第42話 山の精霊(様)

 誰だってさ、見付けなくても良いモノをうっかり見つけてしまった時の反応って、困るよな。うん、まさにそれなんだけどさ。


「……何あれ」


 俺が思わずぼやいてしまったのも、無理はないと思う。


 ヤシロからホルダにトンボ帰りをしている道中。シラウオから船でタバンサイに渡った俺とミケは、港の船着場周辺に広がっている市場で、ニカラグへの移動手段について尋ねてみることにした。出来れば夜になる前に、ニカラグに到着してしまいたい。


「そうだねぇ。一応、貴族の方や火急の要件がある人の為に、テイマーギルドの支部が、騎乗用のグリフォンを飼育しているよ」


 グリフォンは俺達が想像している通りの大きな鷹の姿をした魔獣で、野生のグリフォンはとても危険なのだけれど、卵から孵化させて飼育すると人間に懐き、成獣に育った後には移動手段として重宝するのだそうだ。 


「それに乗れば、ツイ山脈なんてひとっ飛びさ。ニカラグまでものの一時間もかからないだろう。ただ、余程のことで無いと利用の許可は下りないと思うよ。そもそも、ニカラグまでの距離程度だったら、殆どみんな歩いてしまうからね」

「まぁ、そうですよねぇ」


 ちなみに乗合馬車もあるのだが、今日の便は既に出立してしまった後とのこと。シラウオ横丁で慧眼さんにびびらされてる場合ではなかった。

 うーん、これは大人しく、タバンサイで一泊した方がマシかな? 或いはいっそ、負傷中とは言え現役の冒険者達が街道を見守ってくれているんだから、シオンのまま山中で野宿しちゃうか。


 俺はとりあえず市場を抜けて、ツイ山脈に向かう街道の方に行ってみることにした。もしかしたら、誰かが他の移動手段を知ってるかもしれない。

 途中に見かけた雑貨店で水を新しく買い求め、一応野宿も考えてランタンの燃料もバックパックに突っ込み、そうやって町の出口に辿り着いた俺を待っていたのは、異様な光景だった。


『ホー!』

「……いや、ホーじゃ無いだろ」


 タバンサイに限らず、リーエンの世界では、街道と町との境目がしっかりしている。これは町の出入り口を一か所にしておかないと、防衛や人の出入りの管理と言った点で面倒があるからだろう。

 町の入り口には衛兵が立っているが、主要都市の殆どは、冒険者証を見せれば無料で通行できる仕組みだ。それ以外の商人や一般の旅客などは、街に入るのに一定の通行料を支払う必要がある。まぁ、町を守ってくれる衛兵の維持費になるんだろうから、仕方がないよね。

 でも今問題なのは、そこじゃ無いんだよな。

 めっちゃ胡乱になってしまった俺の視線が注がれているのは、並んで立っている衛兵のうちの一人の、頭上だ。


『ホー!』


 ……フクロウ、だよね?

 ばっさぁと翼を広げた、かなり大きなフクロウ。

 それが冑をかぶった衛兵の頭に止まり木宜しく掴まり、何やらホーホーと声を上げながら翼をバサバサさせている。どうみてもかなり異様な光景なのだが、誰もそれを気にしてる様子がない。もしかしてタバンサイでは有名なフクロウだったりするのかもと思ったけれど、それにしては、俺みたいなプレイヤーっぽい冒険者達も含めて、フクロウの存在をまるっと無視するのはおかしい。


「……ミケ」


 俺はバックパックに乗っているミケに小声で声をかけ、するりと首筋にすり寄って来てくれたミケに、フクロウをこっそりと指差して尋ねる。


「ミケは、見えてる?」

「ニャアン?」


 どぉれ? と言いたげなミケの返答。こてんと首を傾げる姿が、今日も愛らしい。何はともあれ、これではっきりした。どうやらは、俺にしか見えていないものだ。

 いきなりフクロウの幻覚とか困るよね……と一瞬現実逃避しそうだったけれど、よく考えたらこの世界は確かに現実じゃ無いんだった。何らかのバッドステータスが付いてたら別だけど、今のステータスで幻覚はありえない。

 であれば、残された可能性は一つ。

 あのフクロウは衛兵のペットとかではなく、何か別の存在だ。しかも、俺にしか姿が見えないように出来るなんて、そこそこ力の強い何かでは?


