第80話 キッチン・カマル

「まったくこの馬鹿甥っ子が! 蓮華カマル亭は連れ込み宿と違うと、何度言ったら分かるんだい!!」


 仁王立ちになったラクシュミが、石畳の上に正座をさせた三人を、頭ごなしに叱りつけている。相変わらず全裸の男性と、流石にバスタオルは渡されているけれど、大事な所を隠しただけの女性二人は、砂漠の夜にお馴染みの冷え込んだ空気に肩を震わせ、かなり寒そうだ。

 俺はといえば、脱衣所に置かれた籐の椅子に腰掛け、火鉢を持ってきてくれた蓮華カマル亭のスタッフ達に、丁寧に髪を乾かしてもらっている最中だ。


 蓮華カマル亭の露天風呂にいきなり現れた、男女混合型裸族の三人との遭遇に、思わず上げてしまった俺の悲鳴は、まぁまぁ大きかったらしい。悲鳴を聞きつけ、すわ一大事かと慌てて大浴場に飛び込んできてくれたスタッフの一人は、浴槽の端っこに避難してガクブルしている俺と、堂々と裸体を晒したままでいる三人組の姿を発見するや否や、「オーナー!!」と大声で叫び、蓮華カマル亭の主人であるラクシュミを呼び出した。


「あ、やばい」


 しまった、という表情をした男は、女性二人を連れて急いでその場から移動しようとしたみたいだったけれど、それよりラクシュミの到着の方が早かった。


「何やってるんだい、このバカ甥っ子がーー!!」


 そして、なかなかに見事な鉄拳制裁が、男性の脳天を襲ったのだった。


 有無を言わさず三人をその場で正座させたラクシュミは、脱衣所の方に移動した俺に丁寧な謝罪をした後、スタッフを呼びつけて色々と世話をやいてくれた。髪をくしけずった後に、いい匂いのするオイルを髪先に塗り、火鉢を持ってきて髪を乾かしてくれる。手足にも乳白色のクリームが丹念に揉み込まれ、マッサージと軽いストレッチを施してもらえば、馬車に揺られた移動の疲れが嘘のように和らいで行くのを感じた。

 これってもしかしたら、本来はオプションとかで宿泊に付けるリラクゼーション・プランじゃないだろうか。何だか話を聞いている限りラクシュミとこの三人組は知り合いみたいだし、身内が迷惑をかけてすみませんってところかな。


「お前達もお前達だよ! 主人の愚かな行動は、諫めるのが従者ってもんだ!」

「すまないな、マム」

「ごめんなさぁい」


 タオルを巻いた豊満な胸を寄せ、謝罪の言葉を口にしつつ男性の背中に寄り添う姿は、あんまり反省していない感じだけどな?

 でもさすがに砂漠の夜にfull-chinのままで延々と正座を続けさせられるのはちょっと可哀想だ。風邪ひいちゃうかもしれないし。


「あの、ラクシュミさん。ちょっと吃驚したけど、特に実害があったわけでもないし。もうその辺で許してあげてください」


 恐る恐る俺が申し出ると、ラクシュミは俺を振り返り、はぁと大きく息を吐く。


「本当にすまないね、カラ様。このバカは……私の甥っ子なんだよ。仕事が煮詰まった時に蓮華亭うちに息抜きに来てくれるのは構わないのだけどね、いつもこんな調子で、他の宿泊客に迷惑をかけてばかりいるんだ。本当に、いい年になっておいて、親の顔が見たいってもんだ!」

「……母上はラクシュミの妹なのだから、顔は見知ってるのではないか?」

「うるさいよ!」


 男性の突っ込みに、ラクシュミの手刀が再びその脳天に振り下ろされた。ふぐぅと呻き、頭を押さえて身悶える男性を、左右に寄り添う女性二人が「しっかりして、ランディ様!」「生きろランディ! 傷は浅いぞ!」と口々に励ましている。

 うーーん……これが俗に言うパリピ? パリピですか?

 頭を抱えている男性に視線を送っていると、女性達に名前を呼ばれた為か、彼の前に【ランディ】と名前のポップアップが浮かんでいる。そして恒例の慧眼さん補正「ここから捲る」アイコンがそのポップアップにもついていたのだが、ちょっといつもと様子が違った。


(……何だこれ)


 いつもの「ここから捲る」アイコンの上に、赤で小さな「×」がついている。

 前髪を払うふりをしつつ、ポップアップの表面を捲ろうとしたのだけれど、俺の指先は空気を掴んだだけだ。……もしかしなくても、これって慧眼を『弾かれた』ってことか?

