第70話 オトラセ釣り

 ダグラスが教えてくれた通りに二つ下の階層に降りて順調にハナマを倒し続け、シビレゴケのドロップが目標数に達したところで、俺達は予定通りにオトラセが釣れる湖に向かうことにした。

 中層の一歩手前に当たるその階層はかなり広めで、一度来たことがあると言う炎狼がマップを確認しつつ先導してくれたから良かったが、これは初見だとかなり迷ってしまうのではないだろうか。中層手前までは、ダンジョン内の通路は煉瓦や石壁で覆われたものが殆どだが、それ以降になるとバリエーションに富んだものが増えてくるらしい。この湖を含む広域マップもその一つで、熱帯雨林に近い土地が広がり、今までの階層と延べ面積が明らかに異なるのも特徴だ。


「お、着いたぞ」

「おぉお、本当に湖だ!」


 背の高い草を掻き分け、パッと視界の開けた場所に足を踏み入れてみれば、そこは青い水を湛えた静かな湖畔だった。ダンジョンの中にあるのだからと小さな釣り堀ぐらいの大きさの池を予想していた俺だったが、どうしてなかなかの大きさだ。湖と呼ばれるだけあって水深も深そうだし、魚の鱗が反射するキラキラとした光も水中にたくさん見える。これは、期待できそうだ。


「ここでオトラセ釣りかぁ」

「うまく釣れるといいけどな」


 釣りの準備をする炎狼は、どこかソワソワとして楽しそうだ。もしかしたら、現実リアルでも釣りが好きな方なのかもしれない。俺も友人に連れられて磯釣りに行ったことはあるが、あまり釣果が宜しくなかったこともあり、今一ハマれなかった。

 もっと他にもオトラセ釣りをしているプレイヤーがいるんじゃないかと思っていたのだが、予想に反して湖畔には俺と炎狼以外の姿はない。炎狼の話では解毒ポーションの基礎材料となるオトラセは需要が高く、商人ギルド所属の漁師が網を使った漁を行い、常に一定量をギルドに納めているそうだ。その為か市場にも安定して出回っていて、価格の変動も少ない。中層まで降りる時間や準備よりも、買ってしまったほうが早く済む。だけどそれでは俺達が目指す本来の目的に背いてしまうことになるので、手間がかかっても自分達で調達したい。


 釣り糸の先にダグラスお手製の『魚が良く釣れるルアー』を結び付け、ぽちゃんと湖面に釣り糸を垂らすや否や、ピンク色をした魚がルアーの針に食らいついてきた。慌ててリールを巻き、手元にやってきた魚には『オトラセ(毒魚)』のポップアップが浮かんでいる。なんとも幸先の良い出だした。上機嫌になりつつ横を見れば炎狼のルアーにもオレンジ色の魚が食らいついていて、そちらにも『オトラセ(毒魚)』の文字が浮かんでいる。

 顔を見合わせた俺と炎狼はそれからもひたすら釣り竿を振ってはすぐオトラセがヒットするの入れ食い状態を繰り返し、釣りを始めてから半時間も経たないうちに、目標数のオトラセを手に入れてしまっていた。


「あっという間に釣れたな!」

「ダグラスがくれたルアーのおかげだとは思うけど、凄いね」


 二人で覗き込む蓋つきのバケツみたいな形をした籠の中には、カラフルな魚がびっしりと詰まっている。ちなみに体色が違っても、全部同じオトラセだ。オトラセを入れた籠は淡水魚の運搬用に商人ギルドでレンタルしてきたマジックアイテムで、魚の鮮度を長時間保ってくれる優れものだ。上級職になる前の冒険者や商人であれば、籠の返却時にレンタルに支払った料金を返してもらえるシステムになっている。支援体制が整っていて良いよな。


「……あれ?」


 ビチビチと元気に動いているオトラセを眺めていた俺は、ふとあることに気づき、籠の中に手を伸ばして一匹のオトラセを拾い上げる。


「これ……」

「え? 何だそれ」


 俺が尾を抓んで持ち上げたオトラセは、何と鮮やかな七色の体色を持っていた。しかもその色は美しいグラデーションを描きながら、波打つように少しずつ変化し続けている。じっと注視すると、そのオトラセには『虹オトラセ(毒魚):HR』の文字がポップアップしてきた。


HRハイレアだ!」

「うわ、マジか!」


 俺と炎狼は、思わず歓声を上げる。モンスターや採集などで手に入れる素材は殆どがNノーマルに分類されるが、時折Rレア素材が手に入ったりする。そのRよりも更にドロップ率が低い良質の素材がHRだ。滅多にお目にかかれない代物だけに、テンションが上がる。

 二人とも釣り上げる度にポンポンと同じ籠にオトラセを突っ込んでいたので実際にどちらが釣ったかは定かではないが、元々二人でパーティを組んでいるからには、権利は平等だ。欲を出して買いたたかれないように商人ギルドで買い取ってもらうにしても、ちょっとした小遣い稼ぎにはなってくれるだろう。


「よっし、じゃあ帰ってポーションの製作依頼を出すか」

「そうだな」

「その後で酒場!」

「あぁ、フェンの話か? そんなに、特別何もしてないと思うんだけどな……」


 炎狼は心当たりが無いと首を捻っているけど、絶対何かやってるからね?? 


 いそいそと釣り竿を片付けた俺と炎狼は、オトラセで満杯になった籠を片手に下げ、さぁ帰ろうと振り返った、その瞬間に。


「「……っ!?」」


 ぞわりと。

 首の後ろが粟立つ程に寒気のする感触に、襲われたのだった。

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