第43話 ビーストテイマー
【ユニークアイテム[???]を手に入れました】
オウルが飛び去ると同時に、ピコンと視界に浮かんできた[???]つきのテロップ。やっぱり、またその類か。一応確認してみたけれど、案の定、特殊装備の所に表示されている二つの[???]は灰色に塗りつぶされたままだ。
「何の効果があるかさっぱりなんだよなぁ」
『そうですよねぇ』
「まぁ、どっちも悪いもんじゃなさそうなんだけど」
『はい。その指輪も、ととさまとははさまが下さったものですから、大丈夫だと思います』
「そっかそっか……ん?」
……って、え?
「……ミケ?」
『はぁい』
「!」
マジか!
「ミケの言ってることが判る!」
『えぇ!? 本当ですかマスター!』
「マスターじゃなくて、シオンでいいよ! って、わ、凄い!」
丸い目を更にまん丸にしたミケが興奮してニャアニャアと声を上げている。普通の鳴き声も聞こえているけれど、まるで副音声みたいに、ミケが宿屋の敷地内で人型になった時の声が、それに重ねて聞こえる。
今の格闘家であるシオンの姿では見えなくなっているが、どうやらこれは、オウルが左耳に付けてくれた
つまり、ベロさんとオウルにもらった二つの特殊装備とやらは、基本のアバターでも
「んー、でも今はミケと会話出来るのが嬉しいな!」
『ボクもです、マスター』
すりすりと頬に擦り寄って喜んでくれるミケが、今日も世界一可愛い……!
でもまぁ、気をつけないとこれ、猫にめっちゃ一人で話しかける危ない人に認定される可能性を秘めているよな。……気をつけないと。
俺はそれからも小声でミケと会話をしつつ、ツイ山脈の麓まで街道を歩き続けた。今日中にニカラグに到着するのは無理かもしれないけれど、確かタバンサイ側の街道の麓には、休憩と水の調達が出来る茶屋があった筈だ。そこで休憩しながらシラウオで買って来た昼食を弁当にして、もし泊まれるような場所なら一泊させてもらって、明日の朝一番でツイ山脈を越えよう。
そんな計画を考えながらツイ山脈の麓に辿り着き、山道の始まりに立っていた冒険者に聞いてみたところ、どうやら『揺れ葦』の茶屋は街道から少し外れて流れる川の畔に建っているらしい。歩いてものの数分で着くと教えられたので、早速、川の流れに沿って横道を暫く歩いてみると、風情ある茅葺屋根の茶屋が見えて来た。
「ここが『揺れ葦』かぁ」
時代劇でよく見かけるような、野点傘に緋毛氈をかけた縁台を置いた、いわゆる峠の茶店とはやや違った雰囲気の店だ。もう少ししっかり、軽食とかを出してくれる料理店と言ったら良いのかな。流れる川の上にも、竹で組んだ座敷が作ってある。確か、川床って言うんだっけか。
様子を伺ってみると、何人かの冒険者達が水をもらいに来ていたけれど、みんな店の中までは入らず、店の入り口に備えてある水瓶から水をもらって行っているだけだ。確かに、水だけもらって、あの川床に入れてもらうのはちょっとばっかし気が引ける。何せ、日本人ですし。
「うーん……夜に一泊させて下さいっても、言いにくい感じだなぁ」
思ったより、店の敷居が高い。
俺は暫く悩んだが、結局店には入らず、取り敢えず昼食だけ取ろうと考えて、河原に降りてみることにした。
「おぉ、綺麗だ」
さらさらと流れる涼しげな水の音と、水面に映る緑の美しさ。街道を少し逸れていることもあって、河原の中は比較的静かだ。ミケを撫でつつ、座りやすそうな場所を探してぐるりと周囲を見渡した俺は、川べりに俺達以外の人影があるのを見つけてしまった。
『マスター、あれ……』
「あぁ、俺も気づいたけど……どうしたんだろうな」
『何かあったのでしょうか』
「まぁ、一応声を掛けてみるよ」
『はい、マスター。お気をつけて』
