第38話 仲間ではない
肉体鋼化は、格闘家が使うスキルの一つだ。指定した肉体の一部を一時的に硬化させるという、判りやすいスキル。通常は拳や下腿などに付与して攻撃力の上乗せに使うスキルを使い、俺は自分の『首』の皮膚を一時的に硬化させていた。狙ってくるのが必ず首だと判っているのだから、迎え撃つ方も楽だ。
「なっ……!」
驚く相手の喉笛を掴み、身体を起こす勢いで首を捻じ曲げてやると、[アジ]は白目を剥いて倒れた。地面に倒れ込むのと同時に、その身体が砂のように崩れていく。
「テメェ!」
「何しやがる!」
アジが殺されたことに気づいた山賊と盗賊のコンビが襲いかかって来ようとする瞬間、俺は鋭く叫ぶ。
「エリュー! お前はイワンの
「ぐっ……!?」
「ディズ! お前はドゥイの
「なっ……!!」
硬直する2人の前で、あの
「【アンクローク】」
言葉と同時に、身体を動かせないエリューとディズの身体に、ノイズが走る。慌てた2人は何事かを叫ぼうとしているが、世界のシステムはそれを許さない。
仮面を引き剥がされた2人の外観は炎に炙られたフィルムのように端から捲れ上がり、それが消え去った後には、山賊[エリュー]はヒーラー[イワン]の姿に、盗賊[ディズ]は戦士[ドゥイ]の姿に戻されてしまっていた。
「クソが!」
「てめえ! ぶっ殺してやる!」
口汚く罵ってくる2人の前で、俺は軽く肩を竦める。
「良いのか? その姿で[
「!」
「大変になるよなぁ。どうせ、同じ手口を何回か使ってるんだろ? アンタ達の
まぁ、俺はそれでも良いけど? と微笑みかけてやれば、2人は揃って、ガクリと肩を落とした。
俺に懐いてくれているミケと、[カラ]の時に指輪を嵌めている小指が何故か教えてくれた、NPC2人の怪しい言動。そして、ふらついた俺を支えてくれた「ウド」を『これは狼だ』と評した慧眼の警告。それが指し示す事実は、判りやすい。あえて低いレベルを保ち、同レベル帯のパーティに同行して、他のメンバーが油断した隙に殺してしまう……詐欺のような遣り口。
ミンスで意気投合したという話も、最初からウドと示し合わせてのことだろう。犯罪に疎い、無垢なる旅人達をターゲットに絞り、楽に[
ホルダからヤシロに向かう旅程の中においても、今日が最終日。NPCの2人には残りの道のりが判っているのだから、徒歩で進むパーティの移動配分を調整するのは然程難しくなかった筈だ。少し疲れたから休憩したいだの、暗くなりそうだから少し急ごうだのと、リーダーに頼んでしまえば良い。
俺はこの3人が「三番手」の全員が熟睡している時間帯に見張りを引き受けた時点で、犯行の予感を確実なものと捉えていた。だから眠ったフリをしつつ、潜り込んだ寝袋の中でミケをあやしたり、外部アプリを立ち上げて遊んだりして、様子を伺っていたんだ。同じパーティに入らなかった俺のステータスは、確認が出来ない。睡眠状態が確実な9人を先に片付けるだろうとは思っていたが、案の定と言ったところか。
ここで俺が2人に殺されると、俺もユヅル達と同じホルダに戻されることになる。冒険者ギルドに駆け込んで互いの情報を合わせれば、[イワン]と[ドゥイ]の正体は広く知れ渡るだろう。因みに俺もアジを殺しているが、先に攻撃して来たのはアジなので、正当防衛として返り討ちにした形になるから犯罪にはならない。
「チッ……判ったよ。……理に則り宣言する。[イワンの仮面【エリュー】は、シオンに暴かれた]」
「だからイレギュラーなんて入れるべきじゃねえんだ。……理に則り宣言する。[ドゥイの仮面【ディズ】は、シオンに暴かれた]」
チリンと、何処かから鳴り響く、鈴の音。
銀色の縁取りが施されたカードが二枚、くるくると回転しながら、俺の目の前に現れる。俺は手を伸ばし、遠慮なく二枚のカードを捕まえた。指先に挟まれたカードは光の粒となり、俺の身体に吸い込まれるようにして消えていく。
「へぇ……山賊と盗賊なのに、面白いスキル持ってるな」
「うるせえよ」
「ほっとけ」
感心する俺の前で、2人が毒づく。
新しく取得したスキルの一覧に出て来たのは【眠りへの誘い】と言うスリープ性能がある吟遊詩人のスキルと、【気配遮断】と言う暗殺者御用達のスキル。リーエン=オンラインの攻略組が情報を纏めて掲載しているサイトには、職種ごとのスキル情報が少しずつ集まって来ている。
俺が新しく手に入れたこのスキルもそこで目にしたが、山賊と盗賊が手に入れるものではなかった筈だ。つまり、この2人が以前に誰かの仮面を剥いで手に入れたスキルということになる。
「クソッ、また経験値の積み直しか」
「ついてねぇ……」
「それはまぁ、ご愁傷様ってやつかな。どうせこのあとは、ウドを含めた3人で「襲って来た賊から辛くも逃げのびた」って報告して芝居を打つ予定だったんだろ?」
「……見て来たようなことを言うな」
「いや? だって俺でも思いつく方法だし」
ただ、やり方が少し杜撰過ぎたよな。次は、もうちょっと保険をかけてからやったほうが良いと思う。それこそ人狼ゲームのように、時間をかけたり偽の情報を囁いたりすることで、メンバー同士を疑心暗鬼に陥らせる方法もありだ。そんなことを言って聞かせる俺の顔を、2人は珍獣でも見るかのような表情をして見つめ返してくる。
「変な奴。普通、仲間の仇を取るとか言い出すもんじゃないのか」
「お前も「無垢なる旅人」なんだろう?」
「そうだけど、俺は別に、彼等の仲間じゃない。無垢なる旅人でも
「まぁ、な」
「……一理ある」
NPCの2人は、元々セントロの外れにある『ポト』と言う貧しい村の出身になるそうだ。必死の思いで冒険者になったは良いが、後に得たネイチャーがそれぞれ[山賊]と[盗賊]だ。村に帰ることは出来ず、かと言ってレベルを上げる為の[義賊行為]は仲間の居ない2人には難しい。
そこで考え出したのが、[殺人数]を上げていく、こんな方法になってしまった訳だ。
「さて。俺はこのままヤシロに行くけど、2人はどうするんだ?」
「一度山に入って「必死に逃げた」をやってから、ミンスに戻るさ」
「ウドの様子も気になるしな」
リーエンの世界では、復活時は
「シオン、だったな。覚えておくぜ」
「お前の
「ハハハ、お手柔らかに」
何度もこの川を夜間に渡ったことのあるイワンとドゥイ曰く、本当は、夜に渡っても何の問題もない程度の川らしい。本当かどうかは判らないが、見た目には確かに穏やかな流れをした川っぽい。それに俺も一応「命からがら逃げました」は装った方が良いだろう。だったら、賊に追われて夜の川に飛び込んだ、と言う選択肢は悪くない。
ミケを背中に乗せ、ざぶざぶと浅瀬の川を渡ると、あっさりと向こう岸の河原についてしまった。
街道を逸れ、山の方に歩いて行く2人に手を振った後で、アイテムボックスから提灯を取り出して灯りをつける。まだ夜明けまで少し時間があるが、1時間も経てば、足元も明るくなってくるだろう。このままヤシロまで行ってしまった方が、効率が良い。
「さて……もう少しだけ頑張ろうかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます