第48話 迎撃準備

「見てよ、[雪上の轍]にお荷物テイマーが戻って来てるわ」

「あらやだ、見苦しい」

「自分のせいで迷惑かけてるって自覚がないのねぇ、あのBランクは」


 純粋な、悪意のこもった言葉。

 振り返った先に居たのは、陰口を隠そうともしない3人の冒険者らしい女性の姿。恐らく高位の冒険者なのだろうが、その表情は醜い。ハルに注がれる明らかな嘲りの視線は、俺から見ても気持ちの良いものではない。黙ったまま一歩踏み出そうとしたダグラスの肩を、ハルが掴む。


「良いんだダグ」

「良くない」

「今は、シオンのランクアップを祝ってるんだよ。水を差したらダメだ」

「……」


 ダグラスは、はぁと息を吐く。そんなダグラスとハルの背後を守るように立った仲間達は、暴言を吐いた3人に冷たい視線を注いだ。


「言いたい奴には、言わせておけば良い」

「そーですそーです! ハルちゃんが私達の大事な仲間なのは変わらないのですよ! ハルちゃんが留守になった隙に、これ幸いとダグに擦り寄ろうとして秒で断られたからって、文句を言うのはお門違いですよ!」

「ウフフ。おスズったら、そんなにはっきり言ってはダメよ」


 あ、そういうことね。

 Sランク冒険者ともなれば、リーエン全土でもかなりの実力者に入ることは間違いない。実力は充分、しかも若くてそこそこイケメン(ベソかいてなければ)とあれば、機会さえあればと狙われるのは仕方がないことか。

 悔しそうに睨みつけてくる女性達を他所に、俺はうんうんと頷く。


「成る程。Sランク冒険者さんも大変ですね」

「ミャウ」

「シオンも判ってくれる!? ミケちゃん抱っこさせて!」

「だが断る」

「フシャア!」

「辛辣!」


 ガクっと項垂れているダグラスを置いて、俺はギルドの受付嬢からEランクについての説明を受けた。冒険者ランクDになるには、貢献度の蓄積に加えて、ランクアップ申請時に個別のクエストが与えられ、それを達成する必要があるとのこと。ランクFからランクEに上がる時みたいに貢献度だけでランクアップ出来るシステムではなく、実力も必要となってくるということか。


「ランクDからは、何か特別の理由がない限り、ギルドからの招集には応じる必要があります。国王直轄の指定任務も同様です。また、報酬の一部がギルドに上納となるのもランクDからです。その分、受け取る報酬も相応に高額となりますから、頑張って目指してみて下さいね」

「判りました。ありがとうございます」


 受付嬢からの説明が終わると、[雪上の轍]の面々が、ランクアップの祝いに飯を奢ろうと提案してくれた。特に断る理由も無いので有難くと頷こうとした俺の耳に、バタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてくる。


「大変です!」


 息を乱してロビーに駆けつけて来たのは、俺と炎狼に一次職について説明をしてくれたミーアだった。


「緊急伝達です! [ハロエリス]の全部隊が、ソクティから撤退しました!」


 撤退。S級クラン[ハロエリス]が交代でソクティに送り込んでいた精鋭3部隊が全部撤退したということは、それで、抑えられ無くなったということ。


「何だって!?」

「遂にか……!」

「スタンピードが始まるぞ!」


 冒険者ギルドの中に、緊張が走る。何処かに走り出す者、武器を手に立ち上がる者、装備の確認を始める者。和気藹々としていた[雪上の轍]のメンバー達も、顔付きがガラリと変わった。


「そこに居るのは[雪上の轍]か!? これから対策会議を行う! お前達も出席してくれ!」


 受付の奥で忙しく動いていた初老のギルドマスターが、ダグラスを見つけて声をかけてくる。ダグラスは「わかった」と声を上げて頷いた後、俺に申し訳なさそうな表情を向けた。俺はそんなダグラスに軽く笑いかけ、しっかりと頷き返す。


「……すまん、シオン」

「気にしないで。流石に俺はまだ力になれないと思うから、ホルダで出来ることをやるよ」

「シオンも、気をつけて」

「無理に前線に出たりするなよ」

「でも出来るだけ、街の人を守ってあげてね」

「あんまり危ないと思ったら、ギルドの中に避難しておくのもお利口ですよ!」

『シオンちゃんもミケちゃんも、怪我をしないようにネ』

『はぁい』

『そうだワ……ミケちゃん、ちょっとこっちに来て』


 何故かミケを促したシグマが、飛び乗って来たミケを背中に乗せたまま、ロビーの片隅に移動する。何事だろうと首を捻る俺達の前で、シグマは目の前にちょこんと座ったミケの正面で、ぶるりと身震いをする。


『一つ、ミケちゃんにスキルを伝達してあげるワ。【咆哮ハウリング】と言うスキルよ。低レベルでも、相手を怯ませることぐらいは出来るはずだから。いざと言う時に、シオンちゃんを守ってあげられるようにネ』

『シグマおねーさん……ありがとう!』


 キラキラとした瞳でミケに見上げられたシグマは、ゴロゴロと機嫌良く喉を鳴らした後で、スゥ、と息を大きく吸い上げた。


【グォォォォォォォン!!】


「!」

「なっ……!」

「わぁ!?」


 ビリビリと、空気を振動させて伝わるシグマの雄叫び。ロビーの中に居た冒険者達は一様に武器に手をかけ、職員達は驚きに目を丸くしている。かく言う俺も、一頭と一匹の行動を目で追っていた側であるにも関わらず、鳥肌が立った。身体が固まり、一瞬、呼吸さえ忘れてしまう。

