第27話 妖精さん(彼女連れ)
いきなりの通知に、俺は寝袋の上から飛び起き、テントの外に出た。ランタンに照らし出された基礎の外に立ち、透明な境界線を掌で叩いているのは、見覚えのある姿だ。
「妖精さん!?」
「……ン!」
王子様ぽい服装に、背中の半透明なカゲロウの翅。やっぱり、この前俺が宿に泊めた妖精さんみたいだ。俺が急いで【Yes】を選択すると、基礎の中に飛び込んできた妖精さんがほっとした表情になる。
『グギャギャギャギャ!』
「あ」
何だか、とってもデジャヴ。
俺の予想通りに続いて木立の間から飛び出して来たのは、この前妖精さんを追いかけていた、丸い変テコな機械。
『捕獲目標No.209ob及ビNo.210ti保護ノ生命体発見。交渉条件ヲ提示』
今回も積み重ねられる、大量のルキ金貨。しかも何だか明らかに、この前より量が多い。
【あなたに、捕獲用自動人形CS型から[金貨110枚]と[???][???]との交換交渉が提案されました。応じますか?】【Yes/No】
「だから無いって」
迷う間も無く【No】を選択すると、今回も変テコ機械は歩脚を振り回して憤慨した様子を見せた上に、機械音を立てつつ宿屋の基礎から後退して距離を取る。
「あ、止めといた方がい『ギャギャギャギャ!……グギャアアアアッ!?』
俺の制止も虚しく、助走で勢いをつけて飛びかかってきた変テコ機械は、またしても透明の壁にぶつかり、見事に四散してしまった。
「あーあ……」
頭を掻くしかない俺と、びっくりした顔をテントから覗かせている仔猫、そして、キョトンとしている妖精さん。学習能力のない行動は、この前ぶつかってきて壊れた機械とこの機械は別物ってことか。動かなくなった残骸に視線を注ぎ、妖精さんは大きく安堵の息を吐く。
「ハー……」
「妖精さん、また追いかけられてたのか」
「オプゥ」
「あれ、でもなんか、大きくなってない?」
確か、俺が揃えた両手に軽く乗せられるサイズだった筈の妖精さんは、今はハイハイを始めたばかりの乳幼児ぐらいの大きさに変わっている。俺の問いかけにコクコクと頷いた妖精さんは、コートの袷をギュッと閉じていた腕を緩めてみせた。
「え……」
俺は、言葉を失う。
妖精さんのコートの中で、フリルドシャツにしがみついていた、小さな生き物。汚れてしまっているけど、お姫様が身に付けるような、白いフリルのドレス。ウェーブした金髪と、ベビーピンクの瞳。そして背中には、穴だらけの蝶の羽。
「……タ」
「ティ!」
「……ニ」
妖精さんが励ますように声をかける傍で、その小さな生き物は、弱々しい声を上げる。妖精さんが王子様なら、さしずめこの蝶の羽を背負った生き物は、お姫様と言ったところか。
なかなかに幻想的、かつ、美しい光景なのだが。
それより何より、まず俺が言いたいのは。
「まさかの彼女連れですか!!」
「オプ?」
「……タ?」
「ミャア?」
渾身の訴えに対し、揃って首を傾げられてしまった。
「あ、すみません。何でも無いです」
すぐに俺は発言を無かったことにして、まずは仔猫を抱き上げる。
彼女(?)を抱っこしたままの妖精さんを促しテントの中で休ませて、俺は一旦消した焚き火に再び火を熾した。無事に焚き火に火がついたのを確認してから、一旦安全地帯の外に出て、機械が落としたドロップアイテムを拾ってくる。前回同様の歯車や鋼板に加えて、今度は110金貨という大金を手にしてしまった。うーん……完全なる棚ぼただ。
膝の上でクゥクゥと眠り始めてしまった仔猫を撫でつつ、火の番を続けること数時間。俺は外部アプリを開き、リーエン=オンラインの情報交換が盛んなSNSで妖精や変テコ機械が絡んでくるクエストの情報を探してみたのだが、ヒットするものが一つもない。
「……となると。まさかこれはクエストじゃなくて、NPCの自由行動か」
リーエン=オンラインのNPC達はそれぞれが独自のAIを搭載していて、リーエンという世界の中でそれこそ「生きている」ように行動しているらしい。当然運営からの誘導はあるが、それは『神からの啓示』だとみなされている。背くことはないが、あくまで指標でしかない。NPC達はそれぞれの利益や信念、使命などの為に、自由に行動することが可能だ。
だからこそ、運営でも予想がつかない物語が、生まれていたりもするそうだ。
「……カラ!」
「ん、目が覚めたかい?」
天頂にあった月が、随分と傾いた頃。テントの入り口が開き、王子様風の妖精さんが姿を見せた。俺が手招くと、妖精さんは素直に俺に近寄ってきて、焚き火の前に置かれた椅子に座る。その後を、穴の開いた羽が痛々しいお姫様っぽい小さな妖精さん(仮)もついてくる。
「二人とも、もう大丈夫?」
俺が尋ねると、妖精さんズはコクコクと頷いた。同時に二人のお腹から、キュルルルルと音が鳴る。結構大きな音がしたものだから、膝の上で微睡んでいた仔猫が、ビックリして目を覚ましてしまった。
「また腹ペコかぁ」
前回はフォルフォのドロップアイテムである花の蜜を持っていたのだが、残りは既に調合を試した時に使ってしまって手元にない。他に何か代用できる食べ物ってあっただろうか。燻製肉は……流石にダメだろうな。
「そうだ、これはどう?」
俺はアイテムボックスの中を探り、乾パンにつけて食べる予定に持ってきていた、瓶詰めのアプリコットジャムを取り出した。
コルク栓を外して妖精さんに渡してみると、二人してちょこっとジャムを指先につけてから口に含んでみて、ぱぁあと輝いた表情になっている。
「お、口に合うみたいだな。食べちゃっていいよ」
「オプ!」
「ティ……」
元気に頷きかえしてくれる妖精さんと、上品に頭を下げてくれるお姫様の妖精さん(仮)。俺は完全に目を覚ました仔猫を指先であやしつつ、一つの椅子に二人で仲良く腰掛けた妖精さん達が、食事を終えるのをのんびりと待った。
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