第97話 ※運営陣(3)※

 リーエン・オンラインの運営チームが入ったフロアは、本社ビルの高層階に位置し、出入りに際してのセキュリティに、かなり入念なチェック体制を敷いている。

 今日は『盟主モナーク候補』達の定例報告会となっていて、そこに集まるのはリーエン・オンラインの稼働前にそれぞれの『盟主候補』を選び出してきた五人の担当者だ。会議室の正面には大きなモニターとホワイトボードが置かれていて、コの字型に配置されたテーブルの前には、それぞれの資料を抱えた四人が既に着席している。


「すみません、遅れました!」


 電車の運行遅延で到着が遅れると連絡があった最後の一人が会議室に駆け込んで来ると、池林と会話をしていた中村が立ち上がり、はぁはぁと肩で呼吸を繰り返す女性の手から書類が詰まった鞄を受け取って微笑んだ。


「大丈夫ですよ相良さがらさん。遅れたと言っても五分程度です」

「本当にすみません……!」

「ちゃんと連絡くれてるんだ、良いってことだよ」

「電車の事故は予想外ですしね」


 池林と、その対面に座っていた香山も頷いている。


「愛美ちゃん、お水飲む?」


 中村に誘導されて席に着いた相良の前に、同期の水橋がウォーターサーバーから水を運んできてくれた。


「ありがとう!」


 受け取ったコップから冷たい水を飲み干した相良がふぅと一息をついたところで、モニターの横に立った中村が、それではと軽く手を叩く。


「メンバーもそろったことですし、定例報告会を始めましょう」


 中村の合図で、全員がテーブルの上に置かれていた眼鏡型のウェアラブル端末をかける。大きなモニターに映し出されたのは、リーエンの世界地図だ。端末を身に着けた状態でその地図に触れると、触れた場所に関する様々な情報がホログラムで表示される仕様になっている。


「……世界情勢が、かなり変動して来ましたね」


 赤の盟主候補を担当している池林が、低く唸る。リーエン・オンラインの世界にプレイヤー達が降り立つ前から、巨大サーバーの中に構築された世界は、長い歴史を紡いできた。小競り合いが続いてはいたものの、各国の勢力バランスは、セントロを頂点に据えたままほぼフラットな状態を保っていたと言える。しかしその平衡は、世界に散った『無垢なる旅人達』の浸食で、少しずつ変わっていこうとしている。中でもイーシェナと、ノスフェルの勢力拡大が著しい。


「勢力バランスの変化は想定されていたものですから、今は問題はないでしょう。他に危険視すべきものはありますか?」


 中村の質問に、青の盟主候補を担当している水橋が手を挙げた。


「神墜教団の動きが想像以上です。反発と言ってもいい」


 白の盟主候補を担当している相良も、それに賛同する。


「やはり双子神の『お告げ』通りに『無垢なる旅人達』が降り立ったことが効いているんでしょうね。白の盟主候補【九九クク】が居るノスフェルでは元々神墜教団の活動が活発でしたが、ここに来て顕著になりました。その一方で、【九九】が守ろうとしている獣人達に対する迫害も、強くなっています」

「困ったことに、教団の教えを鵜呑みにする民衆も多いんですよね」


 緑の盟主候補を担当している香山が、サウザラ近辺のデータに目を通しつつ、眉根を寄せて呟く。


「サウザラは今、水不足になっています。大元の原因を作っているのは神墜教団なんですが、その責任を獣人達に押し付けるような啓蒙活動を、あちこちで展開しているんですよ」

「……酷い話ね」


 嫌そうな表情で唇を引き結ぶ水橋に、香山も頷き返す。


「緑の盟主候補である【藤太とうた】は、各国のパワーバランスに首を突っ込もうとするタイプではありませんし……何よりどの盟主候補よりも、成長が遅い」

「青の盟主候補である【ゆずりは】は戦闘力は高いですが、政治がらみに動くのは、まだ苦手みたいですね。そもそも彼女、イーシェナ贔屓ですし」


 腕を組んだ池林も、セントロから各国に散らばって行く物流や人材のデータを確認しながら、思案顔だ。


「赤の盟主候補【眠兎ミント】はプレイヤー達の誰よりも高レベルに到達していますが、リーダーシップを点が目立ちますね。頭の回転が速いし気も利いているので、セントロの貴族達からもランクの高い冒険者達からも受けが良い。しかしその分、頼られすぎてしまっています。本人がそれに応えられるスペックがあるものだから、なおのことたちが悪い。身動きが取り難くなっている」

「……なるほど」


 それぞれが口々に意見を述べる中で。

 黒の盟主候補【シオン】を担当している中村は、勇者ダグラス達と連れ立ってメデル山脈に向かう一行の姿をモニターに映し出し、小さく笑う。


「現状、一番の遊撃兵として活動しているのは、あなたのようですね」


 恐らくシオンは、辿り着く大きな目標を、忘れた訳ではない。

 しかしその為には、リーエンの世界を知ることが必要だと、自然に理解しているのだろう。


「待っていますよ、シオン。あなたに与えられる【変面リーエン】は、もう、目の前です」


 


 

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