第105話 蛇の声
「なぁ、何が『間に合わない』んだ?」
問いかける俺の言葉に、ダグラスは大蛇と俺の顔を交互に見やって、驚きに目を丸くしている。同じように驚いた様子の大蛇は擡げていた鎌首を下げて、そろそろと俺の近くに頭を寄せてきた。
『人間。人間、俺のことばが、わかるのか』
「少しはね。俺は、耳が良いんだ」
『そんな人間、はじめてだ。人間はみんな、俺たちの言葉なんて、聞かない』
「うーん。多分、聞き取れないんじゃないかな。まぁ、人の言い分なんて聞かない輩も多いけど」
『でも、お前、聞いてくれた。頼む、人間。これを、壊してくれ』
「あ、やっぱり壁を壊しに来てたのか」
大蛇がこれと頭を振って示したのは、予想通りに、貯水池を支えている分厚い壁だ。先ほどまで頻りに壁を叩いていた他の大蛇達も、行動を止めて、じっとこちらに視線を注いでいる。彼等を止めようとしていた管理者達も、驚愕の表情を浮かべて、俺達を凝視していた。うーん……注目集めてしまったぞ。まぁ、そこの対処は後から考えるとして、どうするかだなぁ。
正直。俺達としても、このダムは壊れてくれたほうがありがたい。恐らく、アグラ湿地帯に起きている旱魃の原因になってると思うから、早急に取り除いた方が環境の復活に役立つだろう。でも、このダムを敷設したのはおそらく、ニギ村じゃない。協力はしていても、背後には、もっと大きな組織があるとみて間違いない。その尻尾を捕まえる糸口になりそうなものを、簡単に破壊してしまっても良いものか。ちょっと責任問題にも発展しそう。
だったらいっそ、大蛇側で壊してくれた方が良くないかな? 「壊してくれ」って頼まれたけど、さっきの攻防を見ていたら、大蛇達だけで壁も壊せそうなんだけどな。
俺が頭を捻っている間に、管理者達と蛇達の足元を何か小さな黒い影が擦り抜け、貯水池の壁に次々と張り付いた。
「え、何あれ」
『……また、来たか』
大蛇が漏らす、悔しそうな呟き。
それは30センチぐらいの大きさをした、お椀を伏せたみたいに丸い半球の形をした機械で、ウィンウィンと小さなモーター音を立てながら、壁に群がっていく。そして先ほどまで大蛇達が体当たりを繰り返して壁面が削れた部分に辿り着くと、壁面に接している腹の下辺りから、液状の何かを一斉に吹き付け始めた。
「うわ……」
機械が吐き出しているのは、壁を直す、セメントみたいなものなんだろうか。ものの数分も経たないうちに、欠けたり崩れたりしていた貯水池の壁が、綺麗に修復されて元通りになってしまう。
『俺たちがどんなに、壁を壊そうとしても。あれが、いつも、邪魔をする……』
「成るほど……これは、厳しいね」
溜息をつくような大蛇の声に同意する俺の耳に、大蛇達と対峙していた管理者達の身勝手な叫び声が届く。
「おい! 貴様、何をグズグズしている! 早くその蛇を殺してくれ!」
「はぁ?」
「冒険者だろう! 俺達を助けて、その蛇を殺せ!」
……何か、嫌な感じだな。
状況を見守っていたハルとユージェンも、眉を潜めて、一カ所に固まって好き放題言い始めた管理者達に厳しい表情だ。
「片方だけの言い分なんて、聞きたくないね。あんた達も何をしてるか、判ってるんだろ? そもそも、このダムのせいで、サウザラ全土に被害が出てるんだぞ」
「化け物や、他人の事情なんて知るか! 俺達は教団からここの管理を頼まれているんだ。早くしないと、俺達の方が――」
うるさく喚く管理者の、額の真ん中に。
ぽつりと、レーザーの照準光が、小さく、赤く光る。
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