第140話 神回避

 俺は外套を脱いで九九に渡し、洞穴の入り口側に移動すると、焚火に背中を向ける形で外を向いた。いっそのこと洞穴から出た方がいいのかもしれないけれど、外は吹雪いたままだ。ここで俺まで低体温になってしまったら、それこそ完全に詰みになってしまう。

 背後からはごそごそと衣擦れの音がしていて、気になるけれど当然振り向くのはNGなので、背中を温めつつ、雪の止む気配が無い夜空をぼんやりと見上げる。そんな俺の肩に、ちりんと鈴を鳴らしながらミケが飛び乗って来た。尻尾を俺の首に巻き付けて、襟足付近にぴっとりと身体を寄せてくれる。ふわふわの毛並みが、マフラーみたいでとても温かい。ありがとうの意味を込めて頭を撫でると、ミケは嬉しそうに小さく鳴く。


「あれ……?」

「ん? 九九、どうした……つっ!」


 戸惑いを滲ませた九九の声が聞こえて思わず振り返りかけたところを、至近距離から猫パンチを喰らってしまった。


『もう! 見ちゃ駄目ですよ、マスター!』


 フシャアと間近に聞こえる猫の威嚇と共に、左耳からは、プンスコしたミケの声が聞こえてくる。ありがとうミケ……好感度爆下がりイベントが神回避されたよ……。

 そんな俺とミケのささやかな攻防を知る由もない九九は、どうやら杠の装備を外している途中だったようだ。


「ええと……胸当て? とか肩に羽織ってるやつとかは外せたんだけど、帯を外しても、着物が脱がせられなくて……」


 九九の言葉に、俺は杠の衣装を思い浮かべる。家紋が入った桃色の小袖に、深い藍色の……確かあれは紺桔梗こんききょう色って言うんだったかな? 基本形が大胆にアレンジされた、プリーツスカート姿だったはず。


「えーと……帯を外しても着物が脱がせられないのなら、多分どこか、腰ひもとかで固定してるんじゃないか?」

「……腰ひも?」


 背中を向けたままの俺のアドバイスに、九九は不思議そうに聞き返してくる。あれ、もしかして九九は、着物とか着たことない感じ?


「着物がずれない様に、帯の下とかに結ぶやつだよ。おはしょり……とか分かる?」

「分からない……」

「えーと……多分ウェスト付近だと思うんだけど、着物を折り返してる場所があったら、その下を触ってみて。細い幅の布っぽい紐で、固定されてないかな」

「ちょっと待って……あ、あった!」


 しゅるしゅると何かが布の隙間から引き抜かれる音。そして、ぱさぱさと少し重みのある布が捲られていく気配が続く。

 ややあって、準備が整ったのか、よし! とやや男前な意気込みと共に、九九が杠に寄り添ったようだ。しかし、その威勢の良さも束の間に、「うわぁ……つ、冷たあい……!」と速攻で率直な感想を漏らしているのが、何だか笑える。


「ん……シオン、もうこっち見ても、大丈夫だよ」

「おう」


 どうやら、なんとか体制が整ったみたいだ。

 振り返る前に俺の肩から飛び降りたミケが、『ゆずちゃん、くくちゃん!』と声をあげつつ、焚火の近くで寄り添って寝ている二人の方に駆けていく。

 俺もそろーっと振り返ってみたけど、三人分の外套を使ってきっちり二人の身体が覆われていて、安心したけど、ほんのちょっぴり残念なのはまぁ、男性の本能としてですね……。


「九九、大丈夫か?」


 気を取り直して二人の枕元に座った俺が声をかけると、九九が顔だけを上げて俺に頷き返す。


「うん。私は平気だけど……やっぱり、杠の身体、冷たいよ」


 すっぽりと肩まで外套に包まれた状態の九九は、冷えた杠に身体をくっつけたまま、不安そうな声を漏らした。先ほどまで俺を保温してくれていたミケが今度は杠の首筋を温めに行ってくれたので、俺は洞穴の入口付近に寄せていた薪を焚火に加えて、とにかく洞穴の中を温めることに尽力する。いつもは鞄の横にひっかけている鍋や水筒を、戦闘が予想されるからと、今日ばかりはインベントリに突っ込んでいたのが少し悔やまれるよな。


 

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