第36話 性善説
「うわ……凄いタイミング」
ここに来て、宿屋がまさかのレベルアップ要件を満たすとは。
当然ながら【Yes】を選んだ俺の前で、インターフェイスが自動的に開く。確認しろと点滅して指示されているのは、[ネイチャー]のタブだ。そうとは言え、もう朝の時刻だ。他の冒険者達も活動を始める頃だし、宿屋は閉じてしまうつもりだけれど、説明文にだけ目を通そうかな。
まずはミケに声をかけて猫に戻ってもらおうと促すと、困ったように金色の鈴を差し出された。さっき、ベロさんからもらっていたものだ。
「それはミケのものだからな。あぁそうだ、迷子札の紐につけておこうか」
「にゃん!」
こくんと肯くミケの首から迷子札を外し、皮紐に金色の鈴を通してやることにする。金色の鈴がチリンと音を立てて木札と重なり、何処となくまた和風な雰囲気だ。あーー縮緬っぽい和柄の布で首輪作ってやったら絶対似合うよな。
新しい鈴が揺れる迷子札を首につけたミケは嬉しそうだ。そのままくるりと一回転して猫の姿に戻ったミケは、たたっと俺の腕を駆けて肩の上に登ってきた。俺はミケの頭を撫でつつ、[宿屋レベル2]の概要を確認することにする。
[宿屋レベル2:
・一辺が6mの立方体型の基礎を自由に設置できます。
・宿屋レベル2の完成条件は、基礎の中に『個室』が三つ、『食堂』が一つ、『浴場』が一つ、それぞれ設営されていることです。
・宿屋レベル2の運用条件は、宿泊客が個室で休息を取ること、食堂で食事を取ること、浴場を利用すること、対価を支払うことの四つです。
・基礎の敷地内では、限定スキル[宿屋の主人]を行使出来ます。
宿屋レベル3までの目標宿泊者数:0/50
]
え、お風呂……!?
設置できる個室の数も三つに増えているけれど、まさかの風呂の設置要求。でも『浴場』って記されてるから、これは個別の部屋に付属する風呂じゃなくて、宿泊客が共同で利用出来るタイプのものだろう。
それに、基礎の敷地となる6mの立方体。今までの立方体の一辺が3mだったから、単純に8倍の体積だ。かなり広い。それでも個室を三つと共用の風呂を設置することを考えると、どうなるのか見当が付かない。
「うーん……ヤシロからの帰り道あたりで要検証だな」
しかしお風呂か、これは俺も楽しみだ。後でログアウトしてから、建築モデルとかをちょこっと調べてみよう。
俺は火の始末を確認してから宿屋を閉じ、[格闘家]のシオンに入れ替わる。色々試したいことは山積みだけど、まずはヤシロに到着して、冒険者ギルドに手紙を届けるのが先決だ。バックパックの上に飛び乗ってきたミケをひと撫でして、俺は竹藪を掻き分けて街道に戻ることにする。
改めて地図を確認してみれば、現在の位置はシラウオからヤシロまでの行程の、約四分の一というところ。夜にヤシロに到着出来るかどうか、微妙なラインかもしれない。
「まぁ、行ける所まで行こう」
街道には、他の『伝令』冒険者達も歩き始めているので、ソロで進む俺でもそこまで危険を感じたりはしない。
それから俺は、一日中歩き続けた。鍾乳洞の中を通り抜け、縄の張られた崖際の道を進み、なんとか行程の残りが五分の一ぐらいまで辿り着いたのだが、そこですっかり夜が更けてしまっていた。
俺が立ち止まってしまったのは、道の先が普通の街道ならまだしも、水深は然程無さそうではあるが、橋のかかっていない川だったからだ。恐らく日中に歩いて渡るのが正解の場所だとは思うけど、夜はどうか判らない。
「おーい、そこの君」
「ねぇ、1人?」
さてどうしようかと考えていた所で、河原で焚き火を囲んでいた十人程の集団から声を掛けられた。どうやら、俺と同じく川の前で足止めを喰らった伝令の冒険者達のようだ。
俺は少し迷ったけれど、いざとなったら速攻逃げようとアイテムボックスから[速度の靴]をこっそり装備して、その集団に近づいてみることにした。
「えー! シオンはここまでソロで来たの!?」
「そうだよ」
「まぁ、確かに強いモンスターとかには会わなかったけどさぁ」
「度胸が座ってますねぇ」
焚き火を囲んでいたのは、予想通りに伝令としてヤシロを目指すプレイヤー達の集団だった。ホルダから一緒に来た5人組のパーティが二つと、ミンスで意気投合したという、Fランク冒険者のNPCが2人の、合計で12人。浅瀬でも、夜の川を渡るのは危ないとリーダーであるシーフの[ユヅル]が判断したので、ここでのんびりと夜明けを待っているとのこと。うん、ちゃんとしたパーティだ。いいことだね。
「それはそうと、その子、何!? めっちゃ可愛いんですけど!」
「俺のペット(予定)だよ」
「ペット!? ペットとか飼えるの!? ちょーーテンション上がる!」
女子高生ぐらいのアバターを持つ2人が、俺の首筋に引っ付いているミケを目敏く見つけて、抱っこさせてと強請ってきた。そんな2人は[ユッコ]と[ミッコ]。リアルでも友人同士とのこと。女子高生っぽいアバターでも中味が女性とは限らないけどね……! 成人しているのは確かですし! しかしミケはそんな2人の強引さが恐かったのか「フシャア」と鋭い警戒の声を上げ、俺の頭に爪を立ててしがみ付いてしまう。あの、ミケさん、ちょっと痛いです。
「戦闘用の従魔ではないのですか?」
俺に尋ねかけてきた[
「そんな風に従えられるテイマーって職業もあるらしいけど、この子は純粋に、俺の大事な友達」
「まぁ、素敵。ちょっと羨ましいぐらい」
あなたもシオンくんに会えて良かったわね、とミケに向ける声も眼差しも穏やかで、何処となく保育園の先生みたいな印象を受ける。
「ミャア」
俺の台詞を聞いてか、ミケがしきりに、俺の後頭部をざりざりと舐め始めた。……照れ隠しかな?
