第84話 冒険者の宿コーコン

  キッチン・カマルで朝食とバイルンの新作甘味『抱月』を堪能してから、数時間後。

 蓮華カマル亭をチェックアウトした俺は、当初の予定通り、冒険者の宿『コーコン』に足を運んでいた。宿の主であるアランに、テリビン砂漠越えの案内人ガイドを紹介してもらう為だ。


「これはまた……如何にもって感じだ」

「まぁ、冒険者向けの宿は、どの町でも騒がしいですからね」

「確かに」


 道案内をしてくれた蓮華カマル亭のスタッフが、『コーコン』を見上げて思わず口をついた俺の素直な感想に、苦笑している。先刻まで滞在していた蓮華カマル亭とは一転した雰囲気の『コーコン』は、砂漠の町ユベの大通りに面した二階建ての建物だ。一階が食堂兼酒場、二階が客室という分かりやすい構造はホルダで【雪上の轍】が根城にしていた『灯火亭』と似たような作りだ。まだ入り口の扉を潜らない内からも食堂の方からは騒々しい音と人の声が聞こえてきているし、朝の時間帯でありながらも、人の出入りがひっきりなしだ。

 俺は道案内をしてくれた蓮華カマル亭のスタッフに礼を述べ、皆に菓子でも買って帰ってくれと金貨を一枚握らせてから、『コーコン』の入り口で別れる。

 スウィングドアを押し開いて入った先は板張りの床になっていて、ドアの蝶番が立てるキィという金属音に、自然と冒険者たちの視線が集まった。


「おぉ、カラ様!」


 フロアの中央に立っていたアランが俺を見つけ、声をかけてくれる。キシキシと床を踏みながらアランに歩み寄る俺の背中には、値踏みをするような視線が次々と注がれてきた。当然ながら、彼等にとって、俺はこのユベで初めて見る顔になる。旅客か、商人か、冒険者か、それ以外か。正体を見極めようとするものだ。


「おはようアラン」

「カラ様、おはようございます。蓮華カマル亭はどうでしたか?」

「あぁ、とても快適だった。料理も美味かったよ。今日はアランの言葉に甘えて、案内人ガイドの斡旋を頼みに来た」

「えぇ、昨晩のうちに話はつけておきました。今呼んでまいりますので、少しお待ちくださいね」


 アランは俺を空いていたテーブルに置かれていた椅子に座らせて、一旦カウンターの奥に入っていく。入れ違いに料理を持ったウェイトレスが出てきたので、その先は厨房にもなっているのだろう。

 数分も待たないうちに、アランは一人の少女を伴って戻ってきた。肌の色は砂漠の民らしく陽に焼けているけれど、瞳が大きくて小柄で、なかなか可愛い子だ。頭の先からつま先までを覆う大きなローブをすっぽり被り、手足の関節部分を細いベルトで固定して動きやすくしている。

 そんな彼女は俺を一目見るや否や、はぁと小さくため息をつき、失望の表情を浮かべて見せた。アランが慌てて「フェン」と彼女のものと思しき名を呼び窘めたが、反省の色は見受けられない。……ん、フェン?


「なにやら、不服そうだな?」


 俺は小首を傾げ、あえて、アランの方に問いかける。彼女と俺は、まだ直接的に案内人ガイドの契約を交わした訳ではない。彼女を雇うかどうかは、これからの話になっていた訳だが、あのような態度を取るようでは、客相手が資本の案内人ガイドとしては名折れにも等しい。更に言えば、彼女を連れてきたアランの面目も、丸つぶれになる。


「すみませんカラ様! ホルダから来た若い男性の旅客と聞いて、この子が勝手に何かを期待していたようでして。率先して名乗り出たので、安心して呼び寄せておいたのですが……すぐに、他の案内人ガイドを連れてまいります」

「いや……そこの君、『フェン』と言ったな」


 俺に名前を呼ばれ、既に後ろを向きかけていたフェンが立ち止まる。振り向いて俺を見下ろしてくる瞳は、濃いめのブラウンだ。そして頭に被ったフードの隙間から見えている黒髪は、鮮やかな色をした組紐と一緒に編みこみが施されている。

 やっぱりこの子が、炎狼とダグラスが言ってた案内人ガイド「ユベのフェン」か。炎狼を気に入っていて、ユベを本拠地にって誘ってる相手だったよな。

 うーん、フラグ踏んでる感じ。


「さて、ホルダから来る若い男性旅客など、星の数ほどもいるだろう。君が探していた相手は誰かな?」

「……アンタには関係ない」

「ふぅん」


 まぁ大方、俺が炎狼ではないかと期待してアランの申し出を引き受けたってところか。ここらであまり見かけない、ホルダからの若い男性の旅客って時点で、もしかしたらって考えたんだろう。それは良いとして、あんまり態度に出しすぎちゃいけないと思うけどな。