 これまでにもレベルや条件が足りないのか説明文の中が「???」に表示されたり、灰色に暗転してたりして読めなくなっているものとかは色々あったけど、慧眼を拒絶されたのって初めてだ。

 一見、何処かの金持ちの放蕩息子っぽいが……これは何か、あるんだろうな。


 大浴場での騒動の後。

 部屋でインベントリの中を整理しつつ夕食のタイミングを考えていたら、蓮華カマル亭のスタッフが、くだんのランディとラクシュミが、迷惑をかけた詫びに夕食をご馳走したいと申しておりますと伝えに来た。

 もともと俺の宿泊プランは夕食付だったのだが、そちらで提供される予定のコースよりも、数ランク上のディナーコースをご馳走してくれるという。俺はちょっと悩んだがこれも自分の【宿】の勉強になるかもしれないなと考えて、その申し出を受けることにした。

 スタッフに誘導されてやってきた「キッチン・カマル」は、蓮華カマル亭に併設された宿泊客用のレストランだ。ドレスコードはないって聞いたけれど、店内の中は其処彼処に絵画や調度品が置かれ、テーブルセットにもそれとなく高級感が漂っている。


「カラ殿! こっちだ!」


 給仕に誘導されるよりも先に、店内の最奥、窓際のテーブル席についていたランディが立ち上がり、大きく手を振って俺を手招きした。俺は誘導をしてくれようとしていた給仕に軽く頭を下げて礼を述べてから、テーブルの隙間を縫うようにして、彼とその従者だと呼ばれていた二人の女性の下に辿り着く。


「よく来てくれたな! 大浴場では迷惑をかけてすまなかった。俺はランディ。いつもはホルダで仕事をしているんだが、今日は伯母上の蓮華カマル亭に休暇を取りにきていたんだ。よろしく頼む。こっちの二人は俺の……秘書みたいなもので、オリヴィアとウェンディだ」

「アタシはオリヴィアだ。よろしく」

「私はウェンディ。仲良くしてくれたら嬉しいわぁ」


 ブラウンの髪をポニーテールに纏めた、小麦色の肌をした活発そうなお姉さんの方がオリヴィアで、白い肌に長いストレートの金髪を揺らした、ほんわかしたお姉さんの方がウェンディか。ぱっと見た感じでは、ランディは40歳前後ぐらい、お姉さん達二人は20代前半ってところか。……うん、リア充だな。

 差し出してくれたランディの手を握り返し、俺も簡単な自己紹介をする。


「カラだ。テリビン砂漠に用事があって、ユベに立ち寄らせてもらっている」

「そうなのか。まだ若いのに、行商か何かか?」

「そんなところ。明日、砂漠の案内人ガイドを紹介してもらう予定」


 やはり外見の感じでは、俺は『冒険者』と判断されにくいみたいだ。まぁ、今の俺は宿屋のカラなので、正解でもあるのだけれど。


「うん。テリビン砂漠はなかなか過酷だから、案内人をつけるのが正解だな」

「アタシは何度か単身で越えたことはあるけど、砂嵐に遭遇すると厄介だよ。準備は怠らずに行った方が良い」

「カラくんは、頑張り屋さんなのね、偉いわぁ。美味しそ……じゃなくて、可愛いわぁ」


 ……何かちょっと不審なセリフを聞いた気もするけれど、気づかなかったことにしよう。

 俺はランディに促されるまま、彼の対面の席に腰掛ける。


「この【キッチン・カマル】は料理が美味いんだ。きっとカラも気に入るぞ」

「へぇ、楽しみ」

蓮華カマル亭の中庭に、見事なハスが咲いていただろう? 俺はあまり詳しくないのだが、蓮は美しいだけじゃなくて、色んな場所が食用に向いているそうだ。ここは、蓮を使った料理が名物なんだ」


 あ、成るほど。蓮根レンコンとかだよね。サラダとかにしてもいいし、天ぷらにしても、スライスして炒めても美味いもんな。


「今日の肉料理はテリビン砂漠に生息している【アロッテ・モス】だな。今の時期は、脂が乗っていて美味いんだ。ほう、魚料理は【ペラグラ】か。ペラグラの白身は、フライにしたら絶品だ。期待していいぞ」


 テーブルクロスの上に置かれていたお品書きを見つつランディが簡単な解説をしてくれたけど、正直、名前だけでは外見が想像出来ない。美味しいものならなんでもいいけど、いきなり蛙の脚っぽいのとか出て来たら、多少は覚悟が必要かもなぁ。

 そんなことを考えているうちに、テーブルの上には、次々と美味しそうな料理がサーブされてきた。

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