第4話 華宴の広場

 アバターを通して目にしたリーエンの世界は、とても美しかった。


 白い雲の浮かんだ空はどこまでも高く青く、華宴の広場に咲き乱れる花も、広場の周りをぐるりと囲んでいる建物も、CGとは思えない出来映えだ。

 広場の中には、俺の他にも三時解禁でダイヴしてきた新規のプレイヤー達が何人も居る。各々指を動かしたり何かを呟いたりしているのは、アバターとの親和性を確認するチュートリアルクエストの一部だろう。俺も視界の端に浮かぶコンソールから受注可能なクエスト一覧を開き、チュートリアルクエストを開始してみることにする。

 足踏みをしてみましょう。拍手をしてみましょう。創世神への祈りを呟いてみましょう。装備を身につけてみましょう……などなど。

 その場でクリア出来る簡単なクエストを幾つかこなして行くと、ピコンと軽い音がして、【『無垢なる旅人』のレベル2になりました】とテロップが浮かぶ。ステータスの配分を促すアイコンが出ているが、とりあえずそこは後回しだ。

 華宴の広場には出口が二箇所あり、そこには【レベル3より通行可能】と文字が記されている。恐らく、チュートリアルを全部終わらせると、レベル3に到達するのだろうな。


「次は……『広場に咲いている花を摘み、[素朴な花飾り]を製作してみましょう』……製作クラフトクエストか」


 華宴の広場には、色鮮やかな花々が所狭しと咲き乱れている。

 それにしても、「花を摘む」としか指定がないが、花の種類は何でもいいのだろうか。俺の近くで、早速クエスト指定の[素朴な花飾り]をクラフトしているプレイヤー達の姿が目に入る。大輪の薔薇に、可憐な鈴蘭に、純白の百合。出来上がる花飾りの形は素材に使った花に左右されるようだが、どの花を選んでもクラフトは可能のようだ。


「ん?」


 何の花でクラフトしようかなと花を見て回っていた俺は、何処からか視線を感じて立ち止まる。華宴の広場周辺には、創世神に召喚された無垢なる旅人達を一目見ようと多くのNPC住人達が集まっているのだが、俺の感じた視線はその誰からでも無いような気がする。

 視線の主を探して周囲を見回していると、足元に鮮やかな色彩のパンジーが植えられていることに気づいた。丸っこい花弁を持つ、花壇やプランターの寄せ植えでよく見かける花だ。

 パンジーは三色菫とも呼ばれる花で、妖精王オベロンが、惚れ薬を作る材料とされている。更には雑草を抑制する効果があったり、食用にも出来たりと、なかなか多彩な性質を持っている。せっかくだから、この花で花飾りを作ってみるのも面白いかもしれない。

 低い位置に咲くパンジーの花を摘もうと膝を折り、白い花弁に手を伸ばした瞬間に。


「あ」


 先程から感じていた視線の主を、見つけてしまった。


「ミーィ」

「……仔猫?」

「ミャアン」


 広場を囲む、人垣の足元。その僅かな隙間から顔を出し、鳴き声を上げている、三毛の仔猫。先ほどから俺に注がれていると思った視線は、どうやらこの仔猫がパンジーの花に注いでいたものらしい。道理で、NPC達の顔をいくら見回しても見つからない筈だ。

 俺は少し考えて、白色のパンジーと、黒に近い濃い紫色のパンジー、そしてオレンジ色のパンジーを選び、アイテム画面のクラフトボックスに放り込んだ。

 すぐに出来上がった花飾りの名称は[三色スミレの花飾り]。ストレート極まりないネーミングだが、判りやすくもあるだろう。同時にまたレベルアップの軽やかな音が鳴り、『無垢なる旅人』のレベルが3に到達したとテロップが浮かぶ。


「よし、じゃあ行くか」


 出来上がったばかりの[三色スミレの花飾り]を手に、俺はアーチ状の出口を潜り、華宴の広場から一歩、首都ホルダの街中へと足を踏み出した。

 途端に耳に飛び込んで来たのは、大小様々な生活雑音と、忙しない喧騒だ。

 いくら予め神託を受けていたとは言え、ホルダにとって『無垢なる旅人』達の受け入れ準備は、容易では無かった筈だ。しかもこれからこの『召喚』は、プレイヤーが増えるごとに、コンスタントに続くのだ。……頑張ってもらいたい。

 鎧を身に纏った騎士の一人が、馬上から『無垢なる旅人の皆様は、大通りを進んで王城に向かって下さい』と大声を張り上げて指示を出してくれている。騎士の言葉を耳にした俺のクエスト欄にも、『王城に向かいましょう』と新たなクエストが表示された。

 ここは、指示に従って城に行った方が良さそうだ。しかし俺には、その前に一つ、目的がある。


「確か……ここら辺だったよな」


 俺は人混みを掻き分けて広場の外周を回り、さっきパンジーを摘んだ付近で見かけた仔猫の姿を探す。周りは当然NPCだらけなのだが、俺があまり奇抜な容姿を造っていなかったのが功を奏したのか、それなりに住人達の中に溶け込んでいるらしく、無駄に注目を浴びずにすんでいる。


「居た!」


 件の仔猫は人垣から少し離れ、街灯を支える足場として積んである石の上にちょこんと腰掛けていた。土埃を被ったのか前脚で懸命に顔を撫でている仔猫の前にしゃがみ込んで目線の高さを合わせ、俺は手に持っていた花飾りを差し出してみる。

 

「これ、欲しかった花じゃないか?」


 俺が尋ねると仔猫は一瞬きょとんとした表情になったが、すぐに俺の台詞を肯定するように、『みゃあ』と一声鳴いてくれた。


「じゃあ、これはお前にあげる。騒がしくして、ごめんな」

「……ミュ?」


 俺は花飾りを掌の上に乗せて仔猫に近づける。

 仔猫は驚いた仕草を見せたが、毛を逆立てて嫌がるような素振りではなかったので、俺は勝手に仔猫を抱き上げ、三角の形をした耳の上に三色スミレの花飾りをつけてやった。


「お、丁度良い感じ」

「ミャア!」

「お前に合う色だと思ったんだ。気に入ってくれたなら、嬉しい」


 白・黒・橙の三毛の仔猫に、白・黒・橙の三色スミレの花飾り。

 うん、文句なく可愛い。


「じゃあ俺は王城に行くから、またな」

「ミャア!」


 リーエンに来て初めてクラフトした製品の使い道としては、上々だろう。

 満足した俺は嬉しそうに尻尾を揺らしている猫に別れを告げ、ひとまずは騎士から貰ったクエストに従い、王城に向かうことにした。



 


 





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