第75話 灯火亭
「んじゃ、シオンと炎狼とミケちゃんの帰還を祝って、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
「ありがと!」
「ありがとう!」
「ミャオン!」
ダグラスが掲げてくれたジョッキにガツンと自分のジョッキをあわせ、一気に中身を飲み干せば、ちょっと温めだが喉越しの良いビールの風味が喉を潤してくれる。なんとなく、ドイツのシュバルツビールに近い味わいだ。ゲーム内での味覚もしっかり再現されているのは既に料理で体感済みだが、アルコールも同じみたいだ。リーエンでは比較的早い年齢から飲酒が出来るみたいだけど、そもそも[無垢なる旅人]であるプレイヤー達はアカウント登録の時点で全員成人済みのはずなので、さして問題はないだろう。
軟禁状態にあった『ハロエリス』のクランハウスから解放されて居住区に移動した俺と炎狼を待っていたのは、[雪上の轍]のパーティーメンバー達と『
乾杯の音頭を皮切りに、テーブルの上には『灯火亭』の主人が腕を振るってくれた旨そうな料理が次々と並べられていく。久しぶりに人目を気にせず食事が出来るとあって、俺も炎狼も好きなものを好きなだけ皿に盛り、遠慮なく頬張ることにした。そんな俺と炎狼の食べっぷりを目の当たりにして、新しいジョッキを片手に面白そうにしているのは、[雪上の轍]でタンクを務めているベオウルフだ。
「二人とも、良い食いっぷりだな」
確かに軟禁が終わった解放感に後押しされての大食いな訳だが、それ以外にも理由がある。
「だって『ハロエリス』のクランハウスで出されてた食事、なんつうかこう、お上品だったんだよ」
「テーブルマナーとかも逐一指摘されたしな」
「あーー、なるほど。あそこはお偉いさんとの会食も多いからな」
設備は立派だがあまり使われている気配が無い『ハロエリス』の厨房は静かなもので、専属の料理人を雇えばいいのにとぼやく俺と炎狼の意見を他所に、クランハウスの入口には台車いっぱいの料理が毎日届けられていた。食事の提供はそれを温めなおしてセッティングするだけのものが殆どで、寸胴鍋ごと火にかけられるスープ類はともかく、他の料理は全て冷め切っている。温かい食事が欲しい時は外食になるのが通常だから、当然、軟禁中の俺と炎狼はありつけない。その上、S級クランメンバー達には一定のテーブルマナーが必要だとかで、食事風景もそれはそれは堅苦しい。
「……あそこで料理にまで手を付けたら、もう収拾がつかなくなると思ったんで、我慢したもの」
「シオン、最後の数日とか各方面から引っ張りだこだったもんな」
「炎狼はある意味、転職があったから助かってたよな……俺は疲れた」
クランハウスに軟禁されていた、一ヶ月の間。
俺と炎狼が眠兎からもアドバイスをもらいつつ立てた『引っ掻き回す』作戦は、[ハロエリスの評判を良くすること]だった。
「ハルから最初に説明を受けた時は、どういうことなのって思ったわ」
「ほんと、二人とも、面白いこと考えたなぁって感心したのですよ」
並んで腰掛けている魔導士のリィナとヒーラーのスズは、顔を見合わせて「ねー」なんて言っている。そこはまぁ、発想の転換という奴かな。俺と炎狼は行儀悪くテーブルに肘をつきながら骨つき肉に齧り付き、溢れる肉汁を指で拭ってニンマリと笑う。
「冒険者としての実力は、到底敵わないって分かってるからね」
「だからと言って迷惑をかけてやろうと何かしらの行動を起こしても、あしらわれるのは目に見えている」
「……だったら、その【逆】を狙うべきだ」
つまりは、思いっきり『良い事』をしてやれば良い。
クランハウスを綺麗に整え、洗濯のメリットを教え、事務仕事の不手際を修正し、円滑なクラン運営の手助けをする。男女問わずに礼節を保った態度で接し、優秀な先達に対して真剣に教えを請い、中でも女性に対しては、ちょっとしたお洒落の手助けも忘れない。
そんな行動を丁寧に繰り返していれば、最初は俺と炎狼を厄介者と見なしている態度を隠そうともしていなかった『ハロエリス』のメンバー達は、次第にそわそわと俺達の様子を伺うようになっていった。
俺と炎狼が『ハロエリス』に所属出来ると定められた期間は、一ヶ月。その上、除籍後もランクAの冒険者になるまでは、『ハロエリス』のメンバーとは[友誼の絆]を交換しないという約束を後付けされた。だから何ごともなく期日が過ぎて俺達がクランハウスを出ていってしまえば、彼等との縁は、綺麗に切れてしまうことになる。
残された在籍日数が終盤に差し掛かると、何とか俺と炎狼の口からクラン残留希望の言葉を引き出したいメンバー達からの露骨な誘導が激しかった。俺達はそれをのらりくらりと笑顔で交わし、最終日に『ハロエリス』のメンバーリストから無事に除籍された後は、意気揚々と上流区のクランハウスを後にしたのだった。
「すぐにアルネイ様から二人が『ハロエリス』に戻るよう説得出来ないか、って連絡が来たけどな。『勇者である俺から諭されてしまうと、無垢なる旅人の意志を曲げることになりませんか? そんな強要行為の片棒は担げません』……って言ってやったぜ」
フフン、と鼻を鳴らしながらジョッキを空けるダグラスは、やたらに上機嫌だ。
「おおっ!? うちのリーダーも言うじゃねえか!」
「うんうん! ダグ、カッコいいよ」
「アルネイ様から腹パンチされたお返しだとバレてないと良いのですね!」
「ダグラスったら……片棒を担ぐなんて言葉、良く覚えてたわね。偉いわ」
なんか、後半色々と褒めてない気がするけど、気のせいかな?
何はともあれ、暫くは
「楽しくやってるね! ほい、追加だよ! 当店自慢の煮込みハンバーグだ!」
「ありがとうございます!」
「おぉ! うまそうだ!」
店の主人が目の前にどんと置いてくれたハンバーグの大皿に、俺と炎狼は歓声を上げる。ダグラス達が根城にしてるだけあって、『灯火亭』の料理は何でもめちゃくちゃ旨い。
ふと『灯火』の意味は何処からなんだろうと尋ねてみたら、ハルが「あれだよ」と指さしてくれた暖炉の上に、がらんどうの口の中に明々と火が灯った骸骨が、オブジェよろしくぽつんと置いてあった。
「え、何あれ怖い」
目を丸くする俺を尻目に、炎狼は「へぇ」とか言って肉を片手に持ったまま骸骨を眺めに行ってるし、眠兎は「ほぉ」と眼鏡の縁を指先で持ち上げ、興味深そうに見つめている。
「あぁ、聖女アリサが持ち帰った【魔女の灯】ってやつだな」
「ここにホルダの町が出来た頃の昔話だ。魔族に追われ、灯りもなくし、暗い森を彷徨い歩いた聖女が優しい魔女に出会い、
「その火種どんな強風でも消えることなく、ホルダの町を築きあげるのに、大きく貢献してくれたって話だよ。『灯火亭』は聖女アリサの住まいがあった場所に建てられていて、代々、その火種を受け継いで守っているんだ」
「へーー。じゃあもしかして、この料理も?」
「当然、その火種から熾した火を使ってる。ただ『灯火亭』から火種を分けてもらっている場所は多いから、珍しいものではないけどね」
「成るほど」
ハルの説明に感心している間にも、逸話つきの火種を使った料理は次々と運ばれてくる。こういう小さな逸話も、色々聞くと面白いよな。
ミケは最初の乾杯の時は俺の膝の上に居たけれど、その後はダグラスの頭に上ったりスズとリィナに代わるがわる抱っこされたりとチョロチョロと動き回った末に、今はハルの足元に寝そべったシグマの背中に登って、長い尻尾で遊んでもらっている。なんでもミケは俺達が
「はーー、やっぱり自由に出来るっていいなぁ」
うぅんと背伸びをしてから、さて、次は何を食べようかなとテーブルの上を見まわした俺の視界に、小さな光の点滅が映る。
それは誰かから[シオン]宛てに、個別チャットが届いた報せだった。
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