第58話 スタンピード(4)

「……なるほど、炎狼が気に入るわけですね」


 首を捻る俺を他所に、最初に硬直から回復したのは眠兎だった。彼はローブの裾を手の甲で払い、俺と視線を合わせて微笑む。


「スタンピードのイベントが無事に終わりましたら、近いうちに、炎狼も交えてお話しなどの機会を持ちませんか。クランハウスの見学なんてどうでしょう」


 なんだか絶妙にクランに誘われそうな気配がするので、俺は無難に「見学だけなら」と答えておく。


「攻撃のパターンとディレータイム、加えて起動モーションが判っているなら、こちらの兵力でも充分に対応が出来ます。一撃必殺の火力は残念ながら僕達にはありませんが、被害を出さないことは可能です。頑張りましょう」


 眠兎は結界の維持に必要な魔術士の数を確認し、残りの魔術士と弓の得意なプレイヤーを揃えた。炎狼から誘導を引き継いだ榊とカラスの二人と連携を取りつつ、五色の雲を布陣の近くまでおびき寄せる。

 遠距離戦となると、格闘家である俺の出番はあまり無い。

 俺はミケを肩に乗せ、邪魔にならないように、後方部隊が詰めている天幕の下に行くことにする。ちょうど、他のプレイヤーに支えられ、限界まで雲を引き付けながら走り回っていた炎狼も天幕の中に入ってきた。


「炎狼!」

「シオン、無事だったか」

「こっちの台詞だよ」


 俺は炎狼に駆け寄り、満身創痍の状態でも笑顔を浮かべてくれた炎狼と軽く拳を合わせる。


「上手く誘導できたみたいだな」

「うん。正門の方はどうなってるんだろう」

「あちらには高位の冒険者達が揃っている。よほどのことが無い限り、大事には至っていないさ」

「まぁ、そうだけどね」


 結界の外では誘導されてきた雲の攻撃パターンに合わせて魔術士達が打ち消しの術を放ち、沈黙した隙に弓矢を撃つというルーティンが繰り返されている。派手な討伐方法とは言えないが、堅実な倒し方は悪くないと思う。

 更に攻撃が繰り返されていくうちに、[雲]の中心にある丸い機械の存在が次第に露わになってきた。


「おぉ? 何だあれは」


 応急手当を受けつつも結界の外に視線をむけていた炎狼が、興奮した声を上げる。

 俺もつられて天幕の外を伺うと、ぷかぷかと宙に浮いていた雲はその外殻であった五色の雲を全て削り取られ、球体に象られた拳サイズの機械の本体を晒していた。


「炎狼」


 俺は天幕の下から身を乗り出してそれを観察しようとする炎狼の肩を掴み、アバターの姿が天幕の覆いから出ないように、自分と一緒に少し後方に移動させる。


「あまり、前に出ない方が良い」

「……何故だ?」

「あれはだ。多分……スタンピードの原因と違う」


 スタンピードは、ダンジョンから溢れ出たモンスターが、近くの村や都市を襲う災厄のことを言う。村や都市が襲われるから被害が出るのであって、人々を恐怖に陥れようなどと言う魂胆をモンスターが抱いている訳ではない。ほぼ、本能で動いているだけだ。

 しかしあの[雲]は、それとは目的が完全に異なっている。

 あの[雲]が狙っていたのは、ホルダの都市機能不全と混乱。そして日々を暮らす人々の命だ。

 恐らくあの機械は試作品だろう。そして試作品であるならば、それを【監視】するシステムが何処かにある。そんな監視システムが働くのは、だいたい『緊急時』と相場が決まっている。

 つまりは、外殻を削り取られた、現状。

 雲が何かしらのデータをに送るならば、まさに今だろう。あのベロさんとニアさんを追いかけていた機械のように、映像送信用のカメラを備えている可能性は充分にある。


「いざこざには、巻きこまれない方が吉だ」


 上位ランクになれば別かもしれないが、俺達はまだ駆け出しも良いところ。国家レベルの権力抗争に巻き込まれでもしたら、下手に身動きが取れなくなる。


「成るほど。君子危うきに近寄らず、だな」

「そういうこと」


 そうこうしているうちに、眠兎の放った魔術言語の一撃で、遂に[雲]の中心にあった球体の機械が破壊された。黒く燃えつき、石畳の上に落下してぐしゃりとへしゃげた機械を囲んだ[黎明]の面々から、勝ち鬨の声が上がる。


「冒険者ギルドの援助を待たずに勝てちゃったな」

「さすがは眠兎の率いるクランだ」


 俺と炎狼は、天幕の下から揃って拍手を送る。

 ちなみに俺は観察だけしていて殆ど攻撃は受けてないものだから、今回の[雲]討伐に対する報酬は何も入っていない。炎狼の方には討伐報酬を山分けにした懸賞金に加え、FAの【勇気ある一撃】と【屋根の上の走者ランナー・オン・ザ・ルーフ】というちょっと笑える称号まで付与されていた。

 炎狼の称号を見ているうちに、今度は正門のある遠くの方角から大きな歓声が聞こえてくる。同時に撃ち鳴らされる、祝砲の音。どうやら、スタンピード対策側も勝利を収めたみたいだ。

 そして俺達プレイヤーのインターフェイスには、お馴染みの通知音とワールドアナウンスが、字幕混じりで現れる。


[第一次冒険者ランク解放クエスト:『ソクティのスタンピード』が終了致しました。スタンピード開始前に各地方の冒険者ギルド及び商人ギルドで受けられました緊急クエストを完了しているプレイヤーは、冒険者ランクをCまで上げることが可能となりました。また、本日よりレベル50より受託可能な上位転職クエスト『更なる高みへ』が配信されています。加えて、プレイヤーのレベル上限キャップは80までに解放されました。たくさんの『無垢なる旅人』の皆様の活躍をお待ち申し上げております]


 何とも素早い対応だ。リーエン=オンラインの運営も、俺達の戦いをちゃんと見守っていたと見える。そして上位職とレベルキャップの解放か。また、楽しくなりそうだな。


「みなさん、お疲れ様でした。お疲れのところ申し訳ないですが、再度全体的な被害状況の把握とNPCの安全確認をお願い致します。副マスター達は今後の対応と反省点を軽く話し合いましょう」

「りょーかい」

「クランハウスで良いかな?」


 通知の確認を終えたC級クラン[黎明]のメンバー達が、天幕や布陣の後始末を手際良く片付けてくれる。

 俺と炎狼は冒険者ギルドと正門の被害具合が気になり、最後に眠兎に挨拶してから、今はその場を去ることにした。

 今度是非クランハウスに見学に来てくださいね、と笑う眠兎からフレンド登録を頼まれ、俺も了承してフレンドコードを交換させてもらうことにする。


「スタンピードが終わっちゃったかぁ」

「ボスに何が出てくるのか、少し楽しみだったんだけどな」


 ダンジョン産のモンスターは素材の質が良好なので、各種のクラフトに役立つと聞く。暫くは、生産職も仕事が忙しくなるだろう。

 何はともあれ、大きな被害が出て居なさそうで良かった。何のボスが出てきたかは、後から[雪上の轍]にでも教えてもらおう。

 黎明の面々と別れた後に、俺と炎狼の足は自然と、街の中心に向かう。


「じゃあ、とりあえずは冒険者ギルドに行ってみるか?」

「それより先にさ、キダス教会に行ってもいいかな」


 肩の上に乗っているミケを撫でつつ炎狼に事情を説明すると、炎狼はあっさり俺の提案に肯いてくれた。

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