第49話 精霊石

 俺はハヌ棟に戻る途中でホルダ聖門に立ち寄り、冒険者証を提示して帰還ポイントの設定をすることにした。門を管理している衛兵に声をかけ、聖門に触れながら【登録】と声を出した瞬間、軽い電子音と共に視界に実績解除のテロップが浮かび上がる。


【“何処かの街で初めて聖門を設定した“実績が解除されました】


 それと同時に、何かがアイテムボックスに振り込まれたとの通知が入った。確認してみると、表に紋様が描かれた3センチぐらいの丸くて青い石が、アイテムボックスに10個振り込まれている。簡単な説明文を読むとこれは『帰還石』と呼ばれるもので、利用すると[テレポート]の魔法と同じ効果を得られるそうだ。テレポートの魔法は効果が分かりやすく、自分の本拠地ホームポイントか登録しておいた聖門のどちらかを選び、そこに移動できるというもの。かなり便利なシステムだ。

 今回振り込まれた帰還石は、最初に聖門を登録した時のプレイヤー特典みたいだな。


 その足でハヌ棟の自室に帰った俺は、職業タブをネイチャーに切り替える。今回はちょっと目立ってしまったばかりなので、ミケを連れて行くのは得策では無いだろう。不服そうにニャアニャア言っているミケを暫くあやして機嫌取りをした後で、俺はアイテムボックスに入れっぱなしになっていた布袋を取り出し、中身を掌の上に出してみる。


「精霊石って……多分、これだよなぁ」


 それぞれが赤や青のカラフルな色を持つ、指の一節ぐらいの大きさをした宝石達。この前ベロさんとニアさんと一緒に俺の宿に泊まった精霊達が、宿泊の対価にポンポン俺の膝に置いていったものだ。

 あの時は宿屋レベルのアップがその直後にあったものだから、単純に「綺麗だなー」と思いながら袋に纏めて入れて、アイテムボックスに放り込んだまま存在を忘れてしまっていた。

 その後、あんまり長居出来なかったヤシロの冒険者ギルドで『精霊石の高価買取・急募』の張り紙をちらっと目にしていた。次に訪れた市場でも同様の看板を掲げている素材買取屋を見つけたことがあったし、更には帰ってきたホルダの冒険者ギルドでも、同じ趣旨の張り紙がしてある。

 掌に転がした精霊石に視線を落とすと、テロップの浮かぶ説明は【精霊石:各種の精霊がドロップする純度の高い魔力の結晶。高額で取引される】となっている。説明文の右上にいつもの[ここから捲る]があったので、テロップの端を摘んでぺろりと一枚引き剥がすと、新たな説明文が姿を見せた。


【高純度精霊石:各種の精霊がドロップする純度の高い魔力結晶の中でも、生誕して数百年を経た精霊達のみが作りだせる、高純度の精霊石。魔法効果及び魔術言語を格段に高めることが可能であり、その価値は計りしれない。しかし流通が極々少数であることから、魔法職にとっては、喉から手が出る程に探し求め続ける素材でもある】


 ……これ、世の中に出したらいかんやつでは??


 俺は暫く悩んだが、今は目先のスタンピードについて考えることが大事だと思い返す。全部で8個ある精霊石の内訳は、黒と白が一つずつ、赤と青と緑が二つずつ。俺はその中から黒と白だけを抜き出してアイテムボックスに片付け、残りを布袋に入れてポケットに突っ込む。


「じゃあミケ、行ってくるよ。すぐ戻るからね」

「ミャン」


 頭を擦り付けてくれたミケを軽く撫でてから、俺は掌にのせた帰還石を強く握りしめる。


【帰還石を起動します。移動先を選択してください】

 ▶︎ホームポイント

 ▶︎ホルダ聖門


 選択肢の『ホルダ聖門』を指先でタップすると、カウントと共に、少しずつ視界が暗くなってくる。


【[ホルダ聖門]にテレポート致します】


 機械的な音声が耳に届き、一瞬視界が暗転した次の瞬間には、俺の身体はホルダ聖門の外に降り立っていた。


「ヘぇ……凄いな」


 思わず呟いた言葉に聖門を守る衛兵の一人が視線を向けて来たので、俺は軽く会釈を返し、声をかけられないうちにさっさと歩き始める。ホルダの街は、今はスタンピードの迎撃準備で大忙しの最中だ。ホルダ聖門からも方々から救援に訪れる冒険者達が次々と出てきているので、俺の印象が強く残ったりはしていないだろう。

