第47話 【雪上の轍】

「あーもぉ! ほら、やっぱりダメだったじゃないの!」

「……予想通りすぎる展開なのです」

「まぁ、こうなると思ってたよなー」


 何か湧いた。

 しゃくりを上げて泣き始めた勇者(?)ダグラスの背後に続いていた街道沿いの繁みから、何処か諦めたような呆れたような声と共に、3人の冒険者達がわらわらと姿を見せた。


 教科書ぐらいのサイズの厚みのある古そうな本を携えた美しい女性と、木の杖を抱え白いフード付きのコートを身につけた小柄な女性と、大きな盾と頑丈そうな鎧を身に纏った逞しい体躯の男性。

 まぁ十中八九、勇者ダグラスとハルのパーティメンバーだろう。

 彼等は泣いているダグラスを囲むと、頭を撫でてやったり背中を摩ってやったりと、子供をあやすような扱いをしている。


「ねぇ、可哀想よねぇ! ダグラスったら大事な幼馴染に置いていかれて、荒れて荒れて大変だったんだから! 交代でホルダに帰って来てたアルネイ様が腹パンチしてくれなかったら、街の外壁に大穴とか空いちゃうところだったのよ!」


 わ、何それ怖い。

 じとりと美女から睨みつけられたハルは、シュンと肩を落としている。


「……リィナ……ごめん」

「リィナちゃんに謝っただけですむと思っているのですかぁ? ハルは罰としてぇ、これからずーーっと、シグマと一緒に、スズの荷物を運ぶのですよ!」

『……スズちゃんのモノに限らず、パーティの荷物はいつも、私が全部運んでるわヨォ?』


 シグマのツッコミは、当然ながら俺にしか聞こえていない。


「まぁまぁ、落ち着けって。良いじゃねえか、こうやって戻ってきてくれたんだ。ハル、反省したんだろ?」

「ベオは甘い! ハルに甘すぎ!」

「そーですそーです! もっと私とリィナちゃんにも優しくするのです!」

「日頃の行いだろうがよ……ほら、ダグラス」


 ベオと呼ばれた男性にポンポンと背中を叩かれ、漸く少し落ち着いたらしいダグラスは、シグマの背中から降りて歩み寄ったハルの顔を正面から見つめ、ぐすんと洟を啜る。


「……ハル」

「ダグ……ごめん。本当に、ごめん。僕が軽率だった」

「うん」

「その、シグマのこともね、解決出来たんだ。今更だって、言われるかもしれないけれど。許されるなら、もう一度、ダグ達と一緒に旅をしたい。……ダメでも、君達を助けるために動くことを、許して欲しい」

「……じゃ、ない。ダメじゃない……けど!」


 ギリッとモンスターに対峙しているかのような鋭い視線でハルを睨みつけたダグラスは、ハルの目の前に、おもむろに右手を挙げた。


「ケジメは……つけさせて、もらう」


 まさか、そのまま平手打ちでもするつもりだろうか。慌ててシグマの背中から降りた俺が弁明しようと声を上げるより先に、パーの形で開かれていたダグラスの指が、小指を残して折り曲げられる。


「指きり!」


 ……はい?


「指きりげんまんだ! ハル! 今度俺達を置いて、黙って出て行ったりしたら、ハリセンボンなんだからな!」


「「「「「……」」」」」


 沈黙が、痛い。

 唖然とする俺と、地面に突っ伏してしまったシグマと、頭や顔を掌で押さえて天を仰いでしまっている三人と、流石に固まっているハル。

 ダグラスはそんな凍りついた場の雰囲気などお構いなしに、ハルの手を勝手に持ち上げ、小指を絡め、ブンブンと力強く振り回す。


「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら、はりせんぼん、のーます!」


 ゆびきった!

 と結びの節を歌い終えて、満足そうにハルの小指を放す笑顔が、なんとも晴れ晴れとしているのですが。

 えぇと確か、こちらの方はパーティリーダーで、勇者の称号を持つSランク冒険者。じゃ、なかったんだっけ……?(混乱。


 幼女かな? 

 称号:勇者 属性:幼女 ランク:S とかかな?

 色々と盛りすぎじゃないかな?