 俺はコートのポケットに片手を突っ込みつつ、もう片方の手でインベントリをこっそり開いて、金貨を小分けに入れておいた袋の中身をポケットの中に流しいれた。

 そして金貨を一握りした拳をポケットから出し、視線はフェンに固定したまま、テーブルの上でおもむろに指を開いてやる。


「っ……!?」


 目を丸くするフェンの前で、金貨が音を立てて積み重なり、テーブルの上に小さな山を作った。


「……おい」

「見たか」

「あぁ……」


 それは当然、『コーコン』に集まっていた冒険者達の視線も釘付けにする。俺はテーブルに出した金貨の一枚を指先でもてあそびつつ、今度はもう少し大きな声で尋ねる。


「フェン。君が探していた相手は、誰かな?」

「なんで、余所者のアンタに教えないと……」

「ホルダから来た【無垢なる旅人】の冒険者だよ」


 答えは、目の前に立っているフェンからではなく、近くのテーブルで食事を取っていた冒険者の一人から告げられた。俺は微笑み、フェンが絶句している間に、玩んでいた金貨をその冒険者に向けて弾く。ニッと片頬で笑った冒険者は俺が飛ばした金貨を片手で受け止め、「ごちそうさん」と言葉を残して上機嫌に立ち去っていった。


「成るほど。【無垢なる旅人】の冒険者か」

「……だったら、どうしたって言うの」

「いや? 俺はホルダの冒険者ギルドとは、多少なりとも関わりがあるからな。それで、相手の名前は?」

「それは……」

「確か、炎狼エンロウとか言ってたよなぁ。堅物のフェンが珍しく何度も口にしてたから、誰でも覚えてるって」

「ちょっと!」


 フェンが口篭っている間に、またもや、質問の答えが別の場所からリークされてしまう。俺は新たな答えをくれた冒険者にも金貨を投げ渡し、立ち尽くしているフェンに再び視線を向ける。そんなフェンの後ろから足音も荒く歩いてきた大柄な冒険者の一人が、彼女を庇うように俺の前に立った。


「おい、アンタ」

「うん?」

「あんまり勝手な真似をしてくれるな。フェンは案内人ガイドだが、俺達の大事な仲間の一人だ」

「ふむ、そうか」


 俺は肩を竦め、もう一度ポケットに手を突っ込む。その先を予想してか嫌そうな表情をする冒険者の前で、掌いっぱいに握りしめた金貨を、再びテーブルの上にバラバラとこぼしていく。食堂に集っていた冒険者達からは、ざわりとどよめきが漏れた。さっき乗せた金貨と合わせれば、テーブルの上に無造作に積まれた金貨は、50枚ぐらいにはなる。


「それが、何か?」


 テーブルに肘をつき、掌に顎を乗せてにっこりと笑う俺の前で、フェンを庇った冒険者はため息をつく。


「……いや、俺が悪かった」

「ヒューゴ!?」

「ダメだ、フェン。諦めろ」

「ど、どうして……」


 首を振ったヒューゴは、フェンと親しい冒険者と言ったところかな。あっさりと引き下がった彼に驚愕を隠せないフェンの肩を叩き、今度はアランが俺の前で深々と頭を下げる。


「フェン、下がりなさい……カラ様。どうか、ここはこのアランに免じてご容赦を」

「まぁ、いいさ。俺が余所者なのは事実だ」

「いいえ、フェンは……この子は、私の姪にあたるのです。腕の良い案内人ガイドであることは間違いないのですが、お客様に対する態度がこれでは、話になりません。後できつく叱りを入れておきます」

「構わない。朝から騒がせてすまないな。これで皆に飲み物でも振る舞ってくれ」


 トントンと金貨を乗せたテーブルを指で叩いてから立ち上がった俺の前に、いつの間に『コーコン』の食堂に入ってきたのか、フェンと同じような格好をしたローブ姿の少年が現れた。


「……お客様、案内人ガイドをお探しですか」

「あぁ、そうだが……君は?」

「ムラトと申します。テリビン砂漠の案内人ガイドをお探しであれば、僕をご指名頂ければ幸いです」


 ちらりと視線をアランに向けると、彼は俺に向かって大きく頷いてみせる。どうやらこの少年も、フェンと同じユベの案内人ガイドみたいだ。


「それでは、君に頼もうか。……すぐに出立できるかい?」

「はい、もちろんです」

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