第45話 Aランクパーティ

「シグマ!」

『ハルちゃん!』


 僅かな電子音を残して動かなくなった蜘蛛型の機械を俺が持っていた空のジャム瓶に詰めたハルは、ゆるりと身体を起こしたシグマを抱きしめ、良かったと何度も呟き、また涙を流した。

 俺は一人と一頭の背中を伝って戻ってきたミケを肩に乗せ、額の真ん中を指の腹で摩って「良い子良い子」と褒めてやる。ミケは嬉しそうに瞳を細めて小さく鳴き、俺の指先に頭を擦り付けて甘えてくれた。

 しばらくして落ち着いたハルとシグマは、揃って、俺とミケに深々と頭を下げてきた。ハルはぎゅっと俺の手を握りしめ、シグマに至っては俺の脛に、飼い猫のように身体を擦り付けてくる。シグマさん、正直、ちょっと怖い。

 何かお礼をさせてくれと言われて「ミケがやったことだし」と固辞しようとしたのに、そんな訳にはいかないと喰いつかれてしまった。


「だって僕は、このまま冒険者を引退してでも、シグマを治す方法を探そうと思っていたんだ。それがまさか、教団の策略だったなんて……シオンとミケちゃんに出会えていなかったら、僕もシグマも、教団の手に落ちていたところだよ」

『本当ヨ! 仔猫ちゃん、あなたとご主人様には、簡単に返しきれないぐらいの恩が出来たノ。助けてくれてありがとう、はいサヨナラ、なんてありえないワ』


 うーん、圧が強い。

 お礼をと言われてもなぁ……。あ、そうだ。


「ハルさんは、テイマーですよね」

「うん、そうだよ」

「タバンサイのテイマーギルドに頼んで、グリフォンに乗せてもらうこととか、出来ませんか。俺、出来れば夜の前にはニカラグに戻っておきたくて」

「ニカラグにかい?」

「正確には、ホルダまで早く帰りたいんです」


 Fランク冒険者の貢献度がMAXまで溜まってしまっていて、早くホルダに帰って更新手続きをしたいという理由を説明すると、ハルは成る程と頷いた。


「だったら、遠慮は要らないよ。ね、シグマ」

『ちょっと休んだら平気ヨ、ハルちゃん!』


 ブルっと身体を震わせてから大きく背伸びをしたシグマは、綺麗な縞模様の尻尾を機嫌良く揺らして立ち上がる。


「シグマは騎獣としても優秀だからね。僕とシオンの二人ぐらいなら、背中に乗せても楽に走ってくれるよ。ニカラグまでと言わず、ホルダまで送っていこう」

「え、良いんですか? それは、すごく有難いけど」

「当然だよ。その……実を言うとホルダに戻るのはちょっと、怖いけど。君を送り届けるって言う名目があったら、僕も勇気が出そう」

「……どう言うこと?」


 首を傾げた俺の腹が、今更ながらに「ぐぅ」と音を立てる。そう言えば、昼の弁当、まだ食べてないんだった。腹を押さえて俺が誤魔化すように笑っていると、今度はハルの腹が「ぐぐぅ」と音を立てた。


「あ、あはは」


 ハルも腹を押さえて苦笑する。こっちは、食事どころじゃなかったって感じなんだろうな。

 言葉は通じていなくても、シグマがもう少し休憩を必要とすることはちゃんと判っているらしいハルは、荷物の中からドライフルーツの包みを出して俺とミケに分けてくれた。じゃあ俺もと弁当にしていた大きめの天むすを二つバックパックから取り出し、鳥天の方をハルに差し出すと「大丈夫だから」と遠慮されてしまう。俺はそんなハルの手に無理やり鳥天むすを握らせて、自分は海老天むすを片手に、近くに転がっていた大きな石の上に腰掛けた。

 綺麗な色に揚がっている海老をミケに分けてやりつつ、川のせせらぎをバックサウンドに食べる昼食もなかなか良いものだ。

 ハルとシグマは俺の膝の上でモグモグと海老の身を食んでいるミケの姿を、子供を見るような優しい眼差しで見つめている。


「懐かしいなぁ」

『そうよネ』

「僕達も、駆け出しの頃はあんな風に、一個のパンを二人で分けて食べたよね」

『あの頃はまだ、私の身体が小さくて良かったワァ。今じゃさすがに、パン一個だけだと、お腹と背中がくっついちゃう』

「今でこそ、評価してもらえるようになっていたけど……僕達、天狗になってたんだね」

『そうネ。私もそうだワ、これから反省しないと』


 そんなことを言いながら、とてもじゃ無いけど量が足りなそうなおにぎりを、半分こして楽しそうに食べている。シグマの言葉はハルに聞こえてないみたいなのに、ちゃんと会話になってるところがちょっと凄い。


