第30話 情報収集
歩き続けること数時間。
辿り着いたニカラグは、ツイ山脈の麓にある鉱山の町だった。メインの大通りにずらりと並ぶ鍛治師の店と、彼方此方から響いてくる、槌が金属を打つ音。通りには俺と同じようにイーシェナに伝令に向かう冒険者達と思しき姿もあれば、明らかに高ランクの冒険者っぽい集団も居る。なかなかに活気のある町だ。
「ニャア」
「そうだな、まずは宿を取って、それから腹ごしらえしようか」
ミンスでは満室で止まれなかった宿も、今日は間に合う可能性が高い。本当はもうちょっと裏通りとかをウロウロして安い宿屋を探索したいところだけど、今回は先を急ぐ用事もあることだし、一般的なところを見つけて部屋を取ろう。
最初に目についた宿屋に入り、宿泊の意向を伝えると、あっさりと案内された。一応ミケのことも確認してみたが、特に問題はないとのこと。リーエンではペットや従魔を連れ歩く人が多いみたいだから、珍しくも無いんだろうな。
案内されたのはシングルの個室で、ベッドとサイドテーブル、それに椅子が一脚置いてあるだけのシンプルな間取りをしている。まぁ、どうせ夜に寝るだけだから、問題ない。ちなみに宿泊料金は、朝食付きで5銀ルキ。夕飯は外食、風呂は大浴場が用意されている。一般的なビジネスホテルみたいなものかな。
据え置きの椅子とサイドテーブルには、ハヌ棟の自室にあるみたいな学習能力向上の効果はないみたいだ。あれはひょっとしたら、机と椅子がセットになって家具として効果が出るタイプなのかもしれない。
簡単に部屋の中を確認した後で、俺はミケを連れて通りを散策してみることにした。パーティを組んでいるプレイヤー達はニカラグの町すら通過して、直でツイ山脈に挑んでいたりもするみたいだ。しかしいかんせん、俺は一人。ちゃんと情報を得てから登らないと、遭難とかでホルダに死に戻りしたら悲しすぎる。
「こういう時の情報収集って、食堂とか酒場って相場が決まってるよな」
そしてカウンターで飲んでるNPC冒険者に何杯か酒を奢って、情報を貰うまでがワンセットだ。そう判断した俺は、早速食堂と思しき場所に足を運ぶ。通りにまでシチューか何かの良い香りが漂ってくる平屋の建物は入り口に大きな暖簾がかかっていて、いかにも『大衆食堂!』と言った雰囲気だ。
「おぉ、すごい熱気」
店に入ると同時に聞こえて来る威勢の良い声と、賑やかな喧騒。大きなテーブルが幾つも並び、長椅子に座った冒険者達が思い思いの食事を口にしては、楽しそうに語り合っている。うん、狙い通りに、食堂で間違いない。
テーブルの間をくるくると走り回っているエプロン姿の若い女性は、看板娘のウェイトレスさんと言ったところかな。店の奥では料理人が野菜を刻んだり、火にかけた大きな鍋を振るったりしている。ミケはちょっと驚いたみたいで、「フニ」と小さな声を漏らすとバックパックの上から俺の肩に移動して、首にゆるりと尻尾を巻いて擦り寄ってきた。んんっ、可愛い。
ミケの魅力に負けないうちに、俺はさっさと店の奥まで進み、空いたカウンターの席に座る。すぐに注文を取りに来てくれたウェイトレスにおすすめを訊ねると、「今ならノック鳥の香草焼きがおすすめですよ!」と微笑まれた。
「じゃあ、それを。定食に出来ますか」
「大丈夫です! ノック鳥の香草焼き定食一つ、カウンターさんにお願いしまーす!」
「あいよ!」
無事に注文を終えたところで、俺は隣のカウンター席で黙々と骨付き肉を頬張っていた冒険者に声を掛けてみることにした。もしかしたら彼もプレイヤーかもしれないけれど、何となく雰囲気が、リーエンの元からの住人っぽい。
「あの、すみません」
「……ん?」
ぐるりと俺の方を向いた顔は、骨付き肉を咥えたままだ。ワイルド。
「もしかして、冒険者の方ですか? 俺は駆け出しの冒険者なんですが、今からツイ山脈を越えないといけなくて」
「あぁ……モグモグ……
残りが少なくなった骨付き肉の皿を見下ろし切ない表情をする彼に何となく察した俺は手をあげ、カウンター越しに直接、骨付き肉を注文する。すぐに届けられた骨付き肉を皿に盛られたまま「良ければどうぞ」と差し出すと、彼は「わかってんじゃないか坊主」と呟き、上機嫌に鼻を鳴らしてくれた。
「お前もイーシェナに伝令か?」
「はい」
「成る程な、ツイ山脈を通り抜ける街道は、それ程危険のある道じゃない。朝から登れば、夕刻にはタバンサイ側に下れるだろう。だが、気をつけた方が良い。昨日から山に入る冒険者が異様に多いから、山の神がお怒りになっている」
「山の、神?」
「旧くからツイ山脈を護って下さっている、精霊のお一人だ。大人しく街道を通り抜けるだけだったり、必要な物を採集したり獣を狩ったりする分は、何の問題もないんだがな」
それが今回のクエストのせいで、昨日から大量の冒険者達が、騒がしく街道を通過している。しかもついでとばかりに山に入って獣を乱獲したり、見付けた素材となる花を根こそぎ摘んで行ったりと、目に余る行為が既に幾つか報告されているそうだ。
「国王から援助するようにと通達があった『無垢なる旅人達』のことだから俺達も強く忠告出来ないでいるんだが、あまり良い感情は持っていないな」
「そうなんですか……」
うーん……これって、かなり問題じゃないだろうか。リーエンは俺達にとってはMMORPGだが、そこに暮らしているNPC達にとってはリアルの世界。騒動や獲物の乱獲などの悪行は、直接『無垢なる旅人達』の評価につながってしまうと言える。どう考えても、良い状況じゃないだろう。
炎狼は俺より顔が広そうだし、後から相談もしてみようかな。
「『無垢なる旅人達』が、お前さんみたいに礼儀正しい奴等ばかりだったら、良かったのにな」
「はは、ありがとうございます」
俺は再び手を上げて、骨付き肉を更にもう一皿注文する。
すぐに運ばれて来た料理を有益な情報というより有益な忠告をくれた冒険者に押し付けると、彼は「さすがにもう入らねーよ」と笑いつつも、「またな」と俺の肩を叩いてから、骨付き肉の皿を抱えたまま席を移動してしまった。
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