第46話 勇者ダグラス

「ええとそれって、お仲間は、かなり怒っているのでは……?」


 無能だからと勇者パーティから追い出されました、ではなく、無能だからと勇者パーティから逃げてきました、というまさかの展開。話を聞く限りではハルが所属していた勇者パーティの仲間達は良い人達みたいだし、多少足を引っ張られても構わないと大切にしていた仲間から勝手に逃げ出されたら、流石に怒るだろう。相談せず、たった一人でシグマを治す方法を探そうと旅立ったのも、多分ダメなところだ。

 俺がそう言うと、ハルは困ったように眉尻を下げて、小さく肯く。


「そうだよね。だから、一度はちゃんと謝りたい。もうパーティには戻れなくても、各地を回って情報を集めることだって、[雪上の轍]に貢献できると思うんだ。シオンをホルダに送り届けて、ダグラス達にきちんと謝罪してから、改めて旅に出るつもり」

「……そうですか」


 うーん。なんかそう簡単に、行くのかな?

 でもまぁこの先は、俺が口出しすることでもないよな。


 Bランク冒険者だというハルのパートナーであるシグマの走りは、確かに素晴しかった。普通に歩けば数時間はかかりそうな起伏のある山道を、シグマの脚は数分で駆け抜けていく。

 あっという間にツイ山脈を越え、何だかざわざわしていたニカラグをスルーして、ミンスに向かう街道をひた走る。途中で何度か休憩を挟みはしたけれど、夕刻を前に、もうミンスが目の前だ。ハルの話では、このまま何事も無ければ、今日中にはホルダにまで戻れるそうだ。……騎獣って凄いな、俺も欲しくなってきた。


「そう言えばソクティのスタンピードって、もう始まったりしてるんですか」


 昨日までホルダに居たハルに一番気がかりだったことを尋ねてみると、ハルはあっさりと首を横に振って見せた。


「まだだよ。丁度、アルネイ様達がヒュドラ討伐から帰還していたのが良かったみたい。S級クラン『ハロエリス』のメンバーで構成した精鋭3部隊を、交代でソクティに向かわせて、溢れようとするモンスターを倒し続けてる」

「うわ、大変だ」

「そうでもないかな。各国からの増援が到着するまで時間を稼げば良いだけだから下層に潜る必要はないし、ハロエリスのメンバーなら、ソクティに出現するモンスター相手に、そうそう遅れは取らないよ。どちらかというと、大変なのはスタンピードの攻略が始まってからかな」


 ハルの説明では、ダンジョンからモンスターが溢れ出る、いわゆる『スタンピード』と呼ばれる現象が起こったとしても、その原因がダンジョンの最下層にあるとは限らないそうだ。

 どちらかというと多いのは中層を少しすぎ、最下層に向かう途中。上層では各層のボスに当たるモンスターが、一般的モンスターとして闊歩している階層付近が原因となることが多い。


「スタンピードの原因は、時には人員的だったり魔族や教団が絡んでいたりすることもあるけれど、一番の原因は『討伐不足』何だよね」

「討伐不足、ですか」

「そうだよ。ソクティに限らずどのダンジョンでも、いわゆる『美味しい』階層って言うのは、既に広く知られているんだ」


 例えばそれは、経験値だったり。敵がドロップするアイテムだったり。珍しい武器は言うに及ばず、ポージョンなどの材料として、恒常的に利用価値の高い素材がドロップする階層は、何処でも人気だ。

 

「そうすると、階層によって、討伐数に偏りが出てしまう。元々、ダンジョンは深部に近づけば近づくほど敵が強くなるのは定石だから、下層になるほど、冒険者達の到達数が少ないのは当然だ」

「そうなりますね」

「最下層の方は、最初からモンスターが生まれる頻度が低いんだ。だからあまり討伐されていなくても、溢れるような事態にはなり難い。中層より上層に至っては、ドロップするアイテムの殆どが日常の中で必要な素材になるものが多いし良い経験値稼ぎにもなるから、順番に討伐されて行くんだよね」