 冒険者ギルドに向かう前に、俺は大通りに軒を並べた店の一つに入り、手頃な値段のフード付きローブを買い求めた。俺はカラのアバターを整える時に、最初の衣装としてルパシカっぽいチュニックを選んでいたので、上に羽織るものが何か欲しかったというのが理由の一つ。もう一つは、ミケを連れて回る時に、何処か服の中に隠れていてもらえる場所が欲しいなと思ったからだ。まぁ、これから色々と要検討だけれど。


 買ったローブをその場で羽織った俺は、今度こそ目的地の冒険者ギルドに向かう。

 すぐに辿り着いたホルダの冒険者ギルドは、スタンピード迎撃を間近に控え、かなりの冒険者達でごった返していた。

 スタンピード迎撃部隊の登録受付に集った各ランクのパーティは、それぞれに固まってどの部隊に振り分けられるかを待っているし、ロビーの片隅では、通常時はソロでの活動が主体だと言う冒険者達が臨時のパーティを探している。ドワーフの鍛冶士達はギルドに特別出張して武具の修理を請け負い、ポーションを始めとした様々な薬を扱う錬金術師達も、薬箱を広げて冒険者達の補給を手助けしているみたいだ。

 その一角にある素材買取受付は、迎撃部隊の受付ほどでは無いが、そこそこ賑わっていた。クエストボードを見たら一目瞭然ではあったけれど、ポーションの原料となる薬草や武具の基本的な素材となる各種の革素材の買取値段が跳ね上がっている。


 それらに加えて『高価買取』を主張されているのが精霊石だ。リーエンでは様々な魔道具を動かす原動力として魔石が利用されるが、魔石の中に蓄積されている魔力が消費されてしまうと、再び魔力を貯め直す必要がある。充電式の乾電池みたいなものと、考えてもらったら良いらしい。

 一方精霊石は、魔石とはシステムが異なる。精霊石はその名の通り精霊が生み出す結晶体であり、魔石のように溜め込んだ魔力が切れてしまうことはない。精霊石に宿る力は、自然の中から勝手に蓄積されていくからだ。

 魔導師達はこの精霊石を自分の持つ魔導書グリモワールに嵌め込み、その組み合わせによって【魔術言語】と呼ばれる固有の詩を作り上げる。魔導書のレアリティは精霊石を嵌め込むことが可能な数に左右されるが、いくら魔導書のレアリティが高くても、良質の精霊石を揃えられなくては、それらも無用の長物と成り果てる訳だ。


 そうこうしているうちに、買取受付に並んでいた俺の順番が廻って来た。俺がカウンターの前に置かれた椅子に腰掛けると、髪の長い穏やかな表情の受付嬢が微笑みかけてくれた。


「冒険者ギルドの買取受付にようこそ。私は、本日の買取受付を担当しております、カタリナです。現在、スタンピード迎撃準備に伴い、各種素材の需要が高まっています。お手持ちの品に買取可能な素材がございましたら、是非ご検討頂けると幸いです」

「……買取の査定を依頼したい。これなんだが」


 俺は敢えて中身を取り出さず、受付嬢の前に敷かれたコルクボードの上に、精霊石を袋ごと置いた。


「拝見致します」


 流石に中央の冒険者ギルドの受付嬢だけあって、彼女は、俺がわざと袋のまま置いた物の中身をその場で広げるようなことはしなかった。

 コルクボードごと自分の傍に引き寄せた袋を持ち上げ、中を覗き込んだ受付嬢の表情が、瞬時に凍りつく。


「っ……!」


 ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった彼女に、買取受付の周囲やカウンターの中に居た職員達からの視線が集まる。


「暫く、暫くお待ちいただけますか?」

「……また、出直してもいいが」

「いいえ! とにかく、少しだけお待ちを!」


 彼女は俺に念を押すように言い含めた後で、他の職員に声を掛け、慌てて何処かに走って行ってしまった。幸い、ロビーが迎撃準備受付の為に大混雑しているせいでそこまで注目を浴びていないが、異変に気づいた職員達はチラチラと俺の様子を伺っている。おい、こっち見てないで、仕事しろ。

 俺が内心溜息をついているうちに、パタパタとした軽い足音と共に、カタリナと名乗った先程の受付嬢が俺の所に戻ってきた。


「お待たせしました! あ、えぇと……」

「カラ、だ」

「カラ様! ギルドマスターが是非お会いしたいとのことです。大変申し訳ありませんが、ご足労願えますか?」


 うわぁ……。

 うーん、今度はギルドマスターかぁ。




 

 

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