第73話 ハロエリス

 魔王児ロキと、彼に『爺』と呼ばれていた前魔王軍の将軍との邂逅から、一夜明けて。俺と炎狼はアルネイとそのパーティーメンバーに連れられて、というか正しくは連行に近い形で、彼等のクランハウスがある上級区の一角を訪れていた。クランハウス用の土地はホルダにある四区画の全てに一定規模の敷地を用意されているが、その中でも上級区にクランハウスを構えられるのは、S級クランのみと定められているそうだ。本来俺と炎狼は上級区に入る許可を持たないのだが、クランメンバーと一緒であれば、特別に通行が可能になるのだと。


 リーエンのほぼ中心に位置する、神護国家セントロと、その首都であるホルダ。セントロはプレイヤーの化身である『無垢なる旅人』達が降り立つ国家であり、ホルダは最初の本拠地となる都市だ。当然ながら冒険者ギルドの規模は大きく、所属する冒険者達も登録されたクランの数も飛び抜けて多い。

 クランは大雑把に言うと冒険者達の集まりであり、構成員達の数に加え、彼等の冒険者ランクや知名度・貢献度に応じてランクが変動する。クランは十名程度の小規模のものから、最高では数百名に及ぶ構成員を抱える大型クランもあり、クランハウスと呼ばれる特別な本拠地を指定区域に構えることが可能だ。

 それ以外にも[雪上の轍]のように、クランには所属していなくても、固定のパーティーで業績を重ね、パーティーランクの指定を受けている冒険者達も居たりするが、クランハウスを持つことは出来ない。


 昨日。瀕死の状態から回復を遂げ、美しい所作で俺と炎狼に謝意を伝えた『爺』は、「この御恩はいずれ必ず」と言葉を残し、ロキと連れ立って煙のように消えてしまった。俺と炎狼は「いい人(?)助けしたなぁ」と満悦に浸って終わっていたのだが、ハロエリスの面々にとっては、そうもいかなかったみたいだ。

 救援に駆けつけてくれたお礼を丁寧に述べて、本来の目的も果たしていることだしさぁ商人ギルドに向かうぞ、と踵を返そうとした俺と炎狼の襟首をガッと掴んだのは、大きな盾を構えて俺達を護ってくれていたフルプレートの騎士だった。


「ごめんね。でもさすがに、君達をこのまま放置はできないんだ……アルネイ様」

「あぁ。今、ギルド長に連絡を取っている。とりあえず、一旦ハロエリスうちのクランハウスに連れて行こう」

「マジかよ……」


 騎士とアルネイの会話に大斧を背負った前衛職っぽい冒険者が渋面を作っているが、何だと言うのだろう。襟首をつかまれたまま顔を見合わせた俺と炎狼が首を捻っている内に、ふわりと爪先が宙に浮く。魔族との邂逅中に俺が背負ったバックパックの中に退避していたミケが顔を出し、フーフー言いながら鎧に覆われた騎士の腕をカシカシと爪で攻撃してくれているが、残念ながら何の効果もないようだ。


「うおっ!?」

「わわ……!」

「ウミャア!」


 仔猫よろしく軽々と抱え上げられた上に肩に担がれて、さすがにジタバタとしてしまう俺達を連れたハロエリスの面々は、苦笑するアルネイに先導されつつ、魔導士が作ったワープポータルの中に足を踏み入れる。そして視界が暗転したかと思うと、次の瞬間には、石畳の床に描かれた魔法陣の中に降り立っていた。


「おかえりなさい、アルネイ様。みんなも、怪我はなかったかしら……ってあら、お客様?」


 優しい笑顔で一行を出迎えてくれたローブ姿の女性が、騎士に担がれたままの俺と炎狼を見つけて驚いた表情をしている。


「招かれざる、かもしれないけどな」

「ブルッグ。そんな言い方をするもんじゃない」

「……フン」


 アルネイに窘められ、斧を背負った冒険者は小さく鼻を鳴らし、さっさと先に行ってしまった。魔法陣を出た所でようやく両肩から降ろして貰えた俺と炎狼は、そのまま来賓室と思しき部屋に入れられて、そこで暫く待機しておくように言いつけられる。