肩に乗ったミケは俺の首にくるりと尻尾を巻きつけ、少し緊張した面持ちでその人影を見つめる。俺は腕に下げていたバックパックを再び背中に背負い、砂利の上に膝をついている人影に、ゆっくりと歩み寄った。
「……あの、どうしたんですか」
あんまり近づきすぎたら、警戒されるだろう。
ある程度の距離を保ったまま俺が声をかけると、懸命にそれを、力無く砂利の上に横たわった大型の獣を撫でていた人影が、顔を上げた。
「……君、は」
戸惑いを滲ませながら俺を見上げて来たのは、二十歳前後ぐらいに見える、若い青年だった。其処彼処が薄汚れているけれど、俺なんかとは違う、しっかりとした旅装。戸惑った様子を見せながらも、横たわる獣を庇うように広げた腕は、俺達との距離を測っているようだ。その首から下がったタグは、俺と同じ冒険者の証。当然ながら、NPCの冒険者だろうけど。
「こんにちは。えぇと、通りすがり……なんだけど。何かトラブルでも?」
「ニャアン」
俺に続き、ミケが挨拶するように鳴き声をあげれば、青年は少し驚いたようだ。続いてふわりと微笑む笑顔からは、警戒心が多少解けている。
「君は、テイマー?」
「あ、いえ、違います」
「そうなのかい?」
「えぇと。ミケは、今度ペット登録する予定の、大事な友人です」
「ミィ!」
俺の言葉に元気に返事をしたミケは、照れ隠しなのか、しきりに俺の後頭部を舐め始めた。……ミケさん、照れるとグルーミングする癖があるな?
「そうか、僕はハル。見ての通り、ビーストテイマーだよ」
「俺はシオン。今は、駆け出しの冒険者です」
自分で駆け出しっていうのも、何だか変な感じだけどね。
「シオン……あぁ、君はもしかして、『無垢なる旅人』?」
「はい」
「そうか。じゃあ、ヤシロに伝令に向かう途中か、帰り道だね」
「帰りです。弁当を食べようと思って河原に降りてみたら、ハルさんと……その、相棒さん? を、見かけたので」
「ふふ、相棒であってるよ。……彼はシグマ。僕の、大事な相棒。でも、今はちょっと、弱ってしまっていて」
悲しそうなハルの視線の先に横たわる、大型の獣。……俺から見ると、どう見ても、ベンガルトラなんだが。ビーストテイマーって、こんな動物もテイムしちゃうのか。なんか、凄いな。
それにしても、その相棒であるシグマは、どうしたんだろう。苦しげな呼吸と、砂利の上に投げ出された太い四肢が、不調を物語っているのは判るけど。
「……何だか、元気がない、みたいですね」
「うん……この一ヶ月ぐらい、ずっと調子が悪かったんだけどね。昨日、事情があって無理をさせてしまって、ついに今日は、動けなくなってしまったんだ」
「そうなんですか……その、原因とかは?」
「……判らないんだ」
彼が言うには、シグマはひと月程前から急に調子を落とし、その状態は日増しに悪くなる一方だった。ハルはパーティメンバー達と旅を続けながらも、必死にその原因を突き止めようとしたのだけれど、どうしても理由が判明せず、今に至るとのこと。
「……僕は、テイマー失格だ」
ぽつりと。
相棒の毛並みを優しく撫でながら、ハルが呟く。
「大事な相棒の不調一つ、治せないなんて。シグマが苦しんでいるのに……何も、してやれないなんて……!」
ぎゅっと握りしめたハルの指先が、掌に食い込んで白くなっている。俯き、肩を震わせ涙を流すその横顔に、流石の俺も、言葉のかけようがない。
ぽたぽたと涙の粒がシグマの毛並みに落ちると、瞳を閉じたまま、荒い呼吸を繰り返していたシグマが薄らと目を開いた。
『もう、やーーダァ! ハルちゃんったら、また泣いちゃってるの!? 私は大丈夫ヨォ!』
……何て?
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