 そして残されたのが、中層以下、最下層以上という、中間管理職のような階層に住むモンスター達。ドロップ品も旨味を感じるものは少なく、そもそもドロップ数そのものが少ない。経験値も目立って入らないような場所を徘徊するモンスター達は、ランクの高い冒険者パーティにとっては邪魔にしかならない。


「成る程……それで、人気の無い階層からモンスターが溢れてくるのか」

「うん。それでもソクティはホルダから近いダンジョンだし、通い易さもあって人気が高いから、スタンピードを頻繁に起こすようなことなんて、これまであんまり無かったんだけどね」


 まぁ、運営が動かしてるだろうしなぁ。


 何はともあれ、まだスタンピードが始まっていないなら好都合だ。

 スタンピードが始まったら冒険者ギルドは大忙しだろうし、その中で「ランク更新してくださーい」と気軽にお願いしに行くのは少しばかり気が引ける。

 そうこうしているうちに辺りは暗くなり、ミンスを駆け抜けた俺達は、ついにホルダの少し手前にまで辿り着いていた。なだらかな丘陵が続く草原を抜ければ、街道の先にホルダの街灯りが見えて来る。


「凄い……もう着いた!」

「無事に到着出来そうだね。冒険者ギルドでよかったのかな?」

「はい!」

「了解。シグマ、ラストスパートを頼むよ」

『判ったワ、ハルちゃん!』


 更にスピードを上げて街道を走り始めたシグマの脚が、何故か急ブレーキをかけた。


「わ!」

「ミャア!」


 シグマが使っているスキルのおかげで背中から投げ出されるようなことはなかったけれど、流石に驚いた俺はハルの背中にしがみつき、ミケもブワッと尻尾を膨らませている。


「……」

「ハル?」


 道の先を見つめて黙ってしまっているハルの肩越しに前方と覗き込むと、ホルダに入る門の直前に、一人の男が街道の真ん中に立っている姿が見えた。

 モスグリーンの髪をツーブロックに刈り込んだ、精悍な顔立ちの青年だ。腰の左右にさげた双剣と逞しい体躯は、如何にも戦士と言った雰囲気だ。しかし、腕組みをしたまま俺達を見据える視線は厳しく、その表情は怒りに満ちている。


「……ダグ」


 ハルが静かに名前を呼ぶと、シグマは心配そうに首を捻り、背中に乗ったままの主人を見上げて小さく鳴いた。


「大丈夫だよ、シグマ。僕の責任なんだから、ちゃんと向き合わないと」


 どうやらあの戦士は、ハルの所属していた[雪上の轍]の一人らしい。ハルが『ダグ』と呼んでいたし、パーティリーダーでSランク冒険者でもある、勇者ダグラスで間違いないだろう。

 ハルに頭を撫でられたシグマはゆっくりと脚を動かし、やがてダグと呼ばれた青年の前にまで歩み寄った。ダグラスはハルの後ろに乗った俺にもちらりと視線をやったけれど、すぐにハルを真っ直ぐに見つめ直し、ますます表情を険しくする。


「……ダグ」

「……今更、どの面下げて帰ってきた」


 ダグラスからハルに投げかけられる言葉は、冷たい。

 しかしこればかりは、当然のものだ。


「俺は、何度も言ったよな。ハルとシグマは、俺達のパーティに必要だと。決して、足手纏いなんて思わないと」

「……うん」

「一緒に探すと、言ったよな。シグマだって、俺達の大事な仲間なんだ。仲間が苦しんでいる時は、共に立ち向かうのがパーティの掟だ。それに反対する奴なんて、俺が集めた仲間の中に居るもんか」

「……うん」

「それを、お前は……!」


 ギリリ、と奥歯を噛み締めるダグラスの表情。握りしめた拳が、込み上げる激情に震えている。

 ハルは何一つ反論出来ず、ただ項垂れているだけだ。



「どぉして……ヒック……おれを、オレたちを、置いて……グスッ……ひとり、で、……行っちゃう、んだよぉ!!」



 ……あれ?


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