第37話 ※狼※
草木も眠る丑三つ時、とは、よく言ったものだ。
焚き火を囲むように寝転び、静かな寝息を立てているパーティメンバー達のステータスバーを確かめて、『狼』は小さく笑う。
リーエン=オンラインでは、5人パーティが基本だ。それ以上の人数でパーティを組む場合は、幾つかのパーティを合同させてセッションという集まりを作る。多くのMMORPGに出没する
視界に並ぶ12人分のステータスバーは、見張り中の3人を除いた全てが[睡眠中]のアイコンを点灯させている。
狼と共に見張りについていたNPCである2人の姿は、合図に合わせて闇に溶けるように変化した。ドゥイと呼ばれていた戦士の青年がナイフを手にした男の姿に、イワンと呼ばれていたヒーラーの青年が、戦斧を背負った男の姿に入れ替わる。
「今回は楽だなぁ、エリュー」
「フフッ、『無垢なる旅人』様様ってところだよな、ディズ」
「情報提供感謝するぜ、[ウド]」
2人からニヤニヤとした笑いを向けられた戦士の青年は、嫌そうに顔を歪めた。
「……あんまり、俺の名前呼ぶなって」
「クククッ、そうだったなぁ」
「心配するな。全員寝てるんだろ? 聞いちゃいねえよ」
早速とばかりに戦斧を構えた[エリュー]が、焚き火の近くで[ミッコ]と並んで寝ていた[ユッコ]の首に戦斧を振り下ろす。同時に[ディズ]がナイフを振るい、[ミッコ]の首筋を切り裂いた。
2人とも悲鳴一つ上げることなく、[即死]の状態異常が記されたステータスバーが、グレースケールに変わる。恐らく、痛みを感じている暇もなかっただろう。さらさらと砂のように崩れていく『無垢なる旅人』の身体と魂は、本拠地であるホルダで復活している筈だ。しかし一度死亡してしまうと、『虚弱』と呼ばれるデバフが一定期間付与されて、全てのステータスが半減状態になる。同時に、取得していた経験値もかなり削られるから大変だ。
いわゆる『復活』はリーエンの住人達にも有効なシステムであるが、高額の蘇生費用を本拠地の教会に納めておく必要があり、一般住人達に遍く浸透しているとは言い難い。一方、無垢なる旅人達は国王の意向で、一定レベルに達するまでは蘇生費用を免除されている。
更にリーエンの住人達にとってはそこそこ特殊な能力である『アイテムボックス』を無垢なる旅人達は全て持ち合わせている為、万が一道中で死亡したとしても、身につけている装備は殆ど落としてしまうが、アイテムボックスの中身まで落としてしまうこともない。それにも関わらず、睡眠ステータスが表示されたままのパーティメンバー達を、エリューとディズは次々と手にかけていく。
「お、10金も持ってやがった」
「こっちは8銀だぜ。シケてんな」
エリューは[山賊]でディズは[盗賊]。山賊と盗賊には基本の特殊スキルがあり、殺した相手の『所持金』だけは全て奪えるのだ。ゆえに、リーエンの住人達は理由がない限り、旅には必要最低限の所持金しか持っていかない。どんなに小さな町にも大概は銀行があるので、そこに預金しておけば、いつでも自分の口座から自由に引き出せる。だが、無垢なる旅人達は、まだそのシステムを有効活用出来ていない。
「よし……レベル3まで、残り5人だ」
「やったな兄弟。俺はあと7人だ。レベル3になったら【無月の宴】に入団志願を出せるぜ」
「おぉ、いいな」
パーティリーダーの[ユヅル]以外の8人を4人ずつ殺めた2人の目的は、旅人達の所持金よりも、自分達の職業レベルを上げる為に[
「ほら、残りはお前の取り分だ、殺っちまえ。大丈夫だ、目は覚まさねえ」
「寝てる間に[スリープ]をかけられたら、抵抗力がない限り、自力では起きられないからな」
促された[ウド]の姿が、一瞬にして別の物に入れ替わる。ドゥイと似た[盗賊]の姿だ。ただNPCの2人と違い、そのレベルは1のままだ。
「一撃で仕留めろよ、[アジ]」
「ククッ、優しい先輩のご指導だ」
「……判ってる」
アジは手にしていたナイフでこんこんと眠るユヅルの首筋を切り裂き、ビクンと一瞬跳ねた身体が、砂になって消えてしまうまで見届ける。リアルすぎて、何回目かまでは嫌悪感のあったこの行為も、どうせ復活するのだと言い聞かせれば次第に慣れてくる。
無垢なる旅人から戦士に転職したウドに、後に与えられた[ネイチャー]は、[盗賊]だった。レベル上げに悩んでいた[アジ]に声をかけてくれたのが、同じ盗賊のドゥイだったのだ。
「あとはそこの、イレギュラーだな。それもアジが殺っちまえよ」
「良いのか」
「あぁ、でも猫は殺すなよ。その三毛猫、多分だが、高く売れる奴だぜ」
「へぇ」
少し焚き火から離れた所で、自前の寝袋に頭半分まで包まって眠っている格闘家のシオン。パーティに入っていないのでステータスは確認できないが、これまで他のメンバー達が近くで次々と殺されていても身動ぎ一つしていなかったのだから、恐らくは熟睡しているのだろう。
ナイフを逆手に持ち、シオンの首を切り裂こうと勢い良く振り下ろした、その刃が。
「……
石を斬りつけたかのように、弾かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます