第25話 三毛猫

「知ってる猫かい?」

「あ、はい。前にちょっと」


 俺が頷くと、衛兵は俺の腕の中で喉を鳴らしている猫に「ちょっとごめんね」と断ってから手を伸ばし、首輪がついていないのを確かめる。


「うん、野良の子だね。この子を戦闘獣として飼育したいならテイマー協会でスキルの有無を確認する必要があるし、ペットとして飼うならキダス教会で親密度の確認をしてもらわないといけないよ」

「えっ、飼っても良いんですか」

「これだけ懐いているからには、親密度の心配はなさそうだけどね。君は無垢なる旅人だろう? 特に飼育の制限は無いはずだ」

「そうなんですか」


 ミュ? と見上げてくる仔猫の背中を撫でながら、俺はしばし考え込む。

 正直に言えば、とっても飼いたい。リアルの世界では住居の制限上、飼育許可が出ているのは鳥籠の中だけで飼育出来る小鳥かハムスター類、あるいは電子型ペットに限られている。こんな風にもふもふした毛並みの猫なんて、当然ながら飼育禁止なんだ。

 俺にテイマーのスキルが無いのは確かなので、キダス教会で親密度チェックとやらを受けるのが順当になるだろう。しかし衛兵の話では、教会に親密度確認を申請してから実際の測定、さらに結果通達までを含めると、1週間ほどの期間を要してしまうとのこと。

 一応緊急のクエストを受理している最中の冒険者としては、その寄り道は赦されるものでは無いだろう。


「どうしようかな……お前、俺がイーシェナから帰ってくるまで、待っててくれないか?」


 言葉が通じるかどうか判らないが一応提案してみると、三毛猫は「ミー!」と甲高く抗議の声を上げ、俺が身につけていた服に爪を立ててしがみついた。


「ミィー! ミミィー! ニャア!」


 激おこなんですけどぉ。


 慌てて仔猫の背中を撫でながら、それこそ猫撫で声で仔猫の機嫌を取る俺の姿に、衛兵達は苦笑してしまっている。そんな俺を眺めていた衛兵の一人が「そうだ」と思い出したように呟き、門扉の脇に設営されている衛兵の詰所に一旦引っ込んだ。すぐに戻ってきた衛兵の片手には、中指ほどの大きさに切り揃えられた木板に、穴を開けて皮紐を通したネックレスのようなものが携えられている。


「これを、お前の猫につけてやったらいい」

「なんですか? これ」


 言葉と一緒に差し出されたネックレスを受け取ると、ほんの僅かにだけど、なんらかのバフがかけられている気配がした。バフと言うより、魔法の残り香、とでも言おうか。


「それはな、迷子札だ」

「迷子札……?」


 衛兵曰く、街の外に遊びに出たり野良仕事の手伝いに出たりした子供達が、万が一にでもトラブルに巻き込まれて行方不明となった時。この迷子札を身につけておけば、追跡魔法の発動ですぐに助けに行けるようになっているのだと。


「とりあえずその猫に持たせておけば、仮の従属獣契約を結んでいますとの言い分が立つ。ホルダに帰ってきてから、改めて親密度の確認を頼んだら良い。勿論、普通に迷子になった時も役に立つぞ」

「へぇ……便利ですね」

「ホルダはセントロの中でも治安が良い方の街だが、それでも子供達にとって危険なことは多いからな」

「成る程」


 俺は素直に頭を下げ、衛兵から迷子札のネックレスを受け取った。低級とは言え、マジックアイテムの一つだ。おいくらですかと対価を支払おうとしたのに、笑って手を振られてしまった。


「それは俺の子供がまだ餓鬼の頃に、何かあればすぐ鉄砲玉みたいに外に飛び出してしまうアイツを、門扉のところでとっ捕まえて持たせる為に常備していた分なんだ。だがアイツももう、冒険者だ。流石に迷子札は要らんだろうよ」

「でも」

「良いって良いって。無事にイーシェナから帰ってきて来たら、一杯酒でも奢ってくれ」

「ありがとうございます。必ず」


 俺は衛兵に頭を下げた後で、仔猫の首に迷子札の通った皮紐を緩く巻き付け、耳の上につけていた髪飾りの位置も丁寧に修正してやった。

 連れて行ってもらえると理解できたのか、仔猫も大人しくされるがままだ。迷子札の表面に作られた2センチぐらいの丸い凹みに親指の腹を押し当てると、迷子札が全体的に薄緑色に輝く。これで、俺の魔力が迷子札に登録された形になるらしい。

 旅の準備で揃えた荷物の大半はアイテムボックスの中だが、寝袋とランタンだけは嵩張りやすいので、俺は小ぶりのバックパックにそれを詰めて、背負う形を取っていた。迷子札を身につけた猫はまたもや俺の腕を伝って肩に登り、そのバックパックの上に、ちょこんと腰を下ろしてしまった。


「ミャア」

「はは、良い場所があったな」

「気をつけて行ってくるんだぞ」

「はい、行ってきます」


 俺と仔猫は手を振る衛兵達に見送られ、ホルダからイーシェナに続く街道へと、足を踏み出した。




 



 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る