 簡単な腹ごしらえが終わると、ハルはシグマの背中に跨り、ミケを抱っこした俺をその後ろに座らせてくれた。リアルでも馬には乗ったことあるけど、こんな猫科の獣に乗るのは初めてだ。鞍もないし、どうなるかなと思ったけど、想像していたよりずっと乗りやすい。しかも、背中の毛皮がめっちゃふかふかで気持ち良い。


「ホルダまでなら、半日ってとこかな」

「そんなに早く?」


 驚く俺を肩越しに振り返ったハルは、にっこり笑う。


「こう見えても、僕もシグマも一応、Aランクパーティの一員なんだよ」

「そうなの!?」

「……もしかしたらもう、『元』かもしれないけど」

「!」


 何やら、不穏な台詞。

 俺の疑問を他所に、軽く頭を振って鳴いたシグマは、颯爽と走り出してしまった。


「わ、凄い……!」


 あっという間に加速したスピードに、周囲の景色が凄い速さで流れていく。河原から街道に上がってすぐツイ山脈の登り坂に入ったけれど、シグマの走る速度は一向に衰えない。街道の各所に立っている監視の冒険者達や歩いている冒険者達の姿なんて、一瞬目で追うのがやっとだ。

 本来ならこの速度で走るシグマの背中に乗っていたら、風圧で大変なことになっているのだろうけど、ハルとタンデムしている俺の身体は不思議なぐらい安定している。どうやら走っているシグマが、背中に乗せた人に負担をかけない為の、何かのスキルを使っているみたいだ。

 試しに後ろからハルに声を掛けてみると、普通に「どうしたの?」と笑顔を返された。ちゃんと声も通るんだな。だったら、気になったあのことも、聞いてみるか。


「……あの、ハルさん」

「うん?」

「ホルダに帰るのが怖いって、その、何かあったんですか? もしハルさんに迷惑がかかりそうなら、俺、その手前で降ろしてもらっても」

「あぁ……いや、良いんだよ。僕もちゃんと、帰るべきなんだ」

「?」


 苦笑したハルは、自分の首にかけていた冒険者証のタグを手繰り寄せ、俺に見えるように、後ろ側に回してくれた。

 タグの裏には横向きのグリフォンみたいな意匠の刻印が刻まれていて、どうやらこれがビーストテイマーの証みたいだ。そして表に刻まれているのは冒険者の名前と冒険者ランクなんだけれど、ハル、と短く記された名前の下にある縦線の傷は、3本。


「えぇと……3本ってことは、ランクB? 凄いな」

「フフッ、ありがとう。でも、ホルダではあんまり珍しくもないんだよ」


 俺も当然首から下げている冒険者証に刻まれた傷は、縦に5本、横に垂直の2本だ。つまり、全部で7本の傷が入っているのが、Fランクの証。これがEになると横線のうちの一本が消えて、更にDランクになると5本の縦線だけになる。

 ここら辺になって、冒険者はやっと一人前って感じらしい。国王直轄の緊急クエストが来るようになるのも、このランクからだ。ランクが上がるごとに傷は消されて行き、Sランクになると、刻まれた線は一本だけになる。一本傷ワン・スカーと称される、冒険者達の憧れだ。


「……僕は、逃げてきちゃったんだ。パーティの、仲間達を置いて」


 ぽつりと心情を吐露したハルの表情は、背中側からは、窺えない。


「僕の所属していたパーティ……『雪上のわだち』のリーダーは、Sランクの冒険者でね、【勇者】の称号を持っているんだ」

「勇者……」

「僕以外のパーティメンバーは、みんなAランク冒険者なんだ。でもみんな、凄く優秀なのに、優しくてね。僕が足を引っ張ってしまっているのに、いつも、気にするなって笑ってくれてた。今回のシグマの不調でも、スタンピード対策が迫っているのに、名声を得るチャンスなのに、休んで良いじゃないかなんて、提案してくれて」


 ハルの肩が、少し震えている。


「申し訳なくて……。僕がパーティを抜けたら、もっと優秀な誰かを、パーティに入れられるんじゃないかって、思って」


 そう思ったハルは、置き手紙一つを残し。

 ホルダに滞在している仲間達に何も言わず、シグマと二人で旅立った矢先のところだったそうだ。



 


 

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