第106話 口封じ

「っ!」


 俺が警告を発する前に、何処からか銃声が響き、喚いていた男の額に穴が開いた。

 ぐるんと白目を剥いて後方に倒れた男の近くに居た他の管理者達にも、次々と赤いレーザー照準の光が当てられていく。


「散れ! 逃げるんだ!」


 すぐにダグラスが走ってきて俺の腕を掴み、駆け抜けてきたばかりの通路に向かって走り始める。次の瞬間、俺達が立っていた場所には、石畳の床を削る銃弾が雨のように降り注いでいた。ハルとユージェンを背中に乗せたシグマも既に通路側に走り出していて、足を止めないシグマの代わりに振り返って元の場所を確認したハルが、悲壮な表情を浮かべる。


「ひどい……!」


 ダグラスが忠告はしてくれたけれど、危機に慣れた冒険者たちみたいに、咄嗟に動けるような訓練を受けているわけではなかったのだろう。ダグラスの背を追いかけながら振り返った俺が目にしたのは、全身を銃弾に撃ち抜かれて息絶えている管理者達と、同じように穴らだけになって死んだ大蛇達が、貯水池の壁際に折り重なるように倒れている光景だ。

 

『きょうだい、きょうだい、たち……!』


 悲鳴が、聞こえる。

 俺に話しかけてきた、大蛇の声だ。他の大蛇達より一回り以上大きかったあの大蛇は、あの銃弾を受けても、まだ生き延びているのか。

 一瞬迷ったが、俺は身を翻し、大蛇が居る場所まで、再び走る。


「シオン!?」

「戻っちゃだめだ、シオン!」


 振り返っていたハルとダグラスが大声で俺を呼ぶが、もう戻ってしまったものは仕方がない。俺は「きょうだいたち」の死体が転がる傍らで、悲痛な泣き声を上げ続けていた大蛇の身体に、駆け付けた勢いのまま、どんと体当たりをした。


『うっ!?』


 さすがに驚いたらしい大蛇が顔を向けてくれたので、その背中を掌で叩き、ぽたぽたと涙が零れている蛇の瞳と、無理やり視線を合わせる。


「逃げるよ! とにかく生き延びないと、始まらない! 復讐もできない!」

『……っ!』

「対岸まで走れる? 貯水池の水に入れるなら、それでもいい」

『……水に、潜れる』

「じゃあ、そっちに逃げて! 俺も逃げる!」


 そう大蛇に言い置いて、再び走り出そうとした俺の目前に、赤い光線が走った。

 赤い光は角度的におそらく、地下空間の何処か上の方から、まっすぐ、俺の額に向かって降りてきている。

 これは、ヤバい。


「ギャアァァアアア!」


 遠くから聞こえて来た、誰かの断末魔と、大きな水飛沫の音。

 続けて、ボグッ、ゴスッ、ガガッと何かを打ち据えるような低い音が、地下空間の天井に反響して聞こえてくる。そして暫くしてから、また響き渡る、長い悲鳴と水飛沫の音。そして暫しの、静寂。

 俺と大蛇は、きょとんとしてしまう。


「……何だ?」

『何が、起きてる』


 あの、照準の光。

 さすがの俺も、あの後、頭を撃ち抜かれると思っていた。

 出所すら見当がつかない、闇に潜んだ狙撃手からのスナイプだ。なかなかに避けようがない代物だったはずなんだけど。

 しかしあの不思議な悲鳴がして以降、レーザー照準の光は、俺の方に向けられていない。


「うーん、俺にも分からない。誰かが銃撃してきたのは、確かなんだけど」

『じゅうげき?』

「あーーあんまり馴染みない言葉だよなぁ。リーエンこっちの機械化文明って、一般的にはどれぐらい進んでいる感じなんだろ。今度調べてみないと……」


 俺は首を捻りつつ、結局は水に入ることもなかった大蛇と一緒に、ダグラス達が先行して戻った工場側の階段がある方に行ってみることにした。


「シオン!」

「戻りましたか、シオンくん」

『シオンちゃんーー! 無事で良かったワァ!』


 階段下のドアを抜けたところで待ってくれていたハルとユージェンとシグマが、ほっとした表情を浮かべる。


「ダグラスは?」

だよ」

「上?」


 俺が繰り替えした言葉と同時に、またもや長い悲鳴がして。貯水池の方に水飛沫をあげて落ちる、


「シオン! 怪我はないか!」


 名前を呼ばれて見上げた先。天井近くに伸びた足場には、いつものダグラスと――。


「……え、どちらさま?」


 全くの初対面となる青年が、その隣で、笑っていた。




 

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