第31話 初依頼

「うん……やっぱり、これが一番有効だよな」


 あの後自分に出された「ノック鳥の香草焼き定食」を完食しつつ考えを纏めた俺は、一旦宿屋に戻り、部屋の中で「カラ」に姿を変えた。リーエンでは一般大衆用の宿屋にフロントのような概念は無く、部屋の鍵は個人で管理するタイプになっている。隣の部屋に誰が泊まっているかなんて判らないし、それこそ案内してくれた従業員ぐらいしか覚えていないだろう。

 ミケは置いて行こうと思ったのだが再び凄く抗議の声を上げられてしまったので、仕方なく抱き上げ、肩掛け鞄の中に入れて連れて行くことにした。


「ちょっと、交渉に行くからさ。ミケが「カラ」と一緒に居ることは、隠しておきたいんだ。大人しく出来るか?」

「ニャン」


 俺のお願いに、ミケは小さく鳴いて返事を返す。帆布で作られた鞄とは言え蓋を閉めてしまえば苦しくないだろうかと心配だったけれど、本人(猫)は至って平気そうにしている。

 再び宿から通りに出た俺が訪ねたのは、ニカラグの冒険者ギルドだ。冒険者ギルドは大通りでも目立つ場所にあったので、食堂を探す時に予め位置は確認出来ていた。ホルダの冒険者ギルドより小規模のやはり石造りの建物に入り、入り口付近に立っていた青年に「依頼を申し込みたいのだが」と尋ねると、青年はすぐに依頼受付に俺を連れて行ってくれた。


「ニカラグ冒険者ギルドにようこそ。本日は何のご依頼でしょうか」


 依頼受付には、大きな兎の耳を頭の上に乗せた受付嬢が居た。ホルダでもギルドの受付嬢は蛇族っぽい女性だったし、職員も熊耳の兄弟とか居たよな。リーエンでは、MMORPGの世界に良くある、獣人と人間の格差はあんまり無い感じなんだろう。まぁ、地域柄で違うのかもしれないけれど。


「護衛を依頼したい」

「護衛任務ですね、承っておりますよ。移動距離と護衛対象の人数、移動手段などを提案頂ければ、大まかな料金をお伝えすることができますが、いかがでしょうか」

「いや……今回依頼したいことは、少しばかり、特殊なんだ」


 俺は予め布袋に詰め替えておいた100枚の金貨を、鞄の中から取り出しカウンターの上に置く。鞄の蓋を閉めるついでにこそっとミケの頭を撫でたけれど、ミケは言いつけ通りに大人しくしてくれている。受付嬢は袋詰めの金貨が奏でる重い音に気を取られ、鞄の中に居たミケには気づかなかったみたいだ。


「今日から十日間。ツイ山脈の街道を通り抜けてタバンサイに向かう『伝令』の冒険者達が無駄な寄り道をして山の資源を荒らすことが無いように。を『護衛』して、彼らの『監視と誘導』をお願いしたい」


 俺が考えた方法は、単純だ。ツイ山脈を通過するプレイヤー達が余計なことをしないように、ニカラグの冒険者ギルドに依頼を出して、監視をして貰うこと。ついでに道に迷ってる時なんかは、正しい道に誘導してもらえたらありがたい。どうせ今からSNSや掲示板に書き込んで注意喚起を促しても、すぐに効果がある訳じゃないからな。現地の住人に動いてもらうのが良策だ。まぁ、変テコ機械から棚ぼたで得た金があるからこそ選べた作戦だけど。

 ちなみに十日間の期限は、単純にこの冒険者ランクアップ解放クエストが、リーエン内での十日間で終わるからだ。


「街道の護衛、監視と誘導、ですか……」


 俺が簡単に依頼内容を説明すると受付嬢は暫く考えこんだ。手元の資料を幾つか捲っていたがどうやら納得の行く答えが出せなかったようで、結局「少し待っていてください」と俺に言い残してから、誰かを呼びに行ってしまう。

 そして、数分後。カウンターの向こう側に落ち着いた雰囲気の壮年男性がやって来て、俺に自己紹介をしてくれた。


「お待たせ致しました。副ギルド長のローエンと申します」


 ……ここで副ギルド長か。うーん、いきなり大金出しすぎたかな?


「冒険者ギルドへのご依頼、ありがとうございます。ご提案の依頼でございますと、ランクFの冒険者達でも充分に担えるものと判断しております。それと、カラ様さえ宜しければ……なのですが」


 副ギルド長は少し視線を伏せ、言葉を濁す。


「こちらのご依頼。怪我の療養中などで、通常の討伐任務を請け負えない冒険者達に任せても宜しいでしょうか。もちろん、ギルドからバックアップは致しますので、任務の完遂は保証いたします」

「そんなことか。別に、構わない」


 怪我をした冒険者とか、確かに大変だ。身体を資本にした仕事って、こんな時に困るのだろう。俺が快諾すると、副ギルド長はほっとした表情になる。


「……ありがとうございます。では、ラナ」

「はい、ローエン様」


 副ギルド長の指示で、後ろに控えていた受付嬢の女性が、書類と小さな金属の板をカウンターの上に並べる。

 そう言えば、シオンの方で依頼を受けたことは何度かあっても、自分で依頼を出すのって初めてだな。一次職に生産職を選んだプレイヤー達は、素材集めとかに依頼を出したことが何度かあるって聞いたけれど。


「ツイ山脈の街道を通過してタバンサイに向かう冒険者達が山の資源を荒らすことがないように、また安全に通過できるように。街道の各所に冒険者を配備し、監視と誘導を行うものとします。期間は本日より十日間。依頼料金は手数料込みで97金ルキで請け負うものと計算しております。いかがでしょうか」

「あぁ、それで良い」

「……ではこちらで、契約を」


 副ギルド長が差し出した書類はリーエンの共通言語で書かれているのだが、プレイヤー達にはお馴染みの吹き出しが浮かび、その内容が正しく読めるようになっている。

 説明してもらった内容と契約書の内容に相違がないことを確かめ、俺は書類の横に置かれた金属板に手を伸ばす。冒険者証を持たない一般人の契約は、ミケにつけている迷子札と同様に、魔力で個人識別を行うそうだ。

 余談だが仮面システムは、この方法では暴けなく出来ているらしい。


 俺が金属板の上に、右手を乗せた、その瞬間。



「ーーーーはあっ!?」



 何故か絶叫した副ギルド長は、椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がろうとしてカウンターの裏で強かに膝を打ち、またもや絶叫と共に床の上に転げてしまったのだった。





 

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