第5話 ホルダ王城

 騎士が言っていた首都ホルダの王城は、わざわざマップを見なくてもすぐ判る場所に聳え立っていた。華宴の広場から大通りを真っ直ぐ進んだ突き当たりに大きな跳ね橋と門があり、その先に見えている白亜の城が、目的地の王城らしい。確か、統治者はディラン国王だったよな。

 跳ね橋を渡り、衛兵に護られた門を潜った先には、観音開きの扉を大きく開いた王城の玄関があった。

 ロビーに集ったプレイヤーの数がある程度纏まって来ると、今度は文官と思しき青年が俺達の前に立ち、見かけよりも大きな声を張り上げる。


「無垢なる旅人の皆様、ホルダ王城にようこそおいで下さいました。私はナンファ。本日、皆様にご挨拶をする名誉を賜りました神官にございます。これから皆様には、セントロの市民として住民名簿に氏名を登録して頂くことになります。これは皆様に個別住居を提供する管理上、必要な登録となっておりますのでご了承ください。他国に移住された場合には、そちらで住民登録を再度行って頂く必要があります。我々は創世神のお導きに従い、旅人の皆様がリーエンでつつがなく充実した暮らしを送って頂けますよう、全力で支える所存にございます。……どうか、リーエンに迫る危機を共に乗り越えて下さいますことを、深くお願い申し上げます」


 演説を終えた青年が深々と頭を下げた後に、何やら石板と石筆のようなものを持った少年文官達が何人か現れて、俺達の間を一人一人巡って石板にサインを求めて行く。どうやらあれが、住民名簿の登録システムみたいだ。


「あの、すみません。私達は全員、セントロが所属国になるのですか? 他の国は、選べないのでしょうか?」


 俺の前に立っていた女の子が、手を上げてナンファに質問した。

 彼女が動いた拍子に、ふわふわとした髪が、俺の鼻先を擽る。思わず見つめてしまった少女は、真綿のように白く長い髪を背中の半分ぐらいまで伸ばし、虹色に揺らめく不思議な虹彩の持ち主だ。大きな瞳を縁取る長い睫毛は髪より更に色素が薄いのか、瞬きをする度に、白銀色の影が瞳の上に落ちる。白い肌とほっそりとした身体つきはバランス良く整えられていて、ちょっと人形っぽい印象を受ける可憐な顔立ちも、彼女の持つ雰囲気に良く似あっている。多分、アバターを作り慣れているんだと思う。現実リアルの肉体との親和性も高そうだし、結構、VRMMOをやり込んでいるタイプかも。機会があったら、ちょっとお近づきになりたい。


「はい、最初はセントロに統一していただくことになります。理由は単純に、現在、[無垢なる旅人]の皆様の受け入れ体制が一番整っているのがセントロになるからです。しかし、創世神のご神託は関係各国に通達されております。徐々に他国に籍を置くことも可能となってくるでしょう。後に他国に移住された場合には、そちらで住民登録を再度行って頂く必要がありますので、お忘れなく」

「そうなんですね……わかりました。ありがとうございます」


 納得した彼女は会釈をすると、文官が差し出したペンを握り、石板に[九九]とサインを入れる。うん、表情も自然だし、可愛いよな。少年文官はそんな彼女に一礼をしてから、鍵束から鍵を一つ外して彼女に差し出す。


九九クク様のご住居はハヌ棟の7階になります。こちらの鍵をご利用ください」


 どうやら、住民登録すると、自室が貰えるシステムみたいだ。

 次いで俺の前にも差し出された石板には、もったいつけず、さっさと名前を書き込む。癖っ毛の少年文官が礼儀正しくぺこりと頭を下げるから、俺は自然と手を伸ばし、「偉いな」と呟いてそのふわふわとした頭を撫でていた。

 少年は俺の手を見上げ、きょとんとした表情になったのだが、次の瞬間にはくすぐったそうに、ふふっと笑う。


「……ありがとうございました。では、こちらがシオン様の鍵になります」


 少年は手にしていた鍵束をじゃらりと音を立てて探り、何故か真ん中辺りに下げてあった鍵を一つ選んで外し、俺に差し出してくれる。


「皆様には、住居棟に個別のルームをご用意してあります。シオン様の御住居はハヌ棟の5階です」

「へぇ……凄いな。最初から自室が貰えちゃうのか」

「無垢なる旅人の皆様は、リーエンの希望です。生活の基盤を我々がご用意するのは、当然のことかと」

「ハハッ、期待に添えるよう頑張らないとなぁ!」


 そう言って威勢よく横から声をかけてきたのは、俺の隣で他の少年文官から鍵を受け取っていた赤髪の『無垢なる旅人』。つまりは、他のプレイヤーだ。


「俺は【炎狼エンロウ】だ。ここに居るってことは同期組だな、宜しく!」

「シオンだ。こちらこそ宜しく」


 差し出された手を拒まず、俺は炎狼と握手を交わす。

 途端にまたピコンと軽い音がして、【他のプレイヤーと握手を交わす。の実績が解除されました】とテロップが現れる。少年文官の二人からは見えていないようだが、炎狼の方には知らせが届いたのか、びくんと肩を揺らしている。


「おぉ!」

「ん、炎狼も実績が解除されたのか?」


 俺の問いかけに、炎狼は大きく頷く。


「そのようだな。……ふむ、そこそこ経験値も貰えてるみたいだぞ」

「さすがは、始まりの街ってところだな」


 MMORPGの最初は、何をしてもとにかくレベルがポンポン上がる。

 本格的なレベル上げを考慮した行動が必要となって来るのは、無垢なる旅人から一次職に転職した辺りからになるだろうか。三時間先行してプレイを始めた初期組も、何人かは首都ホルダから外に出て周辺の探索を始めたみたいだが、まだ転職にまではたどりついていないらしい。

 他のプレイヤー達も石板への署名を終えてそれぞれ自室の鍵を受け取り、ここから先は一旦自由行動と言ったところみたいだ。コンソールのクスエト一覧にも、新たな目標の指示は記されていない。

 とりあえず、自分の部屋に行ってみるとしよう。


「シオン、住居は何棟だ?」

「ハヌ棟だな。炎狼は?」

「残念、メロ棟だ! シオンが良かったら、部屋を確認した後で、一緒に街を見て回らないか? 俺はまだ、一次職を何にするか決めていないんだ」

「構わないぞ。因みに俺は[格闘家]になるつもり」

「決めるの早いな! でもなんかそんな雰囲気ある!」


 ……どんな雰囲気だ?


 俺は炎狼とフレンド登録をしてから、無垢なる旅人達の為に用意された巨大な住居棟に足を運んだ。ハヌ棟の前で一時間後に落ち合う約束をして炎狼と別れ、充てがわれた部屋へと行ってみることにする。

 10階建ての住居棟の中で、俺の部屋は5階の一番端、いわゆる角部屋に位置していた。

 部屋の中は六畳程の広さで、備え付けのベッドとチェスト、壁際に寄せられた机と椅子というシンプルな間取りをしている。しかし、無料で提供してもらえる住居としては、文句のつけようがない環境と言えるだろう。

 それにこの部屋の中を装飾する楽しみってのも、ありそうだ。


 ……それにしても、あの癖っ毛の少年が渡してくれたこの鍵。

 もしかして、俺の為にわざと、鍵束の中から角部屋を選んでくれたのではないだろうか。


 今度見かけたら、こそっとお礼を言わないとな。

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