「ここで寛いでおいてくれ。私達は君達の処遇について、少しばかり話し合いをしないといけない」

「置いてある軽食とか、好きに食べていいからね」


 そんなことを言って部屋を出て行ったアルネイと騎士だったが、俺と炎狼が残された部屋の扉にガチャリと施錠の音がしたあたり、やや不穏な雰囲気だ。試しにインターフェイスからインベントリを開いて入れっぱなしの帰還石が使えるかどうか確かめてみたが、その表示は灰色に暗転している。ハヌ棟のような本拠地と違って、クランハウスの中で帰還石は使えない仕様らしい。多分、盗難防止とかにもなっているんだろうな。


「……何だろうな、処遇って」

「うーん。魔族関連は、それなりにセンシティブな問題なのかも」

「確かに」


 良く判らないが、何もしないでいては解決にならない。俺と炎狼はフレンドリストを開き、それぞれの知人に現状について相談をしてみることにした。


『……という訳なんだけど、どう思う?』

『それは、困ったね。他のクランならまだダグラスに頼んで融通出来たりしたんだけど、よりにもよってハロエリスかぁ……』


 俺が相談を持ち掛けたのは、いつの間にかオンラインになっていた[雪上の轍]のビーストテイマー、ハルだ。相棒のシグマと一緒に簡単な依頼任務をこなして、丁度ホルダに戻ってきていた所だったらしい。

 ハル曰く、やはり魔族関連については、問題になることが多いそうだ。標的として狙われた場合も当然ながら大変だが、珍しくも魔族に気に入られ場合は、もっと大事になる。


『魔族は、執着心が強いからね。一度自分の敵だと認定したら、何処までも仇敵とみなして追いかける。そしてそれは、その逆も然りなんだ』


 過去に、怪我をして庭に迷い込んだ魔族の子供を貴族の娘が見つけ、自室に匿い手当てをしてやったことがあった。無事に回復して国に戻ろうとしたところを家人に見つかり、魔族の子供は何とかそのまま逃げることが出来たが、貴族の娘は魔族を憎んでいた両親から強い叱責を受け、こんな娘は我が子とも思わぬと罵られ、地下牢に幽閉されてしまった。

 それを知った魔族の子供は、自分の親と共に娘を地下牢から救い出し、この娘のなら関係ないなと笑って、両親と家人を屋敷ごと燃やし尽くした。


『シオンとその友人は魔王児ロキと飛蛮将軍に気に入られたみたいだし、万が一だけど、魔族の国に連れていかれる可能性もある。だから、第一の目的は君達の【保護】。そして第二の目的は……【監視】かな』

『あーー、やっぱりそっちも目的に入るかぁ』

『入るねぇ。シオンも判ってたでしょ』

『まぁ、なんとなくは』


 リーエンの住人である彼等にとって、俺達『無垢なる旅人』は異邦人だ。神託で共に歩めとは言われていても、全ての異邦人と等しく歩めるとは限らない。中には、魔族側に裏切る者が居るかもしれない。神墜教団に与する者も出てくるかもしれない。

 そんな【芽】を事前に摘むようにするのも、この世界では有効なやり方なんだろうな。それをわざわざS級クランが担わなくてもなぁ、とは思うけど。


『とりあえず、僕達の方からも冒険者ギルドに働きかけはしておくよ。ただ、ハロエリスのクランマスターであるアルネイ様は、代々ホルダの首長を務める一族の跡継ぎの方なんだ』


 あぁ、名前に【ホルダ】が入ってたもんね。


『冒険者ギルドのギルドマスターも信を置いている人だ。無理に何か行動するよりも、相手の話に合わせて過ごしてみたほうが早い』


 確かに、ここで何かしら行動を起こして、ホルダの冒険者ギルドやS級クランに目をつけられても損しか無いよな。

 俺はハルに礼を言ってから一旦チャットのタブを閉じ、誰かと通信している炎狼の方に視線を向ける。炎狼は軽く耳に手を当てたまま閉じていた目を開き、何故か俺に手招きをしてみせた。同時に軽い通知音がして、インターフェイスの通信タブが緑色に点滅する。


