第26話 宿屋スキル

 ホルダからヤシロに向かう街道沿いにある町は、全部で四つ。ホルダから近い順でミンス、ニカラグ、そして国境の町タバンサイ。イーシェナに入ってからはシラウオという町を経由して、首都のヤシロに到着できる。

 道中の難所は二つ、ニカラグとタバンサイの間にあるツイ山脈を越える必要があることと、セントロとイーシェナの国境線がわりになっている運河、ログ運河を渡らないといけないこと。


「徒歩での踏破を目指す場合、街道沿いの町で宿泊しつつ、5日をかけての道程が基本となる……成る程ね」


 マップを確認しながら歩く俺を、馬や騎獣に跨った冒険者達の集団や、乗合馬車が追い越していく。俺以外にも徒歩でイーシェナに向かっている冒険者はいるみたいだが、みんなパーティを組んで集団行動をしている面々ばかりだ。

 朝にホルダを出発してから街道を歩き続け、夕刻には一つ目の町、ミンスに到着することが出来た。目についた宿を回ってみたけれど、案の定、何処も満室だ。

 俺はとりあえず、閉店間際の雑貨屋に駆け込み、水と仔猫の餌をゲットすることにした。この世界、残念ながら、ペットフード的な物は無いみたいだ。でも俺が背中に乗せてる三毛猫を見て可愛いを連発した店主の奥さんが、小魚を乾燥させた煮干し的な干物と、瓶詰めの牛乳をサービスしてくれた。

 ついでにバックパックに引っ掛けられる小さな鍋も購入して、気の良い店主ご夫婦にお礼を言ってから、俺はそのままミンスを通過して、ニカラグに向かう街道に入る。


「君も今から町を出るのかい?」

「街道沿いとは言え、夜は危険だよ」


 町の出口で心配してくれた兵士達に「大丈夫です」と曖昧に笑いかけ、俺は暗くなりかけた街道の道を歩き始める。

 どうやら俺以外にも宿を取り損ねたプレイヤーはかなりの数居るらしく、そんなプレイヤー達はミンスの町に留まらず、少しでも距離を稼ごうと街道を先に進んでいるようだ。だけど俺の目的は、少しばかり異なる。


「……ここら辺かな」


 ミンスの町から二時間ほど進んだ辺りで周りに人の気配が無くなったのを確認し、俺は街道を離れ、森の中に分け入った。あんまり奥まで行って戻れなくなると困るし、何より危険だ。ギリギリ街道の灯りが確認できて、少し木立が開けた場所を見つけ、俺は職種を[格闘家]からネイチャーの[宿屋]に切り替える。


「ニャア!?」


 仔猫は一瞬にして外見が変化してしまった俺にぶわわっと尻尾を膨らませて警戒の声を上げたけれど、背中を撫でてやるとすぐに中身が俺と判ったのか、またゴロゴロと喉を鳴らして指に頭を擦り付けてくれた。


「よし……じゃあまずは【基礎ベース設置】」


 前回と同様に現れた立方体の枠組みを、開けた空間の中に設置する。

 続けて【宿屋の主人】スキルも有効にしてみた。周りに生えている木の枝や葉っぱの一部が基礎の中に入ってしまっているが、特に弾かれたりはしていないみたいだ。安全地帯を脅かす物でなければ、大丈夫という認識なのだろうか。

 あとはテントの形をした[個室]と[食堂]を設営して、焚き火に火をつける。バックパックの紐で遊んでいる仔猫が火に近づかないように注意をしつつ、さっき雑貨店で買い求めてきた小鍋に水と干物を入れて、焚き火の上に吊るした。


「せっかく煮干し(?)と牛乳もらったし」


 本来はもうちょっと煮干しを水に浸しておく時間を取るべきだけど、ゲーム内での調理に料理手順が何処まで反映されるか判らないし、適当で良いだろう。水が沸騰してきたらスプーンで軽くアクを取りつつ出汁を作り、煮干しを取り出したら出汁に乾パンと牛乳を入れて暫くコトコトと煮込む。


「名付けて『乾パンチャウダー』の出来上がり!」

「……ミャアン?」


 ツッコミが仔猫しかいないから、困る。

 アイテムボックスに重ねて持ってきていた木製の器に乾パンチャウダーを注ぎ、燻製肉をナイフで薄く刻んで乗せると、見た目には結構美味しそうに見える料理が出来上がった。先に平皿に注いでおいた仔猫の分には、スープが充分に冷めたのを確認してから、煮干しを小さくちぎって乗せてやる。


「じゃあいただきまーす」

「ニャアン」


 適当に作ったスープを一口飲んでみた。かなり薄味だが、これはこれであり、と言った味わいが口の中に広がる。でも薄味の分、燻製肉と一緒に食べるとちょうど良い感じ。生態ポッドで五感を直結してるとは言え、味覚の再現凄いな。料理好きの人は喜びそうだ。仔猫も皿に顔を突っ込むようにして、俺の作ったスープをハグハグと食べてくれている。


「今度旅に出る時は、調味料とか持ってくるべきだなぁ」


 そういえば、リーエンの世界には醤油とかあるのかな。確か塩と胡椒は売ってあったけど。


 腹が膨れた後で焚き火を消し、熾火にしっかりと土をかけてから、俺は仔猫を抱き上げて[個室]であるテントの中に入った。予め用意されていた寝袋の上に寝転ぶと、仔猫がチョロチョロと動いて狭いテントの中を冒険する。

 寝転んだまま宿屋の状態を表示するタブを開いて確認してみれば、【宿屋の主人】スキルは継続して有効になっていた。どうやら、俺が『宿泊客』にカウントされることは多分ないが、『宿屋』そのものを利用することは出来るみたいだ。


「良いな。この先、宿泊費用を節約できるってことだ」


 しかも通常の野営と違い、この『宿屋』は安全地帯を保てるスキルも持ち合わせている。これは、遠征の時とか、かなり有用じゃないだろうか。


 ふむふむと一人で納得しながら宿屋の設定を確かめていた俺の視界に、通知音と共にテロップが浮かぶ。



【宿泊希望者が基礎の外に到着致しました。受け入れますか?】【Yes/No】





 

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