第121話 地下フロア

 藤太と別れた俺達は、それぞれの帰還石を握りしめて、一度ホルダに戻ることになった。一瞬の暗転の後、軽く背中を押されるような心地と共に目を開けば、そこはホルダの中心である『華宴の広場』近くに設置されたホルダ聖門の前だ。立ち止まっていたら後続の利用者とぶつかるので、門を通り過ぎたらすぐに前に進むのが聖門を使った後の鉄則だ。

 きょろきょろとあたりを見回すと、リリから一緒に帰ってきた面々が少し先に進んだ場所で屯している。俺が小走りに駆けつけたところで、全員が揃った様子。


「よし、みんな揃ったな。まずは冒険者ギルドに行くぞ。ダグラスとハルが待ってる」


 早速ダグラス達と連絡を取ったらしいベオウルフが、片耳に当てていた手を軽く振って俺達を促す。ダグラスとハル、二人ともホルダの冒険者ギルドに先行して行ったけれど……結構怒ってたよなぁ、特にダグラス。ギルドマスター、生きてるか?

 華宴の広場から冒険者ギルドまでは、そんなに距離が無い。数分で到着したギルドのロビーに入ると、俺達一行を目にとめたギルドの職員がすぐに近づいてきた。あ、なんか見覚えある美人だ。


「カタリナ」


 ベオウルフが呼んだ名前に、俺は内心で「そうだ」と思い出す。確か、『カラ』で精霊石を売りに来た時に、ギルドマスターと一緒に応対してくれた職員だ。彼女はベオウルフが差し出した手に自分の手を重ね、自然な仕草で大柄な彼の頬に軽くキスをする。――おおっと?


「お帰りなさい、あなた。[雪上の轍]の皆さん、ユージェン様とアクア様、そして炎狼様とシオン様――でしたね? 皆さま、お怪我がなくて、何よりです」


 俺と炎狼のちょっとソワソワした視線に気づいたベオウルフは、苦笑しながら「俺のかみさんだよ」とカタリナの肩を抱いて紹介してくれた。あらま、羨ましい。

 ベオウルフに肩を抱かれたままのカタリナから「こちらにどうぞ」と促され、俺達はロビーの端っこにある階段の方に移動する。

 連れ立って歩く夫婦の後を追いかける最中、女性陣達が嬉々として、俺と炎狼に二人の馴れ初めを伝達してくれた。


「カタリナちゃんは良家のお嬢さんでぇ、ホルダのギルド職員の中でもぉ、『高嶺の花』でとっても人気の美人さんだったのですよ!」

「フフッ。一目ぼれしたベオウルフが、三年かけて必死に口説き落としたのよね」

「カタリナの、ご両親を納得させるために、レンデルドラゴンを倒してきた話、有名……」

「「ほうほう」」

「お前達、聞かれてもいないのに、新人ルーキー達に何の情報を与えてるんだ……」


 呆れた表情になるベオウルフの隣でクスクス微笑んでいたカタリナは、ロビーの片隅に着くと階下に向かう階段を塞いでいたポールパーテーションを外した。どうやら、地下のフロアで話をするみたいだ。確かこの先って、一般の冒険者は立ち入り禁止とかの場所じゃなかったっけ。『カラ』で来た時も、地下じゃなくて、ロビーの奥にある応接室で応対してもらった覚えがある。


「この先は、ギルド職員専用フロアです。古代技術を応用した高度な阻害魔法が使われていて、遠隔魔法で地下のフロアで交わされる会話を聞いたり、映像を盗み見たりすることができないようになっています」

「へぇ」

「凄いね」


 素直に感心する炎狼と俺を伴った一行は、カタリナに導かれて階段を降り、長い廊下を歩いた先の大きな観音開きの扉に立つ。ドアを軽くノックしたカタリナが、部屋の中に声をかける。


「ギルドマスター。お客様達をお連れしました」

「あぁ、待っていたよ。通してくれ」


 シオンでは初対面となる、ギルドマスターの声。入室の許可を得て俺達が部屋の中に入ると、対面に置かれたソファの一つにダグラスとハルが、その間に置かれた一人用のソファにギルドマスターのブライトが腰掛けていた。


『ミケちゃん』

『シグマおねーさん!』


 ダグラスとハルが座っているソファの後ろで大きく身体を伸ばして座っていたシグマの所に、俺の肩から飛び降りたミケがテテッと駆けていく。俺達が挨拶をしようとする前に、ブライトはそれを片手で制して立ち上がり、先に深々と頭を下げて来た。


「みんな、よく来てくれた。[雪上の轍]の面々。ユージェンとアクア。君達の功績は、十分に理解している。――そして、[無垢なる旅人]の冒険者、炎狼とシオン。二人には、迷惑をかける事態となってしまった。特にシオンには……ギルドを代表して、深く謝罪させてほしい」


 どうやら、やっぱり何かしらの事情があるみたいだ。

 顔を見合わせた俺と炎狼は、ブライトに促され、他のパーティメンバー達と一緒に空いたソファに腰掛ける。


「今回。シオンの受けるペナルティが【追放】となってしまったことについては、あるクランが関係している。君達も知っている……炎狼とシオンが一時期所属していた、S級クラン『ハロエリス』だ」

「あぁ、アルネイさんところの」

「確かに暫くお世話……というか多分監視? 目的でご厄介になっていましたけど、相手がS級クランでしたし、その後は『ハロエリスには関与しない』って誓約を交わしてます」


 まぁ、相手を引っ掻き回すための手段だったんだけど。

 首を傾げて見せると、ブライトは大きな溜め息をついた。


「……君達、あのクランの居心地をわざと『良く』したね?」


 おおっと、さすがに見抜かれていたか。

 俺と炎狼の二人は、ハロエリスに滞在している間に、クランハウスの環境をとことん改善しまくった。おかげで、今度は俺達が居なくなったことでその反動が激しいらしい。俺達的には、嫌がらせ大成功と言ったところ。


「クランメンバー達が、君達二人を『ハロエリス』に戻したいと躍起になっているらしい」

「え、やだなぁ」

「俺もお断りですね」


 俺も炎狼も、ガッチガチの攻略組でもないし、リーエンの世界を楽しみながら成長したいと思っている方だ。その上俺には、最終目標がある。さすがに大手のクランに所属しながらの【大虐殺】は、色々と厳しいだろう。

 二人そろって大きく首を振り、ブライトの言葉に「ノーサンキュー」を意思表示していたのだが。


「……『マーリン』が動いている」


 それまで黙っていたダグラスがぼそりと呟いた言葉に、俺と炎狼以外のパーティメンバー達が、露骨に苦虫を噛み潰したような表情になった。


「……マーリン?」


 誰だ、それ。

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