 ロビーの端っこにシグマが移動した理由は、これか。


「シグマ!?」

「おい、どうした」

「何ごとなのです?」


 慌てる[雪上の轍]の面々と俺が見守る前で、シグマの額からふわりと浮かんだ小さな光が、シグマの【咆哮】の前でなんとか踏み止まっていたミケの額に、吸い込まれるように消えていった。


「まさかシグマ、ミケちゃんにスキルの伝達を……?」


 すぐに行動の理由に気づいたハルは、それでも驚いた様子でシグマの背中を撫でる。俺たちのみならず、ロビーに居た冒険者達が注目する中、ミケは何度か顔を前足で擦った後で、ふんっと四肢を踏ん張って立ち上がった。


『どう? ミケちゃん』

『はい、覚えられた……と、思います!』

『良かったワ。じゃあ試しに、一回使ってみましょ?』

『はい!』


 シグマに促され、ミケは先程のシグマのように口を開き、大きく大きく息を吸い込む。


【ミャアウウゥゥン!】


 精一杯身体を反らせ、前足でギュッと床を踏みしめ、本人(猫)にとっては最大級の大きさで解き放たれた、【咆哮】のスキル。


「まぁ!」

「おっ?」

「ふわぁ……!」

「これは……」


 三角の形をした耳の先っぽからふわふわとした毛並みの先にまで、懸命に力が込められている。残念ながら威圧感は欠片も含まれていないのだが、その破壊力たるや、とんでもない。

 正直に、言おう。

 その姿は、かなり。


「かっ……可愛い……!」


 飼い猫の見せたあまりもの愛らしい行動に、俺は、膝から崩れ落ちる。

 どうするのこれ。俺にどうしろと言うの。

 ミケの【咆哮】を正面から受けてしまったシグマとハルも、同様に床に膝をついてしまった。


「うわぁ……うわぁ、可愛い。可愛いなぁ……シグマのちっちゃい頃、思い出しちゃうよぉ……」

『やーだァ! ミケちゃん、も、可愛い! 可愛すぎて、食べちゃいたいワァ!』


 え、ちょ。食べられるのはマズい。

 慌ててミケを抱き上げようと駆け出した俺の横を、黒い影が凄い速さで追い抜いた。そのままミケに飛びつこうとする寸前、横から飛び出して来た他の影に、取り押さえられる。


「み、ミケちゃんーー!」

「落ち着けアホ勇者!」

「……何やってるんですか」


 俺を追い抜きミケに抱きつこうとしていた影は、勇者の称号を持つ冒険者ダグラスだった。それを飛びついて押さえてくれたのは、[雪上の轍]のタンク、ベオウルフだ。ジタバタともがくダグラスと床の上で格闘しつつ、二人はギャアギャアと言い争いをしている。


「だって! だって可愛い……! 可愛いじゃないか! 俺も抱っこしたい! ふわふわのニャンコと遊びたい! いくら、いくら払えばいいんだよぉ!」

「馬鹿野郎! 勇者が下世話な言動をするな! 慎め!」

「嫌だ! 俺が何のために勇者やってると思ってるんだ!? こう言う時の為だよ!」

「絶対違うからな!?」


 ……なんかこう、勇者とかランクS冒険者とかに対する憧れが、こう……。

 ミケを抱き上げ遠い目になる俺の視界の片隅では、ギルドマスターがこめかみに指を当てて俯いてしまっていた。うん、心中お察し致します……。


 結局。

 その後、あんまり可哀想だなと思ったらしいミケが自分でダグラスに甘えに行ってくれたので、再び泣き出しそうだったダグラスは、ミケを抱っこしたまま嬉しそうに微笑み、勇者っぽい外面を取り戻した。

 うーん、こうやって黙って見ていれば、本当にイケメン勇者なのにな……。


「じゃあ、俺は一度、ホームのハヌ棟に戻ります」

「あぁ、俺達は対策会議に参加してくるよ」

「気をつけてね、シオン」

『怪我しちゃだめヨ?』

「スタンピードが落ち着いたら、何処か連れて行ってやるよ」

「美味しいご飯のお店も紹介するですよ!」

「また、近いうちに会いましょう」


 冒険者ギルドから出る前に、ハルを初めとした[雪上の轍]の面々からフレンド登録を申し出てもらったので、有難く受けることにした。炎狼一人しか登録されていなかったフレンド欄が、一気に賑やか(?)になる。ちなみにNPC達の間では、このフレンド登録のことを『友誼の絆』と呼んでいるらしい。


「……さて」


 ハヌ棟に戻る道の途中、傷が減った冒険者証を指先で弄りつつ、俺はこれからの予定を考えていた。


「せっかく【ホルダ聖門】が使えるようになったんだから……活用しないとな」


 ホルダ聖門は、街の中心にある[華宴の広場]の近くにある大きな魔法門だ。大きめの街には中心地に一つ用意されているもので、その特徴は『移動手段』としての登録・利用ができること。

 例えば俺が別の街で死ぬと、戻されるのはホルダのハヌ棟にある自分の部屋になる。これが『死に戻り』と言う移動手段だ。各街の聖門は基礎のレベルが35に到達するか冒険者ランクがEにランクアップすると、一箇所だけ登録が許される。特殊な魔法かアイテムを使うことで、遠方の地からその門に戻ることが出来る。いわゆる、テレポートの移動手段が使える仕組みになっている訳だ。

 基礎のレベルや冒険者ランクが上がると登録できる門の数が増えるらしいが、とりあえずは本拠地であるホルダにしておきたい。


「まずはハヌ棟でを被ってから、もう一度冒険者ギルドだな」


 キダス教会に行ってミケをペット登録する手続きを進めてもらいたくもあるけれど、これからスタンピードが始まる以上、こちらが優先だろう。

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