第29話 ミケの変身
「ミーィ」
ベロさんとニアさんが飛び立った後に残された、光の粒。
それは基礎の上に敷設された安全地帯の上を輝きながら漂っていたのだけれど、次第にくるくると渦を巻いて集まったかと思うと、その中心に居たミケの上にまとまって降り注いでしまった。
「ミケ!?」
「ニャ……! ……にゃ!」
光のシャワーが生み出す眩しさに、反射的に瞼をぎゅっと閉じた俺が薄らと目を開いた、次の瞬間。
「ま、しゅたー!」
「えっ? ……グホッ!」
舌ったらずの言葉と同時に、俺の鳩尾を強打する、謎の物体。
衝撃にゲホゴホと咳き込み始めた俺に驚いたそれは慌てて俺の膝から降りると、丸めた背中を小さな掌で懸命に摩ってくれた。
「ゴホゴホ……ケフ、ン、ごめん。も、もう大丈夫、だよ」
「ますたぁ」
「コホッ……わ、わぁ……ケフ、ま、マジか」
なんとか呼吸を落ち着かせた俺だが、改めて直視してしまったそれには、驚愕を隠せない。
「……ミケ?」
「にゃい!」
俺が口にした名前に、嬉しそうに返される、元気の良いお返事。
問題は、その名前はいましがた俺が仔猫に与えてもらったばかりのものであって、俺の隣りでニコニコしている子供の名前では無い筈という認識だ。
「……ミケ」
「にゃあん」
確かめるように再度口にした俺の言葉に、大きな猫耳を頭に乗せた子供は猫の声色で応えを返し、俺の腕にすりすりと頭を擦り付け甘える仕草を見せる。
うっわーーーー! この子間違いなく、ミケだ。
「なん、でまた……人間(?)に……!?」
「みぃ?」
こてんと首を傾げる様子も、ミケのまんまだ。
俺の鳩尾を頭突きで強打した生き物は、三毛の大きな獣耳と長いふさふさした尻尾を生やした、三色の髪を持つ小さな子供だった。パッと見た感じは、小学校の低学年ぐらいだろうか。丸く大きな瞳は薄い青で、ちょうど朝の空みたいな色をしている。そして首には、俺がミケにつけてあげていた、木板の迷子札。
うーん……これもあの妖精さん達の仕業かな?
試しに[慧眼]を使ってみたけれど、懐いてくれているとは言え暫定ペットの為か、ミケのステータスは殆どが灰色で[???]と表示されていて、その内容を読み取ることができない。
「まちゅた!」
「……マスター?」
俺が自分を指差してみると、ミケは大きくコクコクと頷く。
マスター、かぁ。なんかそういう柄でもないんだけどな。
「ミケ、俺のことは『マスター』じゃなくて、カラ、でいいよ」
「かりゃちゃま」
「ありゃ、逆に言い難いか」
妖精さん達の正体も含めて判らないことが山積みだけど、考え込んでいても、多分今は答えが出ないだろう。
何はともあれ、まずは本来の目的であるイーシェナを目指さないと。
俺は焚き火を片付けてから、木立の間に設置していた[宿屋]を撤去する。
職業を切り替え、俺が[宿屋]から[格闘家]に戻ると、子供になっていたミケの姿も何故か仔猫に戻ってしまっていた。もしかしてミケのあの変身は、俺の作った宿屋の中でだけ有効だったりするのだろうか。次に宿屋を置いた時に、また試してみるかな。
「そういえばミケ、結局あんまり休憩とれなかったけれど、大丈夫か?」
「ニャン!」
「ふふ、平気みたいだな。じゃあ行こうか」
俺は再びミケをバックパックの上に乗せ、街道に戻ってニカラグに続く道を歩き始める。
暫く歩いているうちに、一晩をミンスで過ごした冒険者達や、後続の冒険者達の姿も現れ始めた。当初の俺が考えていたみたいに、危険な夜間の時間帯をログアウトしてやり過ごしたパーティも多いと見える。乗り物を使ってイーシェナを目指した攻略組の冒険者達は、今頃どこら辺まで進んでいるんだろう。後でSNSをチェックしてみるか。
昨日の夜もある程度距離を稼いだし、今日も早い時間帯から歩き始めた甲斐あって、マップを確認する限り、おそらく昼過ぎぐらいにはニカラグに到着する予定だ。その後の行程には、山脈越えが控えている。流石にちょっとは地理の情報を仕入れないと。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていた俺の視界に、シオンに対して個別チャットが到着した知らせが届く。半透明のインターフェースを操作してチャット欄を開くと、個別チャットを送ってきた相手は案の定、炎狼だった。
『おはようシオン! もう緊急クエストは受けたか?』
『おはよう炎狼。昨晩のうちに受けたよ。今は徒歩で、イーシェナに向かっている』
『そうか。俺は先刻ログインしたんだが、ギルドでクエストを受けようとしていた際に、以前パーティを組んだメンバーに声を掛けられてな。一緒にウェブハに向かう予定だ。シオンがまだなら、共にどうかと思ったのだが』
『そっか、ありがとな。俺はイーシェナ行きのクエストを受けちゃってるし、もうすぐ二つ目の町であるニカラグに着くんだ。このまま進んでみるよ』
『了解した! 俺はウェブハに行ってくる。今度、情報交換しよう』
『りょーかい』
炎狼との会話を終えたチャット欄を閉じ、俺は再び、ニカラグへの道を歩き始める。
さて、ミンスはじっくり滞在することが出来なかったけれど、ニカラグはどんな町なんだろうな。
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