第83話 新作甘味

「……その甘味、作り方知ってるかも」

「本当!?」


 何となく呟いた俺の言葉に、バイルンは目を輝かせて立ち上がり、勢いよく俺の方に詰め寄って来ようとして、ランディに宥められた。


「バイルン、落ち着け。カラ殿、何か心当たりが?」

「うーん……実物を見てないから確証は無いんだが、特徴を聞いた限り、これじゃないかなと思い浮かぶ物はある。でも、道具が要る」

「何が必要だ?」

「えぇと……まず前提として、材料は砂糖だけ」

「えぇ!?」

「あれが、砂糖だけの甘味だっていうのかい」


 バイルンだけじゃなくて、ラクシュミも目を丸くして驚いている。

 俺はバイルンのノートからページを一枚拝借して、小学生の時に工作で作った覚えのある道具の仕組みを、簡単な説明を入れつつ図解して見せた。薄い金属性の筒に極小さな穴を沢山あけ、その中にザラメを入れて、下から火で炙りつつ、筒を高速で回転させるってやつ。その時は、回転の動力に市販のモーターを使ったんだが、この世界で何か代用できるものはあるだろうか。


「砂糖を熱して作るんだが、その砂糖もちょっと粒が大きめのやつで……ええと、料理に使う砂糖って、種類は色々あるか?」

「あぁ、何種類か使ってる。持ってこよう」


 バイルンが頷き、調理室にストックされている砂糖の各種を揃えに行ってる間に、ランディは俺が描いた図面を見つめて何やら考え込む。


「カラ殿、この『高速回転』というのは、どのくらいの速度だろうか」

「うーん……俺も数字的には良く分からないのだが、多分、出来るだけ早い方がいいと思う」

「あのぉ、私思いだしたんだけどぉ。こう、液体とかをぐるぐる~~って回す機械なら、錬金術師達が使ってる製薬道具の中に、あったと思うわよぉ」

「「!」」


 成るほど、遠心分離機か。確かに薬を作る過程でなら、使うものかもしれない。

 ウェンディの提案に、オリヴィアが近くの錬金術師の店に道具が借りれないか確かめに行ってくれた。その間に俺とランディは調味料の保管に使われていた手ごろな薄さの金属筒を見つけ、小さな穴を沢山開ける。そしてバイルンが持ってきてくれた砂糖の中には、ちゃんとザラメっぽいものがあった。まぁ料理によく使う調味料だし、多分あるだろうとは思ってたけど。名称もそのまんま「ザラメ」だったから、これは現実世界と一緒みたいだ。

 そうこうしているうちにオリヴィアが薬剤の攪拌と遠心分離に使う小型の機械を借りてきてくれた。備え付けの魔石に魔力をチャージして動かすタイプらしく、ほぼ空になっていた動力源の魔石には、ウェンディが満杯に魔力を充填してくれる。

 あとは針金を使ってザラメを入れた筒と繋ぎ、機械で回転をかけつつ、筒の底を火で炙っていけば……。


「わぁ! 出てきた!」

「おぉ、すごい!」

「こりゃまた、驚いたねぇ」


 飛び散ると大変だからと組み立てた簡単な覆いの中で動かし始めたその道具は、なんとか思い描いた通りに動いてくれているみたいだ。バイルンがくるくると回す細い木の棒の先に、白い綿毛のような塊が集まってくる。その塊を指先で少し千切り取り、口に含んだランディが、目を輝かせた。


「カラ殿! これだ! 間違いない!」

「……正解だったか」


 白くて、雲みたいで、甘くて、口の中で蕩ける甘味。

 つまりそれってーー【綿飴ワタアメ】だよね?