『ごめんなさいネェ、シオンちゃん……ダグちゃんったら、いつもあんな感じなのヨォ』


 マジでか。


「何はともあれ、シグマの調子が戻ったのは良かったな。んで、その理由は……もしかして、そっちの新人っぽい冒険者?」


 ベオと呼ばれていた男性に指差された俺は、とりあえず軽く会釈を返す。ハルは肯き、傍に居たダグラスに何か説明をしてくれたみたいだ。説明を聞いたダグラスは少し驚いた表情をした後で、何故かゴシゴシと服の袖で頬を拭う。

 シグマの鼻先に軽く膝の裏を押され、促されるように二人に近づいた俺を見下ろしたダグラスは、ふと頬を緩め、爽やかな笑顔を浮かべて見せた。


「やぁ、シオン。話はハルから聞いたよ。『無垢なる旅人』の冒険者だってね。仲間を助けてくれてありがとう。何か俺に、手伝えることはないかな?」


 ……ん、んん?


「ちょっとダグ! 今更、勇者っぽいセリフ使っても無理よ?」

「あれだけ醜態晒した後じゃなぁ」

「無駄無駄無駄ぁ! なのです」


 仲間にまで、ツッコミされていらっしゃる。

 ぬぐぅと唇を噛む勇者様と、その肩に手を置いて、ふるふると頭を振っているハル。

 おかしいな……勇者とそのパーティご一同様って、もっとこう、傲慢チキチキ属性か誠実光属性かのどちらかに振り切れてたりするんじゃないのか?

 属性・幼女の勇者パーティと遭遇しました、とか新しすぎるんですけど。


「まぁ、まずは街の中に戻りましょう。そっちの……」

「シオンです」

「シオンね。私はリィナ。見ての通り、魔導士よ。仲間を助けてくれてありがとう」


 軽く首を傾げるようにして微笑まれると、背中まで流れるウェーブのかかった金色の髪がふわりと広がって、美人が更に美人だ。しかもリィナはこう、出る所は出ていて引っ込む所は引っ込んだ、素晴らしいプロポーションの持ち主だ。つい、俺の視線が泳いでしまうのは不可抗力と言える。


「私はスズ! ヒーラーなのです! 何処か痛いところとかあったら、パパって治しちゃいますから、教えてくださいね!」

「俺はベオウルフ。俺も見ての通り、[雪上の轍]でタンクを務めている」


 黒髪をおかっぱに切り揃えた女性と、頬に傷の入った男性からも挨拶をしてもらった。アタッカー二人に、ヒーラー、タンク、補助か。バランスが良いパーティだな。


「俺はシオン。格闘家です。こっちは俺の友達の、ミケ」

「ミャオン」


 俺に名前を呼ばれ、鳴き声で返事をするミケに、リィナとスズとダグラスが、「可愛い!」とはしゃいだ声を上げる。


「シオンが無垢なる旅人の冒険者なら、イーシェナに伝令に行った帰りだろ?」

「伝令は無事に終わったんだけど、Fランクの貢献度上限が来てしまって」

「あー、成る程」

「じゃあまずは冒険者ギルドですね!」

「スタンピードもまだ何とか持ち堪えてるみたいだし、今のうちにさっさとランクの更新してもらおうぜ」


 なぜかそのまま[雪上の轍]のメンバーに連れられた俺は、冒険者ギルドに直接向かうことになった。

 ホルダに入る門を潜ると、つい先日旅だったばかりなのに、街の中の様子はガラリと変化を遂げていた。

 道に沿って軒を並べている店の多くが揃って扉を閉じ、営業はしているみたいだけど、いつでも防衛態勢に移行できるように備えているみたいだ。

 通常はのんびりと巡回していた衛兵達もキビキビとしていて、夜になっていても、通りは冒険者達の姿が多く見られる。

 みんな、スタンピード対策でホルダに集って来ているのだろう。


 冒険者ギルドの受付でランクアップの申し出をして冒険者証を預けると、ものの数分もしないうちに、祝福の言葉と一緒に冒険者証を返された。

 シオン、と名前の記された冒険者証の表に刻まれていた傷が、6本に減った。これで、ランクEだ。


「おめでとう、シオン」

「うん、良かったな!」

「格闘家は良いジョブだぜ。頑張って鍛えてくれよ」

「次はDなのですねぇ〜! バフが欲しい時は、おスズさんのところに来るのですよ?」

「フフッ、初々しいわね」


 口々に祝福してくれる[雪上の轍]のメンバー達に、少しはにかみつつ頭を下げていた俺の後ろから、何やら不遜な声が投げ掛けられた。

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