「……よし」


 無視しよう。

 面倒なことになる気配しかない、これは無視に限る。

 俺は少し俯き加減になり、衛兵さん達への挨拶もそこそこに、タバンサイの町を後にした……つもり、だったのだが。


『ホー!? どうして無視するんだ!?』

「……チッ」


 がっしりと、大きな鉤爪で頭を掴まれ、上に乗られてしまった。

 とは言っても、別に痛くはないし、重みも感じない。何だか「乗られた」という感触があるだけだ。もしかしてこのフクロウ、実体がないんじゃないかな? そうじゃないと流石にさっきの衛兵達だって、見えなくても気づくだろうしな。

 仕方なく俺はそのまま街道を歩き始めて、タバンサイの町から少し距離が取れて、周りに人が居なくなったところで頭上に話しかける。


「で、フクロウさんはどこのフクロウ?」

『ホー! 私はフクロウではなくオウル! ツイ山脈に住むオウル!』

「……そのオウルさんが、俺に何の用事?」


 ……オウルってフクロウでは???


 ものすごくツッコミたい心を抑えて、俺はオウルに、話の続きを促す。バックパックの上に居たミケは姿は見えなくても何かが頭上に陣取っているのを感じているのか、俺の右耳に前足をかけて立ち上がり、仕切りに頭の上目掛けて猫パンチを繰り出している。ねぇ、うちの仔、いい仔過ぎない?


『用事ではなく、礼を述べたくて、そなたが通るのを待っていたのだ』

「……礼?」


 身に覚えが無い俺がうっかり首を傾げたせいで、上に乗ったまま斜めになってしまったオウルは『ホー!?』と慌てた声を上げて翼をバタつかせる。


「あ、ごめん」

『びっくりしたホー!? 落ちるかと思ったホー!?』


 プリプリと憤慨するフクロウの嘴で、何故か頭頂部をぐりぐりされる。止めてハゲたらどうするの……そもそも飛んだら良かったんじゃないかなと思うけど、俺は大人なのでグッと堪えてます。


『ツイ山脈は、私の大事な住まい。それが数日前から何やら騒がしくなった上に、山を荒らす不届き者達が増えて、ほとほと困ってしまっていたのだ』

「はぁ」

『それを、諫める手筈を整えてくれたのはそなただろう? 感謝しておる』

「……え、じゃあオウルさんってもしかして」

『ホー……うむ、山神やら、山の精霊やら、呼ばれておるな』

「マジか」


 山神が直接お礼を言いに来てくれるってのも驚きだけど、何より。


「……それやったの、俺じゃないんだけどな」


 確かに、ツイ山脈の街道を護衛する依頼を冒険者ギルドに出したのは俺だが、それは[シオン]ではない。[カラ]の方だ。でもオウルは、迷いなく俺を探し当てた。つまりオウルには、仮面マスクが機能していないってことになる。


『あぁ、案ずるな。我等のような精霊は、人間が被る仮面マスクには興味がない。ただ、そなたのような行いの人間は、珍しい。礼を述べるついでに、顔を見に来たまで』


 そんな理由で「来ちゃった♡」しなくても。


『それに心配せずとも、他の者には私の姿は見えないし、声も聞こえぬ。そなたの仮面が剥がされる心配もなかろう』

「そりゃ良かった」


 俺が小さく笑うと、オウルは空気を大きく吸い込むようにして、一声大きく鳴いて見せた。そして何故か今度は俺の左肩に飛び乗り、ミケが前脚をかけているのとは逆の左耳を、ツンツンと嘴で啄み始める。うぉ、めっちゃくすぐったい!


「え、な、何?」


 オウルが啄んだ左の耳に、何やらふわふわとした感触。羽とか羽毛とか、そんなものが触れている気配。手を伸ばして実際に触ってみると、耳の後ろ辺りに、小さな羽が生えてしまっているみたいだ。慌ててステータス欄を開いてみたけれど、特に変化はない……って、あれ? この装備欄の、文字が灰色に潰されて読めない[特殊装備]って何だ? しかも二つ、四角く潰された項目があるんですけど。


『山を救ってくれたのは、そなたの仮面マスクの方だ。その指輪リングと同じように、私の贈る羽飾りフェザーも、そなたが仮面マスクを被った時のみ他の者が目に出来るようにしておいた……感謝するぞ、旅人よ。私の力が必要な時があれば、呼ぶが良い』

「え? いや、ちょっと待って」

『では、さらばだホー』


 俺の制止も虚しく。オウルは満足気に肯いたかと思うと、翼を広げて俺の頭から飛び立ち、空気に溶けるように消えてしまった。


 ……こっちの話を聞かないまま何処か行っちゃうの、リーエンに住む妖精さん達のセオリーかな?

 

 

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