第122話 マーリン

「マーリン・レイトは、アルネイ様と共にクラン[ハロエリス]を立ち上げた創設メンバーの一人で、リーエンの全土で三人しかいない【賢者】の称号を持つ魔導士だよ」


 首を捻る俺と炎狼の疑問に答える形で、ブライトがそう教えてくれた。三人しかいない賢者のうちの一人とか、なんだか明らかにメインストーリーとかに絡んできそうだよな。でも、俺と炎狼が[ハロエリス]に滞在してる間には、それらしき人物に会うことはなかったんだけど。


「マーリンはつい先日まで、古文書解読でノスフェルの魔法協会に出向していたって聞くから、君達とは入れ違いになったのかもしれないね」

「そうなんですか」

「身分そのものはそう高くないが、マーリンはセントロの治世に大きな影響力を持っている。敵に回すと厄介すぎる相手だよ」

「なんでまた、そんな大物が口を出してくるんだ?」


 炎狼が口にした疑問は、俺の疑問でもある。その影響力の大きいマーリンさんが、いくら[無垢なる旅人]とは言え、低ランクの冒険者にすぎない俺達に拘わる必要なんてないだろうに。


「マーリンは、アルネイ様に弱いからな。クランメンバーにせっつかれたアルネイ様が困っているから、勝手に動いているんだろう」


 意外と、単純な理由だった。


「……同じクランメンバーだから、仲が良いとか?」

「そんなレベルじゃない。マーリンはエルフ族出身で、同じエルフ族であるアルネイ様の教育係を務めた魔導士だ。彼にとって、アルネイ様は息子みたいなものだよ」

「それにアルネイ様ご自身、将来ホルダの首長になると定められている方ですし、現国王陛下の知己でもあります」


 わお、めちゃくちゃVIP。


「ハロエリスは、ホルダに所属するクランの中で頂点に存在しているクランだ。曲者ぞろいだが、高ランクの冒険者達が揃っているのは間違いない。ハロエリスに所属することは、確かに、冒険者としては誉とも言える。……だが、彼らがに求めているものは、違うだろう」

「あぁ、確かに」

「違うだろうねえ」


 俺と炎狼はぼやいてしまう。滞在中の一か月間、ハロエリスの中を引っ掻き回す目的で『生活環境の改善』を提供した俺達に再び戻ってきてもらいたいと言い出すのならば、求められているものは当然、その『快適さ』だろう。冒険者としての資質を買われた訳ではないのだ。


「炎狼くんの方は、幸いながら、既に上級職への転職が済んでいる。師匠はハロエリスのカンナだと聞いているが、彼女は剣闘士グラディアトルとしての矜持が高い女性だ。クランの意向など意に介さず、弟子である君の意見を尊重してくれるはずだから、心配はいらない。――問題は、シオンくんの方だ」

「俺ですか」


 思わず自分を指さした俺に、ブライトとダグラスが同時に頷く。


「格闘家には拳闘士ストライカー僧兵モンク蹴撃士ムエシャムの三つが前衛上級職として控えている。SランクやAランクに到達している冒険者も居るが、戦士系の前衛職と比べたら、人口がそこまで多くないんだよ」

「格闘家系列の前衛は、高ランクになればなるほど、潜在的なセンスが物を言うからな。武器や装備で補えない部分が多いんだ」

「一度は格闘家の上級職を目指しても、結局戦士からやり直す冒険者もいるぐらいだからね」


 ふむふむ。


「ここまで説明したらなんとなく想像がついたかもしれないが、ホルダの冒険者ギルドに登録されているSランク・Aランクの格闘家系列上級職の冒険者は、[ハロエリス]所属が一番多い」

「しかもどうやら、他のクランに所属している格闘家系列の冒険者達に対して、マーリンが根回しをしているみたいなんだ。シオンくんの師匠が、ハロエリスに所属している冒険者の中から選ばれるよう、誘導するつもりなんだろう」

「えーー……それは勘弁かな」


 選択肢の少なさを、逆手に取られた訳か。ホルダの中で[ハロエリス]はS級、一番の大手クランだ。実際に所属していなくても、同じホルダという地域に属している上で、その影響は避けられない。


「クランってやつは、そこら辺が厄介だ。ホームとして頼りに出来るのは間違いないが、目当ての冒険者を手に入れる為に、姑息な手段を使ってくる相手も多い」

「……そうだね」


 吐き捨てるように呟くダグラスの肩を、ハルがポンポンと叩いて宥めている。そういえば[雪上の轍]の面々も、クランには入っていないんだよな。だからこそ、本拠地が宿屋の[灯火亭]になっている訳だし。もしかしたらダグラス達も、クラン関係で、何か嫌な目に遭ったことがあるのかもしれない。


「情けない話だが、冒険者ギルド側としても、[ハロエリス]にはある程度の優遇を許さざるを得ない。緊急時の対応や魔獣討伐、各種の素材納品など、あらゆる点でホルダに大きく貢献してくれているクランだからね。そんな彼らがシオンくんをクランに勧誘しようとしている。シオンくんにとっては迷惑でも、こちら側から勧誘そのものを阻止する術がない」

「まぁ、しがらみって奴がありますからねぇ」


 現実世界でもリーエンの世界でも、何かと良くある話の一つだろう。


「残念ながら、シオンくんの言う通りだ。でも、冒険者ギルド側が、[無垢なる旅人]である君が意に沿わない形でハロエリスに加入することを、良しと思っているわけではない。だから多少、荒っぽい手段を取らせてもらった」

「あぁ、成るほど」


 俺はポン、と掌を打つ。

 今回、俺が受けるペナルティの【ホルダの冒険者ギルドから追放】が、そこに繋がってくるわけだ。


「ホルダの冒険者ギルドから【追放】されてしまえば、ホルダを拠点としている[ハロエリス]に俺が加入することは、困難になりますよね?」

「そうだ。確かに中央であるホルダの冒険者ギルドに籍を置いておけば、発注されるクエストの多さと、情報の入りが早いという点では有益だろう。しかし、セントロ国内の他の街にある冒険者ギルドにも、それぞれの良さがある。それに他国も[無垢なる旅人]達を受け入れる態勢が整ってきているから、セントロに限らず、他の国に所属することだって可能だ」


 他の国か。それはそれで、面白いかも。

 今のところ、イーシェナとサウザラには行ったことがあるけれど、ウェブハ方面に行った時は結局、テリビン砂漠の中にある国境を越えずに戻ってきてしまった。東と南の国も、ほぼトンボ返りしたみたいなものだしな。

 うーん……でもせっかくだから、移動するなら、最後のノスフェルに行ってみたい気もするな。


「シオンくんが腰を据える場所が決まったら、私に連絡をしてほしい。ギルドマスターの名前で、推薦状を出させてもらうからね」

「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」

「なんの、こちらの不手際ゆえの話だ。確かに【追放】の聞こえは悪いが、移動先で不利益を被ったりしないように、出来る限り手を尽くすつもりだよ」


 穏やかに微笑んでくれたブライトに頭を下げた俺達は、一旦冒険者ギルドを出て、[雪上の轍]が本拠地にしている[灯火亭]に集まることにした。

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