【[炎狼]さんと[眠兎ミント]さんがあなたをグループチャットに招待しています。チャットに参加しますか?】【Yes/No】


 続いて浮かんで来た選択肢に、俺は迷わず【Yes】を選ぶ。どうやら炎狼は、プレイヤー創設のクランである[黎明アウロラ]のクランマスター、眠兎に連絡を取っていたらしい。


『[シオン]さんがチャットに参加しました』

『お、来たなシオン』

『お久しぶりですね、シオンさん』

『眠兎、久しぶり。スタンピード以来だっけ?』

『えぇ。お二人をクランハウスに招待するとこちらから申し出ていましたのに、なかなか機会に恵まれずにいました、すみません』

『気にしてないから大丈夫だよ。こっちもうっかり、黎明のクランハウスに行く前にこんなトコ来ちゃってるし』

『えぇ、僕も今しがた炎狼から話を聞いて驚いているところです。相手がハロエリスとなると、あまり疑惑を持たれる行動は慎んだ方が吉でしょうね』


 眠兎もハルと同じように、ハロエリスとは事を荒立てない方向で解決を目指した方が良いとの意見みたいだ。


『僕の予想では、多分お二人は、ハロエリスに勧誘を受けます。恐らく、それは半ば強制的です。所属する期間は設けられるかもしれませんが、『無垢なる旅人』である僕達を暫くの間確実な監視下に置きたいと考えたら、それが一番手っ取り早い』

『え、やだなぁ』

『俺も嫌だ』


 面白そうではあるが、いくら何でも、いきなりS級クランとかに加入したくない。


『ご不満は判りますが、相手を刺激しない為にも、ここは従った方が良い。……でもどうせなら、引っ掻き回して来たらどうですか?』


 それから眠兎は、俺と炎狼にあるをしてくれた。

 顔の見えないチャットでのやり取りではあったが、通信を切った後は、画面の向こう側でニヤリと人の悪い笑顔を浮かべる眠兎の表情が自然と脳裏に浮かぶ。


「シオン……やってみるか?」


 炎狼の問いかけに、俺は軽く頷き返す。


「あぁ、折角眠兎が出してくれた案だ。それに、疑われて軟禁されただけじゃ、つまらない」

「そうだな。俺も乗った」


 俺と炎狼は拳を軽くぶつけて、アルネイ達が戻ってくるのを待つことにした。

 そして程なく来賓室に戻ってきたアルネイから、俺達の身辺保護目的で暫くの間『ハロエリス』に加入して欲しいと頼まれた時には、二人して「S級クランに入れるなんて」と大袈裟に喜んで見せた。

 そんな俺達の様子を目にして嫌悪感を露わにして見せたのは、アルネイにブルッグと呼ばれていた前衛職の青年と、ハロエリスに所属する他の冒険者達だ。


「おい……調子に乗るなよ。『無垢なる旅人』だからって、これは特例中の特例だ。俺達の『ハロエリス』には、通常は最低でも冒険者ランクAにならないと、加入申請すら出せない決まりなんだ」

「止めないか。これは冒険者ギルドのマスターとも協議して決まったことだ」

「だけどアルネイ様、何故俺達だけが、こんな危険因子を抱える必要がある? こいつらも冒険者だ。冒険者ギルドが面倒をみるべき事柄だろう」

「私達だってホルダに所属するクランの一つだ。その中でも、S級の誉れを頂いている以上、他のクランよりも様々な事案を請け負うのは責務だと考えている」


 淡々と諭すアルネイに向って、それじゃあとブルッグは声を大きくする。


「ならばせめて、期限を設けてくれ。保護だか監視だか知らないが、一月もあれば結果が出るのに充分だろう。それが終わったら、この二人は『ハロエリス』から籍を抜かせる。それを条件にしてくれるなら、俺は一応納得する」


 ブルッグの出した条件に、彼の周りに集っていた他の冒険者達からも次々と賛同の声が上がった。なるほど、ランクA以上の冒険者達しか居ないというクランを束ねるのも、それなりに大変なのだろうな。アルネイは溜め息をつき、俺と炎狼に「それでいいだろうか」と尋ねてくる。


 俺と炎狼は顔を見合わせ、心の中ではガッツポーズを取りつつ、殊勝に頷いてみせたのだった。

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