第120話 リーエンの食料事情

 リリの大通りで芋スイーツの屋台を出していた藤太トウタは、[無垢なる旅人]、つまりは俺達と同じプレイヤーだった。テーブルの上に並べられたスイーツにフラフラと引き寄せられた俺と炎狼に声をかけてくれた藤太は、初日にプレイを始めた俺達より二か月ほど後にリーエンオンラインを始めたそうだ。スイーツの屋台なんて出していたから料理人とかクラフト系の職業についてるのかなと思ったら、普通に戦士だった。炎狼と藤太曰く、上級職の『シェフ』は戦士から派生するらしい。謎すぎる。


「それにしても珍しいよな、その姿」


 新たに藤太がサーヴしてくれたりんごと芋のタルトタタンを齧りながら、炎狼が藤太の腹からはみ出てボトムの上に乗っている柔らかい肉をつんつんと突く。くすぐったいと笑う藤太の身体は、かなりふっくらとしている。いわゆる、ぽっちゃり系だ。


「この世界に来る時に、あえてそのスタイルを選んだってことだよな?」


 周りにリーエンの住人であるパーティメンバー達がいるから、俺はあえて、神託に近い言葉で藤太に問いかける。アバターメイキングとか言われても分かりにくいだろうしな。まぁ、元々[無垢なる旅人]が他の世界から来ているってのは、住人達にも理解されている話だけど。

 リーエンオンラインでは、最初にメイキングしたアバターを変更するシステムはまだ実装されていない。サブキャラも作れない仕様なのだから、最初のアバターメイキングでは、それなりに納得が行く整った外見を選ぶのが普通だと思うんだけど。


「フフ、みんなから言われるんだけどね。実はちゃんとした理由があるんだよ」

「そうなの?」

「俺はみんなより少し遅れてゲームを始めたから情報を手に入れられたんだけど……二人とも、時間が経過するとお腹が減るだろう?」

「減るな」

「空腹になるよね」


 リーエンオンラインはフルダイヴ型のVRMMOなので、バイタルサインに何かしらの異常を感知した端末が緊急アラートを鳴らさない限りは、現実リアルの五感はリーエンの世界にコンバートされてしまっている。だから腹も減るし、喉も乾く。戦闘モードでの痛覚は流石にコントロールされているけれど、日常の中ではちょっとした痛み程度ならそのままだ。家具の角に足の小指をぶつけたら普通に痛い。


「でね、実はある数値以上の脂肪をつけた体組成の身体で料理すると、作った【料理】のバフにボーナスがつくんだよ」

「え、マジで」

「シェフじゃなくても?」

「そうそう。多分[無垢なる旅人]特典の気もするけどね」


 リーエンの料理には、素材と調理方法の組み合わせで、バフを与えられるのは知られている。更に『シェフ』が作る料理になると、バフの効果や持続時間を高めたり、複雑なバフを与えられたりもするみたいだ。ちなみに一般家庭で作る料理には何の効果もないものが殆どだけれど、どの家庭でも作れる代表的な【お弁当】には、休憩時の疲労回復を高める効果がだいたい備わっている。

 それが「ふっくら体型」だけで効果を高められるとか、かなり有益な情報じゃないだろうか。ただ、戦闘に向かなくなってしまうのは間違いないだろうけど。


「でもそれだけじゃなくて、これは俺もリーエンで実際に活動するようになってから気づいたんだけど、俺がリーエン内で『栽培』した野菜は、通常より早く育つし、質も良くなる」

「わ、すごいじゃないか」

「それだけで商売できそうだよな」


 質が良い野菜や薬草などの素材は、一般家庭だけでなく、薬を作る錬金術師達にも重宝されるはずだ。感心する俺達に「そうなんだけどね」と笑った藤太の話では、彼はもともと色んなVRMMOではクラフトを楽しむことが多く、今回も味覚の再現が素晴らしいと噂されていたリーエン=オンラインでは、最初から『シェフ』になる気満々でゲームを始めたそうだ。

 しかし実際にゲームを始めて、まずはどんな料理があるのかと各地を回ってみれば、各国の食糧事情が何となく掴めてくる。


「セントロはね、さすがにリーエンの中心にあるだけあって、色んなものが集まる流通路が発達しているし、農家に対する支援も手厚い。イーシェナは米栽培と、漁業が盛んだね。でもウェブハは砂漠が多くて、農業に向いていない。ノスフェルも寒冷地が多くて、同様だよ。そして一番農業に向いてるはずのサウザラなんだけど、困ったことに、農耕技術がかなり低いんだ」


 今回旱魃に見舞われたサウザラだが、本来は緑と水に恵まれた国だ。それこそ、作物は『放っておいても育つ』環境だった弊害で、効率的な農業を行うノウハウがあまり普及していないらしい。


「だから、今回の旱魃では色んな所にダメージが出てる。特に、首都のリリから離れた位置にある小さな村とかは、壊滅的だよ」

「あー、俺達も見て来たなぁ」

「確かに、酷い状況だった」


 エヌとコナーの村を思い出した俺達は、藤太の言葉に揃って頷く。


「だから、俺は自分のレベル上げとか、上級職への転職とかは一旦置いといて、まずはサウザラの食糧難から解消したいと思ってるんだ。で、手始めに、育てやすい芋の種芋を色々仕入れてきて、栽培して増やして、料理して売って資金を作って……のルーティン中」

「えー……藤太、めっちゃ偉いじゃん」

「一番現実的にリーエンを救う為の活動してるよな」


 手放しで褒められた藤太は、ちょっと照れくさそうに頭を掻く。


「まぁ、でも『シェフ』になりたい気持ちは変わらないからね。落ち着いたら、ちゃんと戦士としてのレベリングもして、転職を目指したいよ」

「その時は呼んでくれよ、レベル上げとか、転職準備とか手伝う」

「俺も俺も!」


 俺と炎狼が揃って藤太とフレンド登録をしたところで、俺達を探していた冒険者ギルドの職員が駆けつけて、ホルダの冒険者ギルドからの伝達を伝えてくれた。

 まずは一旦、ホルダに戻ってこいって話みたいだ。

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