第28話 ベロさんとニアさん

 二人がアプリコットジャムをひと瓶平らげてしまった頃には、木立の間から朝の光が差し込む時刻になっていた。


「満足した?」

「オプ!」

「ティ……」


 ぽんぽんになったお腹をさすって満足そうな妖精さんと、こちらもお腹に手を当て、少し恥ずかしそうにしている妖精さん(仮)。朝日を浴びた蝶の羽が輝き、妖精さんのカゲロウの翅と同じように、光を吸い込むようにして穴だらけだった羽が塞がっていく。


「そういえば、この前は自己紹介し損ねてたよね。俺は「カラ!」……ご存知ですか」


 俺の台詞を遮り、元気に手を挙げて発言してくれた妖精さんの頭を撫でる。ダークブルーの髪をわしゃわしゃしてやると、ぴゃあーーと不思議な声を上げつつも、妖精さんは嬉しそうに笑う。


「そいえば二人は何て呼べばいいのかな。妖精さんと妖精さん(仮)じゃあんまりだし」


 今度は、二人してきょとんとした表情だ。何だか「知らないの?」とでも言われているような気配。あれ、もしかしてリーエンで有名人? いや有名妖精?


「ベロン!」

「……ニア」


 えへんと胸を張って言い放つ妖精さんと、ドレスを抓んでカーテシーを披露しながら名前を告げる妖精さん(仮)。


「ふむ。ベロさんとニアさんか」

「オプ!?」

「……フフ」


 愕然とした表情をするベロさんと、クスクスと笑い出してしまったニアさん。うーん、何か二人の名前、聞き覚えがあるんだけと、何だったっけ。後で調べよう。

 肯く俺の腕を、ペチペチと何かが叩く気配。視線を落とせば膝の上に座ったままの仔猫が俺を見上げ、ニャアニャアと何かを訴えてくる。またお腹が減ったのかな?

 とりあえずミルクを温めるかとアイテムボックスを探ろうとする俺の膝に、何故かベロさんとニアさんまで乗ってきた。ベロさんは仔猫を優しく抱きしめ、ニアさんはふわふわの毛並みに頬擦りをしている。仔猫はそれを嫌がることもなく、気持ち良さそうに目を細めている。……待って凄く動画撮りたい。


「ミケ!」

「ん?」

「……ミケ」


 揃って俺を見上げ、仔猫を撫でながらの発言。仔猫の方も俺を見上げ、二人に同意するように「ニャン」と鳴く。


「……もしかして、この子の名前か」

「ミケ!」

「……ン」


 三毛猫の、ミケ。色んな方面からツッコミを頂くこと間違いないネーミングだけど、まぁいいか。可愛いし。


「お前も『ミケ』で良い?」

「ミャア!」


 ごろごろと喉を鳴らす様子を見た限りでは、気に入っているみたいだ。せっかくつけてもらった名前だし、良いってことにしよう。


「じゃあ宜しくな、ミケ。ホルダに帰ったらペット登録しような」

「ミュウ」

「二人とも、この仔に良い名前をありがとう」


 掌に頭を擦り付けてくる仔猫を抱き上げ、俺が礼を述べると、二人はふわりと笑った。光を浴びた背中の羽が煌き、美しい光の粒が、宿屋の中に漂う。同時に俺の右小指に嵌められたままの指輪が、紫色に輝き始める。


【あなたの暫定ペット[三毛猫]の[ミケ]に[???]と[???]が名前を授けました。[ミケ]は[???]と[???]から名付け親ゴッドペアレントの祝福を受けました】


 お?


【宿屋の運用条件を満たしました。宿屋レベル2までの目標宿泊者数:3/20】


【以前宿屋に宿泊したことのある宿泊客が、再び宿泊してくれました。これにより、宿屋のボーナスシステム[リピーター]が解禁されました。[リピーター]の数が増えると、蓄積数に応じて様々な特典が追加されます】


 また何か一気にいろいろ来たぞ!?


「オプ!」

「ティ……」


 俺が慌てている間に、ニアさんを抱き上げたベロさんは背中の透明な翅を羽ばたかせ、またもや、青空の中に溶けるように、飛び去ってしまった。


「え、えぇ……」


 宿屋の、運用条件。

 テントで休憩をしてもらったことと、食事を摂ってもらったことが、条件に適応されるのは判る。そしてもしかしなくても、最後に俺の仔猫に名前をつけてもらったことが、宿泊の対価となったのか。

 そして新たなシステム、リピーターとやら。宿屋のタブを開き説明文を読んでみると、それは想像通りのシステムだ。同じ宿泊客が宿屋を繰り返し利用してくれる度にポイントが加算されて行き、特典を得られるというもの。まだ特典の内容は明らかにされていないが、宿屋側と宿泊客側、双方に特典が得られると書いてある。何か凄いぞ。


 宿屋のシステムに感心している、俺の膝の上で。

 新たな驚きが、産まれようとしていた。

 

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