 出来上がったワタアメをはぷっと咥えたバイルンも、凄くおいしい! と興奮ぎみだ。確かワタアメは時間経過で硬くなって萎んでしまう甘味なので、出来立てが一番美味しい筈だ。茉莉花ヤスミン亭でも、コンテストの当日ギリギリとかに作って、会場に持ち込んでるんじゃないかな。


「バイルン、折角だ。これを『添え物』にした新しい甘味を考えよう」

「ランディ……!」

茉莉花ヤスミン亭の鼻を明かす絶好のチャンスだ。これに負けない甘味を考えて、それにこの雲菓子を添えよう」

「いいですねぇ!」

「相手を、ぎゃふんと言わせる奴だな」

「そうだね。バイルン、折角なら、蓮華カマル亭の看板になるような、そんな素敵なものをひとつ頼むよ」


 ランディ達から、口々にかけられる発破。もぐもぐとワタアメを頬張ったバイルンの瞳には、ようやく闘志が漲ってきたみたいだ。


「ああ、頑張るよ! 大切な蓮華カマル亭の為にも、今年こそコンテストで優勝してみせる……!」

「その意気だ」


 むんっ、と拳を握るバイルンの肩を、ランディが軽く叩いて鼓舞している。

 それにしても、新しい甘味かー。バイルンが考えた新作プリンってやつも、きっと『抱月の宴』に相応しく考えて作った奴なんだろうな。蜂蜜プリンなんて、いかにも満月っぽいだろう。他にも月っぽいお菓子……うーん、俺には月見団子しか思いつかないな。あ、でもそう言えば。


「……ディナーを食べていて思ったんだが、コースの中にも『蓮根』が色々と使われていたよな。ランディはバイルンの不調が分かったみたいだが、初めて食べた俺には、とても美味く感じた」

「フフ、ありがとうよ。うちは蓮華カマル亭だからね。自家栽培してる蓮を使った、バイルン考案のコースメニューさ」


 俺の問いかけに、ラクシュミが嬉しそうに笑って答えた。俺はウンウンと頷いた後、うっかり食べ損ねたデザートのことも聞いてみる。


「最後のデザートは、何が出る予定だったんだ?」

「今日は、生クリームを添えたシフォンケーキだよ」


 今度はバイルンが直接教えてくれた。俺は「ふぅん」と呟き、少し考え込む。


「蓮を使った甘味は作らないのか?」

「え……蓮を?」

「あぁ。蓮の実って、餡子の材料にならないか?」


 そもそも、蓮の実は生で食べても良いものだった筈だ。なんか、デトックス効果が高いとかで、炊き込みご飯とか炒飯にしても美味しいって、前にお付き合いした彼女が言ってたような……。


「そうなのかい!?」

「実物を食べた経験はないが、そんな食べ方をする地方があると、耳にしたことがあると思う」


 ほう、と口元に手を当てたバイルンはすぐに何か思いついたようで、すくっと立ち上がると、どすどすと足音を響かせながら調理室の隣にある倉庫に走って行く。ラクシュミはスタッフを何人か呼び出し、早速、中庭の蓮池から蓮の実を採取させるみたいだ。

 うん、ここまで来たら、後はあんまり俺が手伝う必要もないだろうな。明日も予定があることだし、俺はここら辺で退散させてもらうことにしよう。

 俺はもう少しバイルンの甘味開発を見守っておくと言うランディと彼の従者二人と別れ、自分の部屋に戻って、それこそ月を眺めながらゆっくりと眠りについた。


「おはようございます! カラ様!」


 翌朝。

 朝食を食べにキッチン・カマルを訪れた俺を、ニコニコと笑顔を浮かべた、上機嫌の熊が待っていた。少し疲れてそうだけど、その表情は明るい。どうやら、甘味の開発は上手くいったみたいだな。


「おはよう、バイルン。昨晩は先に寝てしまってすまないな」

「とんでもない! さぁ、まずはキッチン・カマル自慢の朝食をどうぞ。卵ときのこのガレットがお勧めですよ」


 俺は白いプレートに調理人自らサーブしてくれたガレットとサラダを乗せ、空いていたテーブルに腰掛ける。すぐに、早速と言った様子でバイルンが別の皿をもう一つ運んで来た。


「カラ様、どうぞこれも召し上がってみてください。蓮華カマル亭の新作甘味、『抱月』です」

「おぉ……可愛い!」


 小さな皿を受け取った俺は、一目見て、素直な感想を口にする。

 少し深みがある皿の底に、敷き詰められた白いふわふわのワタアメ。そしてその上には、黄色で丸い形をした、香ばしい焼き目がついた、厚めの焼き菓子。

 それはまさしく、雲の上で輝く満月を模していた。



 


 

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