第35話 初めての団体客
三度目ともなると、さすがに俺の反応も早い。
俺が速攻で【Yes】を選択して広げた腕の中に、幼稚園児ぐらいの子供が飛び込んできた。
「カーラ!」
「カラ……」
「やっぱりベロさん……って、えぇえぇ!?」
予想通りに宿屋の中に突っ込んできたのは一昨日より少し大きくなったベロさんだった。だけど俺が驚愕してしまったのは、ベロさんが乳幼児サイズになったニアさんを連れていたからではない。
二人を追いかけていたあの変テコ機械は今回は居ないみたいだが、俺に抱きついてニコニコしているベロさんとニアさんの服の裾から、色とりどりの光がワラワラと飛び出してきたからだ。
背中の翅をはばたかせ、宿屋の中を飛び回る小さな光達は、御伽話に出てくる妖精達の姿そのものだ。ただその誰もが服が破けていたり、翅に穴が開いていたりと、何処かしら傷んだ姿をしている。
「**@¥##!!」
「$$⁑⁑+〜」
「♫♪♪☆♩🎶!」
「……♤」
「¥@**!」
はしゃぐように宿屋の中を飛び回っていた妖精達は、暫くすると驚きに耳と尻尾がブワッとなってしまっているミケや唖然としている俺の頭の上に飛び乗り、俺が聞き取れない言葉で思い思いに会話を始めてしまった。妖精達がはしゃぐ度に、カラフルな光が瞬いて綺麗だ。
「カラ」
「……オーラ」
膝の上に乗ったままだったベロさんと小さなニアさんが、俺の腕を軽く叩いてニコニコと笑う。これは、あれかな。友達を連れてきてくれたってやつか。
「こんばんは。ベロさんとニアさん」
「うむ!」
「……クスッ」
元気に頷くベロさんと、やっぱり優雅にカーテシーを披露してくれるニアさん。相変わらず王子様みたいな格好のベロさんは、幼稚園児ぐらいのサイズになったことで、一気にお遊戯会感が増している。ニアさんはまだ如何にも妖精のお姫様って感じだな。
俺は取り敢えずアイテムボックスを開き、次にベロさんとニアさんが来てくれた時に御馳走しようと、シラウオで調達しておいたジャムの瓶を取り出した。この前二人がアプリコットジャムを美味しそうに食べていたから、他の味も試してもらおうかなと、調子に乗って十種類ぐらい買ってきておいたのが幸いだった。
俺が蓋を外して椅子の上にジャムの瓶を並べると、ベロさんとニアさんを筆頭に、妖精達が歓声をあげて集まってくる。
「おぉ……って眩しいなオイ」
興奮と喜びのためか、今までより更に強くなった妖精さん達の輝きが、些か眩しい。……クリスマスのイルミネーションかな?
俺は試しにベロさんとニアさんに小皿に注いだ和風チャウダーを差し出してみたが、二人はスンスンとスープの匂いを嗅いだだけで、揃って首を振ってしまった。どうやらこれは、口に合わないご様子。俺は大人しくジャムの提供を続けることにして、食事が終わると再び俺の膝を陣取りに来たベロさんとニアさんの頭を軽く撫でた。硬直の解けたミケは小匙で瓶の底からジャムを掬っては、妖精達の食事を手伝ってあげている。
「それにしてもベロさん達、俺の居場所よく分かったね」
何せ、ここはイーシェナ。一昨日ベロさんと会ったミンスのあるセントロから、国境を跨いで移動した先だ。
「プ!」
俺の問いかけに、ビシッと、俺の右小指を指差して見せるベロさん。そこに燦然と輝いているのは、初めてベロさんが宿屋に泊まった朝に俺にくれた、あの金色の指輪。ちなみに、自力で外せない仕様となっております。
「あ、もしかしてベロさん。これを嵌めてる俺の居場所が判るとか?」
「うむ!」
「成る程……つまり、GPSみたいなもんか。まぁ、いいけど」
「じーぴ?」
「……ぴ?」
こてんと二人揃って首を傾げるベロさんとニアさんの仕草が、めっちゃ可愛い。そうこうしているうちに並んでいたジャムを全て平らげた他の妖精さん達が、またもや俺の頭や肩の上に飛び乗って来た。
「いちにいさん……ベロさんとニアさん合わせて、10人(?)か。えっと、……休憩もしていくの?」
「オプ!」
ベロさんはコクコク頷いているが、あの小さなテントに10人(?)は狭くないか? いや、妖精さん達のサイズ的に、そんなに占有面積要らないのかもしれないけれど。
俺が悩んでいるうちにベロさんは俺の膝の上からぴょんと飛び降り、さっさとテントのフロントを開いてテントの中に潜り込んでしまった。優雅に頭を下げたニアさんがそれに続き、再び歓声をあげた妖精さん達も、キラキラしながら二人の後に続く。
「……うーん、まぁいいか」
妖精さん達を包み込んだテントは暫くの間クリスマスツリー宜しくピカピカと輝いていたけれど、少しずつ光がまばらになって行き、やがて静かになった。
「かりゃたま」
「あぁ、ミケ、お疲れ様。みんな寝ちゃったみたいだね」
「あい」
頷いたミケとジャムの瓶を片付け、俺は一度火から下ろしていた和風チャウダーの鍋を再び焚き火にかける。
「宿屋を三回置いて、三回とも宿泊客が妖精さんばっかりとか。もしかしたらそのうち『妖精の宿』とか呼ばれたりして」
「みゃあ」
「ハハッ、いい名前だけどね」
温めなおしたチャウダーを皿に注ぎ、ミケの分を冷ましてから、今度こそ二人で遅めの夕食を口にする。さすがに牡蠣は煮えすぎてしまっていたけれど、出汁はしっかりとしていて、ミルク味のスープが口に優しい。
和風チャウダーを食べ終わった頃にはミケが船を漕ぎ始めていたので、俺は「大丈夫です」と強がるミケを膝の上に抱き上げ、ポンポンと背中を叩いてやった。うーうーと何度かむずがっては見たものの、最後には睡魔に負けて眠ってしまったミケを抱っこしたまま、焚き火の番をして夜を明かすことにする。
その間に恒例になってしまったSNSのチェックをしてみると、どうやら西のウェブハ行き伝令は、イーシェナ行きよりかなり過酷だとのこと。
イーシェナ行きの伝令は既に先発組が到着していて、冒険者ギルドに手紙を届けると、今度はヤシロで幾つか依頼を頼まれるクエストが発生するようだ。ヤシロからソクティのダンジョンに冒険者達が向かう穴を、伝令の冒険者達が埋める形を取るシステムみたいだな。しかしEランクに達していたプレイヤー達の中には、ヤシロでクエストを受けず、その足でホルダにとんぼ返りして、スタンピードの迎撃戦に参加する猛者もいるらしい。
「パーティ組んで行くとは言っていたけれど……炎狼、大丈夫かな」
今は宿屋の『カラ』になっているので炎狼の状況は掴めないが、ヤシロに着いたらシオンで連絡を取ってみることにしよう。
そんな予定を考える俺の後ろで、モゾモゾとテントの布が動いた。
「ん?」
外部アプリから視線を外して空を見上げれば、月は西の山に向かって傾き、東の空は少しずつ明るくなってきていた。
「もうこんな時間か」
「オプ!」
「……ティタ」
最初にテントから出てきたのは、やっぱりベロさんとニアさんだ。その後を次々と飛び出してきた妖精達は、汚れたり破れたりしていた服や穴だらけだった翅などが、朝日を吸い込むみたいに、みんな綺麗に修復されて行く。
「おぉ……凄いな。良かった良かった」
肯く俺の近くにわっと寄ってきた妖精達が、頭の周りを飛び回りながら、口々に何かを話しかけてきた。うん、良く判らないけれど、多分、お礼を言われているっぽい。食事と休憩場所を提供しただけなのに、何だか擽ったいな。
そして妖精さん達は俺の膝の上に、小さい宝石みたいな石を一つずつ置いては笑顔で手を振り、元気に空の彼方へ飛び去って行った。
最後に残ったベロさんとニアさんは、目を覚ましたミケの手を握り、何かを話しかけている。二人の前でミケが嬉しそうに尻尾を揺らすと、ベロさんはコートのポケットから金色の鈴を取り出して、自分よりも大きなミケの手に握らせた。
そういえばこの二人、ミケの名付け親だったな。
「カーラ」
「ん?」
「カラ」
今度は俺も、二人に手招きされる。
近づいた俺の右小指に触れ、ベロさんとニアさんが瞳を閉じる。
『……♩……♫』
『♫……♩……♪』
目を閉じたまま歌う二人の不思議な歌声に合わせて、右小指に嵌めた指輪が、やけに熱くなる。いや、熱いと感じるのに、そこに痛みは何故か感じない。
「う、わ……?」
二人が歌い終わる頃には。
俺が右小指に嵌めていた指輪は少し姿を変え、指輪の本体から、根のようなものを生やしていた。それは既に、俺の右小指の半分ぐらいまで皮膚の中を侵食してしまっている。
「ちょ、怖いんですけど」
「オプ!」
「ニア……」
ドン引く俺を他所に、ベロさんとニアさんは「良い仕事しました」と言わんばかりに満足げな表情をする。そしてまたもや俺の制止をまたず、二人して、空の彼方へ飛び去ってしまったのだった。
「え、えええ……何これぇ……」
動揺する俺の視界に、通知のログがずらっと並んで届く。
【初めての団体客(5名)の実績を解除いたしました。当日の宿泊客数に20%の加算ボーナスが加えられます】
【初めての団体客(10名)の実績を解除いたしました。当日の宿泊客数に50%の加算ボーナスが加えられます】
【リピーターの蓄積数が2人に増えました】
【宿屋の運用条件を満たしました。宿屋レベル2までの目標宿泊者数:20/20】
【宿屋レベル2へのランクアップが可能です。ランクアップさせますか?】【Yes/No】
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