第96話 水面下

 村に帰った俺達は、逆方向を調べて来たハルとリィナのチームと合流して互いの調査結果を報告しあってみたけど、やっぱりはっきりとした原因は掴めなかった。村の井戸から水脈の状態を確認したユージェンとアクアも、この村近辺の水脈から綺麗に水が無くなってしまっていることしか判らなかったみたいだ。

 そこで俺がアグラ湿地帯の水源の一つとなっている山脈の方を調べてみたいと提案すると、みんな賛成してくれた。


「確かに、シオンが言っていた山脈の方も調べてみる価値があるな」

「そうは言っても思いつきに近いし、無駄足になるかもだけど」

「それでも、逆に『関係なかった』という結果が出せる。行ってみよう」


 リーダーであるダグラスの決定もあって、俺達はウェブハとサウザラの境目にある山脈、メデル山脈の方にも調査に向かってみることになった。

 一応まだ見落としがあるかもしれないので、まだ村人達の状態をちゃんと確認してしたいというスズを筆頭に、村周辺にも人手を置いていくことにする。山脈に向かうメンバーは、シグマとハルとダグラス、それに『山脈を調べたい』と言い出した俺とユージェンの四人と一頭だ。今回パーティで連れてきている騎獣はシグマを含めて三頭なんだけど、ベオウルフの騎獣であるがっしりした体躯の馬は力が強いけど足が遅くて、メデル山脈まで早い速度で走ることができない。ダグラスの騎獣であるアレイオンは蹄の大きな駿馬で、こちらはシグマがかけてくれる走行用のスキルを一緒に身に纏って同じ速さで走れるとのこと。この二頭にそれぞれ二人ずつ乗って、一日で目当ての山脈まで駆け抜ける予定だ。


「気をつけろよ、シオン」

「うん、了解」


 ハルの後ろでシグマに跨った俺は、差し出された炎狼の拳に、トンと自分の拳をぶつけて頷く。今回は乗車人数の都合上、炎狼は留守番になってしまったのだけれど、こっそり個人チャットで推移は伝える約束だ。そんな俺達の隣に立っているアレイオンの背中では、スンッ……とした表情のユージェンを後ろに乗せた幼女勇者がシクシクと泣いてリィナに叱られている。


「ほら、ダグラスはもっとしっかりしなさい!」

「ううっ……俺がミケちゃんを乗せたかったよぅ……」


 俺のペットであるミケは、当然ながら俺と一緒にシグマの背中の上だ。いや、正しくはシグマの頭の上にぺたんと手足を伸ばして乗っている。そしてシグマのモフッとした体毛に埋もれながら、ピンクの肉球をニギニギしてる。これは勇者にも譲れないな……めっちゃ癒されます!


「もう! シオンはまだ、上級職に転職前の冒険者なのですよ! 私達には、守ってあげる義務があるのです」

「シグマの背中だったら、何かイレギュラーがあってもシグマのスキルで対処できるからな。ま、諦めな」

「じゃあ、そろそろ出発するよー」


 スズやベオウルフにも嗜められて渋々頷いているダグラスを他所に、のんびりとしたハルの掛け声で、シグマが走り始める。すぐにアレイオンがその後ろを追従して走り、スピードが乗ってきたところで、シグマが一声吼えた。途端に顔や手足に当たっていた風圧が遠のいて、猛スピードで走っているシグマの背中の上でも、身体を起こせるようになる。前に乗せてもらった時にも使っていた、騎獣用のスキルなんだろうな。

 スピードを緩めないシグマの横に、アレイオンが並走してくる。


「シオン、問題ないか?」


 おぉ、こんな速度で走ってても、お互いの声まで聞こえる。シグマのスキルって便利だ。


「大丈夫! メデル山脈までって、丸々一日かかるぐらい?」

「夜は休憩を取る。それでもシグマとアレイオンの足なら、明日の昼には山脈の麓に着くだろう」

「確か、メデル山脈の麓にはニギ村という大きめの村があります。そちらで話を聞いてみるといいかもしれませんね」


 ダグラスの後ろに乗っているユージェンの解説によると、メデル山脈はウェブハ側とサウザラ側で気候が異なるらしい。まぁそれは、高い山脈を挟んでいるとよくある話だよね。


「ウェブハ側は砂漠に近く、ラクダの放牧が盛んですね。ニギ村はサウザラ側で河川が多いことから、牛の放牧が主体だった筈です」

「川が多いと、牛の放牧になるの? 羊とか山羊じゃなくて?」


 放牧っていうと、羊とか山羊とかを、羊飼いの杖シェパーズ・クルークを持った羊飼いと牧羊犬が追いかけてるイメージがある。


「必ずしもではないですが、牛は背丈の高い草を好みますので、それが生えやすい河川や渓流近くでの放牧が多いです。馬は牛と同じように背丈の高い草や牧草が好きですね。羊や山羊は背丈の低い野草や灌木をよく食べるので、それが生える草原や傾斜地での放牧が多いのですよ」

「そうなんだ」

「そう言えばニギ村は、昔から乳製品と肉が美味くて有名だよな。加工業も盛んだって聞いたことがある」

「ニギ村……ニギ村……何か、最近何かの話題で名前を聞いた気がするんだけど……」


 口元に手を当てながら村の名前を繰り返して何かを思い出そうとしていたハルが、少ししてから、はっと顔を上げて俺達の方を振り返る。


「思い出した! 確か、商人ギルドの方で話題になってたんだよ」

「商人ギルドで?」

「そうだよ。何だか最近になって、ニギ村で雇われていた人達が、一斉に解雇になったんだ」

「一斉解雇?」


 それは何というか、穏やかな話じゃないな。


「それで職にあぶれた人達が、仕事を求めて商人ギルドに殺到してるって話だったと思う。ウェブハの商人ギルドは外部者が入りづらいし、サウザラは旱魃でそれどころじゃないだろ? それで結果的にみんなセントロに来ちゃって、混乱してるって耳にしたよ」

「へぇ、そんなことが」

「それは僕も知りませんでした」


 ダグラスとユージェンにとっても、初耳の話みたいだ。


「それは、ニギ村にある加工所が何らかの理由で潰れたとか、そのせいで?」


 俺の質問に、ハルはううんと首を捻る。


「それが、加工所からの生産はストップしていない。というより、前より成績が上がってるらしいんだよね。雇用していた人達が居なくなったのに、どうしてだろうって、商人ギルドの中で議論を呼んでいるみたい」

「なるほど……」


 加工所で働いていた人達が、一斉に解雇されてしまった。

 それなのに、加工所からの生産は止まっていない。むしろ、生産が増えている。

 ……と、いうことは。


「……働き手に代わる『何か』が、そこに出来たって、ことだよね?」

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