早速『友誼の絆』も交換したみたいで、俺の肩にミケを返したダグラスは、「二人とも、またホルダで会おうな!」と笑顔を残して地上の方に戻って行ってしまった。

 衝撃の事実を知りぐったりとしてしまっている俺とは真逆に、炎狼は「良い出会いに恵まれた」と上機嫌だ。慧眼で知った内容を知らせる訳にも行かない俺は、心の中で頭を抱えるしかない。


「じゃあ、俺達も行こう。まずは二つ下に降りて、ハナマから『シビレゴケ』を獲得だな」

「ソウデスネ……」

「? シオン、何か疲れていないか?」

「キノセイデスヨーー」


 俺はミケのモフモフした毛を撫でて心の安寧を求めつつ、なんとか炎狼と一緒に下の階層を目指すことにする。


 ……やだもう、勇者って怖い……。

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