第34話 三度目の遭遇

 船が波止場に到着し、シラウオの町に降りると、そこには和風テイストが色濃い町並みが広がっていた。シラウオとヤシロという町の名前からしてそうじゃないかとは思っていたけれど、イーシェナは東洋をモチーフにした国なんだろうな。

 シラウオの町は既に陽が傾き掛けていて、大通りでは灯篭に火が灯され、行き交う人々も手に提灯を持っていたりする。そしてこの町も、相当に人が多い。この感じで行くと、シラウオも今夜の宿は満室だろう。かといってタバンサイに残っても同様だっただろうから、そこは変わりはない。


 地図を見る限りでは、シラウオからヤシロに向かう街道は、起伏のある草原や広大な竹林の中を通る道に加えて、鍾乳洞の中を抜けたり崖際の細道を進んだりと、なかなかの冒険が必要と見える。今までは1日の終わりに大体一つの町にたどり着くスパンで進めていた行程が、タバンサイとシラウオの町が近い分、最終目的地のヤシロまでは1日半を歩き続ける距離になるらしい。

 ニカラグでやったように食堂辺りに行って情報を得ようかとも思っていたら、港でパーティを作っている冒険者達の集団が情報を交わし合っていたので、その隣を歩くだけで大凡の内容を聞き取れてしまった。


 幸運にも宿を確保できた集団、時間を合わせて集合をしようとログイン時間を約束しあっている集団、そんな冒険者達を尻目に俺はさっさと食料品を扱う店を探し出し、水と食料を調達する。

 暗くなってしまったシラウオの町から出ようとする冒険者達の数は、あまり多くない。俺は露店で手持ちの提灯を一つ買い求め、シラウオの町から街道に出ようとしたところで、侍のような格好の集団に止められた。彼等は、シラウオの町を巡回する自警団みたいだ。


わっぱ、宵の刻より町の外を彷徨うろつくは危険だ」

「最近は街道沿いの竹林で鬼火を見かけると聞く。取り込まれても知らんぞ」

「ご忠告、ありがとうございます。そう遠くには行きませんので」


 途中の山で野営をする予定だなんて正直に伝えたら余計に引き止められそうな気配を察し、俺は曖昧に目的を濁しつつ、そのまま町を飛び出した。

 提灯の灯りを頼りに街道を歩き続けること、1時間。

 シラウオの町が完全に見えなくなった付近に来ると、街道を歩く人影はかなりまばらになってきた。


「……ここら辺かな」


 俺が足を止めたのは、何処かから野鳥の声だけが聞こえている、竹林の中だ。

 月はまだ天頂に昇っていないが、綺麗に夜の帳を下ろし切った空には、瞬く星を邪魔する雲一つ無い。

 俺は周囲に人の気配が無いのを確認してから街道を逸れて竹藪の中に分け入り、今日もギリギリ街道の灯りが確かめられる場所を探す。

 幸いすぐに、程よい広さに開けた場所を探し当てることが出来た。


 俺は職業のタブを開いて[格闘家]を[宿屋]に切り替え、竹林の間に基礎を設置する。無事にテントと焚き火まで設営し終わると、俺の肩から飛び降りたミケがくるりと一回転して着地した瞬間には、あの子供の姿になっていた。そのままミケはパァと表情を輝かせ、俺の足に抱きついて来る。


「かりゃ、ちゃま!」

「おぉ……!? ミケはやっぱり、宿屋の中でだけ変身できる感じなのか」

「にゅ?」


 良く判らないと、俺に首を捻って見せる可愛いミケ。残念ながら、俺も良く判りません。

 まぁ難しいことはおいおい調べるとして、まずは飯だ。何せ朝食はしっかり食べてきたものの、タバンサイからシラウオに直行してしまったので、昼食と夕食を取っていない。かなり長い距離を移動したし、流石に腹が減った。

 フンフンと鼻を鳴らすミケを背中に登らせたまま、俺は小鍋を焚き火に吊るして温める。


「一昨日の乾パンチャウダーがちょっと微妙だっただろ? でも今日は、シラウオで良いものを見つけたんだ」


 これです! と俺がアイテムボックスから取り出して見せたのは、壺に入れられた淡いクリーム色の物体。木べらで掬い上げると、朝にお馴染みの匂いが宿屋の中にふんわりと漂う。


「味噌って言うんだ。これを使って、和風チャウダーと洒落込もう」

「……みゅう」


 興味津々、と言った様子で俺の手元を見つめているミケの前で、俺は野菜を適当に刻み、暖まった小鍋の中で軽く炒める。今夜の出汁代わりにするのは、シラウオで仕入れてきた牡蠣だ。アイテムボックスでの保存がどれぐらい可能なのか判らなかったけれど、どうせ今夜食べるのだからいいやと味噌と一緒に購入してきたもの。野菜と一緒に牡蠣も炒めて、火が通ったところで牛乳を加え、最後に味噌を溶き入れて暫く煮込む。


「さて、どうかな」


 数十分後。そろそろ良いだろうと、ミケと一緒に乾パンを摘んで腹の虫を嗜めていた俺は、煮込まれ続けた鍋のスープを小皿にすくい、ふうふうと息を吹きかけてから味見をしてみた。


「……美味い!」


 今回も少しばかり塩気が足りないが、その分、牡蠣の旨味がしっかりと効いている。じっくり煮込まれた牛乳と、味噌との相性も抜群だ。


「わーー……めっちゃ白米が欲しくなったな」


 俺はぼやきつつ木の器に和風チャウダーを注ぎ、今回も燻製肉をナイフで薄く削いで添える。ミケの分を別の器に注いで冷ましながら、俺はこの先で訪れるヤシロに心を馳せる。


「ヤシロに着いたら、米を探してみようかな。味噌があるのなら、米も置いてるだろ」


 うんうんと肯く俺の視界に、三度目になるあの文字が、飛び込んできた。



【宿泊希望者が基礎の外に到着致しました。受け入れますか?】【Yes/No】

 

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