「さて。夜明けまでまだ結構時間があるし、順番に休憩を取ろうか」
「さんせーい! いつもみたいに、3人ずつ?」
「そうだな」
ここまでの道程も12人という人数ではなかなか宿が取れなかった合同パーティは、それでも夜の時間をログアウトしてやり過ごすのではなく、3人ずつ見張りを立てて休憩するというやり方で乗り越えてきたそうだ。
ちなみに現在の時刻は、リーエンの世界で夜の11時ぐらい。夜明けまで、だいたい6時間ほどだ。
「シオンはお客さんだから、休んでて!」
「そんな……俺も手伝うよ」
俺の申し出に、魔術師の[サガラ]が笑って首を振る。
「良いって良いって! こっちは12人だから、これまでも3人で4チームに分かれて見張りをしてきたんだ。今日もそれで行くつもりだったし」
「ユッコ! 私と一緒に組もう〜!」
「うん、いいよミッコ」
JK(?)2人がギュッと手を握り合う隣で、身体の大きな戦士の[リグ]が溜息を吐きつつ、ガリガリと頭を掻く。
「ハイハイ、じゃあ俺が今夜も2人のお守りかぁ」
「……リグは、デリカシーがない」
「レディの護衛でしょ! 光栄に思って!」
「ハイハイハイハイハイハイ」
「ハイの数多すぎじゃね?」
爆笑する他のメンバー達と同じように笑いながら、俺はふと、口を噤んだ。
……何だろう、この感じ。
「ニャン!」
ミケが俺の肩から腕を伝い、座っている俺の膝に乗ってきた。グルルと何かに向かって唸る声は、先程のJK(?)2人に向けられたものより、はるかに低い。俺はミケの背中を宥めるように撫でつつ、視線の先をそっと窺って……背筋が、凍る心地になった。
「俺達は、いつものように三番手かな」
「そうだな、ドゥイ。いつも通りだ」
「あぁ……そうしよう、イワン」
そこに居たのは、淡々と語り合う、2人のNPC。
なんてことのない、会話をしているだけのように見える。
それなのに、何故か恐ろしい。
2人の眼は、何を見ている?
「っ……」
右手の小指が、酷く熱い。左手で小指を押さえると、一瞬、視界がぐらりと揺らぐ。
「おい、シオン!?」
「シオンさん!」
近くに居たパーティメンバーの何人かが、倒れそうになった俺に気づき、慌てて支えてくれた。
「!」
だけど彼の手が触れた瞬間に。俺の身体は再び、びくりと大きく揺れる。
「シオン、大丈夫か?」
「もしかして、リアルで何かあったんじゃ」
「平気か? ここでログアウトするなら、アバターが完全ログアウトできるまで、俺達が見守っておくぞ」
「あぁ……いや、大丈夫。ちょっと明日の予定とか考えすぎた」
駆けつけてくれたリーダーの[ユヅル]にも笑顔を向け、俺は目頭を軽く揉み解した。再び俺の肩に駆け戻り、首に尻尾を巻き付けて心配そうに鳴いているミケの背中に軽く頬擦りして、俺は心の中で「ありがとう」と礼を告げる。
……迂闊に、パーティに入れてもらったりしてなくて、良かった。
俺のステータス画面には[慧眼]が発動していることを示すアイコンが現れている。まさか、慧眼が人物相手にも有効だとは思わなかった。ただ、直接相手に触れる必要があるみたいだ。これはもしかしたら、レベルが上がれば不要になってくるのかもしれないけれど。
そして、レベル1の[慧眼]でも、判り易く伝えてくれた、ある事実。
【これは『狼』です。注意しましょう】
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