第107話 拳聖シリト

「あぁ、シオンは多分、初めて会うよな」


 ひょいと足場の手すりを乗り越えたダグラスが、宙でくるんと一回転してから、地面の上に着地する。ダグラスの隣に居た知らない青年も、同じように足場から飛び降りて、トンと軽い身のこなしで俺達の前に立つ。

 ダグラスよりは少し背が低いけれど、その反面、がっしりとした体格を持つ男性だ。年齢はダグラス達と同じぐらいに見えるけれど、何処となく、老獪な雰囲気を感じるのは何故だろう。動きを妨げにくい装備と腰のベルトに下げられた鋼のナックルを見る限りでは、なんとなく、その職業にも予想がつくんだけど。


拳聖けんせいのシリト様だ。リリの冒険者ギルドから、救援に来てくださったそうだ」


 拳聖。やっぱり、格闘家系列の職業みたいだ。じっと視線を注ぐと『拳聖・シリト』の名称がポップアップになって浮かんできた。ダグラスが持っている『勇者』の称号みたいに、二つ名みたいなものだろうか。今回は慧眼が働いていないみたいで、それ以上の情報は得られない。


「どうも到着が遅れてしまって、拳聖なんて言っても、あんまり助けになれなくて悪いけどな。俺はシリトだ。一応、こっちに潜んでいた教団の奴等っぽいのは、粗方片づけた」

「俺は『無垢なる旅人』出身の冒険者、格闘家のシオンです」

「お、格闘家! 良いねぇ」


 にっこりと人好きのする笑顔を浮かべ、シリトは、初対面になる俺の手を握って挨拶してくれる。一方で、勇者であるダグラスや同じパーティメンバーのハルにシグマ、そしてAクラス冒険者であるユージェンあたりは、シリトとは最初から顔見知りみたいだ。


「いえ、助かりました。あの赤い光に誘導された鉄の飛礫つぶて……神墜教団が使うと噂の、飛び道具ですか。僕達だけでは、あのまま一方的に攻撃されていた可能性が高い」

「こっちの足場から対岸に居た僕達を狙えるなんて、凄い射程距離だよね。シリト様が来てくださって良かったです」

「よせよせ、俺が来なくても、何とかなってただろうさ」


 頭を下げる二人に軽く手を振って謙遜の意思を伝えてから、シリトは俺と、その後ろについて来ていた大蛇に視線を向ける。


「どうも、面白いルーキーを連れているみたいだしな」


 ……もしかしなくても、俺ですかね?


「すぐに教団から新手が来る可能性は低いとは思うが、万が一がある。ダグラス、少し周りを見て来よう」

「あぁ、分かった」

「そっちの蛇は怪我してるみたいだな。ハル、手当てができるか」

「はい、大丈夫です」


 少し疲れたのか、シリトが話をしている間に自らの長い胴体でとぐろを巻き、その上に頭を乗せて休んでいた大蛇が、自分のことを何か話されていると感づいてか、ぴくりと身体を揺らして警戒の声を漏らす。


『なに。人間。なにをする、つもりか』


 シュルシュルと長い舌を出しながら後退さる蛇の身体を、俺はぽんぽんと軽く叩く。


「大丈夫だって。手当てってのは……怪我をみてくれる、ってことだよ」

「シオン……一応確認だけど、蛇の言葉が、分かるんだね?」


 まぁ、もう誤魔化していても仕方がない。俺が頷くと、ハルは目を丸くして「凄い」と呟く。


「言語を持つ魔獣が居るのは知られているけど、人間の言語に変換して読み取るのは、かなり難しいはずなんだ」

「え、そうなのか?」


 ハルもはっきりとではなくともシグマの言うことは大体理解していたみたいだし、俺のは確実に左耳の羽飾りフェザーのおかげだってのは分かってるけど、ビーストテイマーのスキルとかにもありそうだなと思っていたのだが。


「確かに僕は、シグマの言っていることはなんとなく理解できる。でもそれはスキルじゃなくて、どちらかというと、長年の信頼関係から来る共感シンパシーで得ているものなんだ。シオンみたいに初対面の動物と会話ができるのは、相当に珍しいことだよ」


 あらま。じゃあこのスキル――というか、一方的なバフな訳だが――やっぱり、隠していた方がいいんだろうな。


「格闘家のスキルじゃないのは分かっているから、あまり詮索はしない。でも、他人には出来るだけ隠した方がいいと思う。気を付けて」

「うん、ありがとう」


 ユージェンの忠告にも礼を述べると、こくんと頷き返される。

 俺が「大丈夫だよ」と宥めているうちに、携帯していたアイテムボックスから魔獣用の治療薬なんかを次々と出してきたハルが、傷を確認しながら、手際よく大蛇に手当てを施してくれた。


「君は身体が大きくて鱗が硬くなっているから、飛んできた鉄の飛礫に当たっても、内臓がある奥の方までは貫通しなかったんだね。他の子達は残念だったけど……君だけでも無事で良かった」

『本当ヨォ。それにしても教団の奴等、許せないワ!』

「そうだよね。あれは明らかに口封じだったみたいだし……何処まで、色んな組織に入り込んでいるんだか」


 眉根を寄せるハルの隣にぴたりと控えているシグマも、喉の奥からグルグルと唸り声を漏らしている。黙々と手当てを続けたハルが、最後にこんなもんかな、と呟いて立ち上がる動作にあわせて、おとなしく手当てを受けていた大蛇も、頭を持ち上げ、長い全身を確かめるように揺らしていく。


『ありがとう、人間。きず、痛い、なくなった。礼を言う』

「ハル。手当してくれて、ありがとうってさ」

「ふふ、どういたしまして」


 そうこうしているうちに、周囲の確認に行っていたシリトとダグラスが戻ってきた。


「今のところ、新手は来ていないな」

「それでも救援信号ぐらいは出されてるかもしれないから、行動するなら迅速な方が良い」


 それで、と言葉を切ったシリトが、俺に視線を向ける。


「シオン。その蛇に、聞いてみれくれないか? どうしてそんなに早急に、水が必要なのか」



 

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